エピローグ

 俺は病院の一室にいた。


 桜坂さんに刺されたのだ。

 腹部を数回。太ももや腕もやられている。


 人間という生き物は、急所さえ外せば、そう簡単には死なないようだ。


 全治には半年以上かかるみたいだが、命に別状はなかった。


 ちなみに俺は、桜坂さんの記憶をいじることに成功した。


 今の桜坂さんは、俺との記憶、そして、力のことを忘れている。


『死』の危機に瀕して、再び記憶を取り戻す危険は残っているが、偽りの記憶をいくつか混ぜておいた。もし思い出したとしても、対応できるはず。


 これからは普通の女子高生として暮らしていくはずだ。

 警察に桜坂さんのことを突き出せば、彼女は殺人未遂で捕まるだろうが、俺はそれをする気はない。


 このまま、なにもなかったこととして、日常を送っていくつもりだ。


「……いい天気だな」


 病室の窓から、外の景色を眺める。


 雲一つない快晴。

 そういえば、桜坂さんに会った日も、こんな天気だった。


 そんな余計なことを考えながら、俺はまぶたを落とす。


 フィクションのような、現実離れしたことが起きた。


 今でも夢だったんじゃないかと疑いたくなる。

 けれど、あれは間違いなくこの身に起こっていたことだ。


 俺だけはなにがあっても忘れないようにしよう。

 戒めとして、一生、俺の胸に縛り付けておかなくてはいけない。


 さてと、病室暮らしは中々どうしてつまらないものだ。


 真昼間にも関わらず、眠たくなってしまう。

 ふわぁっと欠伸を噛み殺しながら、俺はそのまま微睡の中に落ちた。




 目覚めると、俺は異変を覚えていた。



 妙な、感覚。


 この感覚には覚えがある──。


 そう、これは──あの時と同じ──。



「おはよう、ゆーくん♡」



 全身の毛が一気に起き上がる。鳥肌がたった。


 振り返れば、ふわりと微笑む、桜坂さんがそこにいた。


「な、なん、で──」


「ね、私と付き合ってよ」


「む、無理だ……そんなの」


「そっかぁ。じゃあ、また繰り返すしかないね。成功するまで」


 淡白な口調で、平然と、それでいて確かな決意を宿して、桜坂は言葉を紡ぐ。


 口の中が乾いて、呂律が回らない。

 目の前の光景に、脳が理解を拒んでいた。


 桜坂さんは、前のめりになって顔を近づけてくる。


 そして耳元で囁くように、そう、告げてきた。


「絶対、逃さないよ。ずっと、ずっとずっと一緒だよ。ゆーくん♡」

                            【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時間を巻き戻せるヤンデレが、成功するまで俺に告白してくる件について ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ