第25話 桜坂明里という少女②

 九回目の土曜日。

 ウチのリビングには、俺と桜坂さん。そして、結城さんがいた。


 冷静沈着でAIめいたイメージのあった彼女だが、すっかりと別人の印象を受ける。


 ガタガタと奥歯を震らし、落ち着きなく視線を泳がせている。


 猫背になって、ただただ怯えていた。


「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」


 呼吸をするように、何度も何度も何度も謝罪を繰り返す、結城さん。

 よほど怖い目に遭わされたと、その瞳が語っていた。


「うるさい。静かにして」


「ひぐぅ」


 声にもならない声をあげて、結城さんはさらに身を縮こめる。


「え、えっと……なに、されたんだ?」


 興味本位で聞いてみると、結城さんは真っ青な顔をした。


 これは、ちょっと異常な反応だな……。


 チラリと、桜坂さんに視線を配る。


「大したことはしてないよ。爪を剥ぐ、髪の毛を毟り取る、歯を抜く、耳を切る、指を落とす、目玉をくり抜く、骨を折る、内臓抉る、とか? 取り敢えずは与えられるだけの苦痛は与えたつもり。拷問しようとも思ったんだけど、ジワジワやってるほど余裕なかったし」


 なんで平然と話せるんだよ……。

 十分にえぐいことをやったようだ。


 そりゃ、メンタルも崩壊するだろう。


「ええっと、こうしてここまで来てもらったのは、聞きたいことがあるからだ」


 結城さんは弱々しく俺に視線を合わせる。


「普通に疑問だったんだが、どうやって桜坂さんが時を巻き戻していることを知ったんだ?」


 桜坂さんと接触していない限りは、知る由もないこと。

 前もって、桜坂さんが結城さんを認知していた様子はなかったし、気になっていた。


「色々なところを飛び回って、変わった動きをする人間がいないか探していました。それで見つけたのが……」


「私ってこと?」


「は、はい、そうです。日付が変わる瞬間に、時を巻き戻す力を目の当たりにして確信しました」


「ふーん。道理で視線を感じてたわけか」


 桜坂さんは顎に手を置き、納得のいった様子を見せる。


 俺はこほんと咳払いして、空気を切り替えてから。


「結城さんの知る限り、桜坂さんの時を巻き戻す力から逃れる方法はあるか?」


「なッ! ゆーくん! なんでそんなこと聞くの!?」


 桜坂さんはパッと目を見開いて口を挟んでくる。


 だが、俺にとっては大事な情報源。

 仕入れておく他ない。


「……わ、わかりません。だから、……殺そうだなんて、無謀なことをしちゃったんです」


「そうか。……じゃあ最後にもう一個だけ。桜坂さんの力に巻き込まれる原因を、結城さんなりの解釈で教えてくれないか」


 結城さんはビクッと肩をはねる。

 桜坂さんの鋭い視線に怯えているんだろう。


「ゆーくんが聞きたがってるし、言ってよ」


 桜坂さんの一声もあり、結城さんが重たい口を開く。


「お、おそらく、何か力を持っている人間が影響を受けている可能性が高いです。現に、わたしの知り合い二人も巻き込まれていました。で、ですが、貴方が特に何も持っていないのであれば、この仮説は破綻します……」


 なるほど。

 そういうことか。


 であれば、俺の中では得心がいった。


 もう、大丈夫そうだ。


 俺はポンと、結城さんの頭に手を置く。


「ひゃぅ。な、なにを──」


 動揺する結城さん。


 そして俺は、思い出した、、、、、ばかりの力、、、、、を使った。


 わずかに光が周囲を灯し、結城さんはパチパチとまぶたを瞬く。


「あれ? どうしてわたしはこんなところに……」


「道に間違えたんだろ。早く自分の家に帰って」


「……そう、ですね。失礼致します」


 結城さんは混乱していたが、とてとてと覚束ない足取りで、リビングを出ていく。


 この現状を掴みきれていない桜坂さんが、当惑気味に声をあげた。


「えっと、ゆーくん? なに、したの?」


「思い出したんだ。俺にも、ふざけた力があること」


 二人きりになったリビングで、俺はゆっくりと告白した。


「どういうこと?」


「一回、死を経験したからかな」


 今日、目が覚めた時、俺は自分の力に気がついていた。


 正確には思い出していた、か。

 改めて桜坂さんに向き直る。


「俺は記憶をいじれるらしい。桜坂さんが記憶喪失になってた件、ちょっと都合が良すぎると思ったんだ。なんで俺のこととその馬鹿げた力のことだけ、綺麗さっぱり忘れていたのか。でも、記憶がいじれる力が存在するなら、説明もつくよな」


「……んーっと、えっと?」


 今ひとつ頭の整理がついていない、桜坂さんに俺は続ける。


「桜坂さんの言う通りだった。俺と桜坂さんは、子供の頃、一緒に遊んでた」


「あ、うんっ。そうだよ! わたし、ずっと言ってるじゃん!」


 桜坂さんが明るく笑顔を咲かせる。

 あれは、俺が八歳で、桜坂さんが七歳の頃の話だった——。

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