第20話 トラウマなんだね

 長々と自分語りをしてしまった。

 昔は積極的に自分の話をしていたが、最近はからっきし。


 妹相手にすらほとんど自分の話をしなくなっていたから、こうやって自分の話をするのは久しぶりだった。


 ゆっくりと、記憶を思い返しながら話していたせいか、動物園もかなり終盤に差し掛かっている。


「要するに雨宮さんって子に私が成り代わればいいってこと?」


「俺の話、聞いてたか?」


 話を終えて、桜坂さんの最初の一言目がそれだった。


 なんというか、桜坂さんはブレないな。


「聞いてたけど、楽しい話じゃなかったね」


「そりゃ楽しい話をしてないからな」


「ゆーくんに彼女がいたって事実でどうにかなりそうだよ。雨宮さんって女とは、キスとかはしてないんだよね」


「してないが。そこ、確認するところか?」


「大事なところだもん。えへへ、ゆーくんの初めての相手は私ってことだよね」


 強引に桜坂さんに唇を奪われたことを思い出す。

 思い返しても良い思い出ではない。逸れた話題を元に戻す。


「とにかくだ。俺に誰かと付き合う意思もなければ資格もない。俺のことは諦めてくれないか」


「そんなことないよ。もし私が雨宮さんなら、ゆーくんに声かけて貰って嬉しかったはずだよ。ひとりぼっちの気持ちはよく分かるし」


「だとしてもだ。俺は結局、彼女を傷つけた」


「終わった話を蒸し返してもしょうがないじゃん。いっそ雨宮さんのこと自体一緒に忘れちゃおうよ。ね?」


 右側に首を傾ける。

 桃色の髪が揺れて、甘い香りが周囲を漂う。


 忘れられたら楽だろう。

 ただ、こうして記憶に根付いているということは、風化させる意思がないということだと思う。


「何度でも言うが、俺には誰かと付き合う意思がない。今日のデートは約束だから行うが、これっきり。今日をきっかけに恋人になることはあり得ない」


「意思は固いんだね。でもだからってゆーくんのこと諦めるつもりないよ」


「桜坂さんも大概だな……」


「似たもの同士だね」


 似たもの同士ではない気がするが、互いに譲らない辺りは共通項があるのかもしれない。


 桜坂さんは顎に手をやると、小さく呟く。


「……その雨宮さんが、ゆーくんのトラウマなんだね」


「は?」


「ううん。なんでもない!」


 周囲の喧騒にまぎれて、なんと言ったかは聞き取れなかった。


「あ、てか、ゆーくんって地味めな女の子が好きなの? 雨宮さんの特徴に三つ編みに眼鏡とか言ってたけど」


「それは……どうだろうな」


 俺はなぜか雨宮さんに惹かれた。

 ただ、少なくとも三つ編みや眼鏡が特別好きなわけではない。


 それこそ、外見だけなら桜坂さんの方がタイプに近い。

 桃色がかった髪色はどうかと思うが、それ以外は全て理想的かもしれない。


 まあ、こんなこと桜坂さんにだけは絶対言わないが。

 一際、首の長いキリンへと視線を送る。


「……あっ」


 と、桜坂さんはふと何かに気づいたように声を上げた。


「どうした?」


「ゆーくん、私のこと桜坂さん呼びに戻ってる! 今日はデートなんだから明里って呼んでよ」


「…………」


「無視しないで。キリンじゃなく、私を見てってば!」


 俺が逃げるように動き出すと、桜坂さんが追随してくる。

 デートをするのも楽じゃない。結局、色々あって何度も名前呼びをさせられた。


 何が楽しいのやら……。

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