第21話 彼女は倫理が欠けている

 桜坂さんの異常性には気づいていた。

 

 気づいていたはずだった。


 時間を巻き戻せる。

 科学では説明できない超人的な力を持った女子高生。


 俺に対して病的な執着を抱く、異常な女の子。


 だが、俺の認識は甘かったのかもしれない。




 長かったデートを終えて帰宅した翌日。


 日曜日に駒が進むことはなく、二回目の土曜日を繰り返していた。


 だが、そこで異変が起こった。


 一日通して、桜坂さんが顔を見せてこなかったのだ。


 こんなことは初めてだった。


 次の日も、桜坂さんは顔を見せなかった。


 だが、変わらず土曜日は繰り返していた。


 そんな日々が続き、六回目の土曜日。


 桜坂さんは、俺の前に姿を現した。


「五日ぶりだね、ゆーくん♡」


 土足で俺の部屋に入ってくる。


 どうやって侵入してきたのか。


 俺にはそれを考える余裕はなかった。


 強烈な鉄の臭気。自然と嫌悪感を覚えるような、鼻をつまみたくなる匂いがした。


 桜坂さんの右手にはビニール袋がある。


「なに……持ってんだ……?」


 ボウリング球みたいなものが入っていた。


 桜坂さんは微笑を讃えると、俺の元にやってくる。


「はいこれ」


「……っ!?」


 生首だった。

 首から下がない。パックリと、鉈のようなもので切られた形跡がある。


 そしてなにより、この顔には見覚えがあった。


「ゆーくんの中学生時代の話を聞いて思ったんだ。雨宮さんって女の子が、ゆーくんのトラウマなんだって。雨宮さんがいるから、ゆーくんは恋愛ができないんだよね。だからね」


 にこやかに笑みを携えながら、挨拶するみたいに平然と。


「殺してきた♡」


 俺の頭の中は真っ白だった。

 ここ数日、桜坂さんが俺のところに来なかったのは、雨宮さんの所在を探していたからか。


 どんな手段で雨宮さんの所在を見つけ出したのかはわからない。


 ただ、そんなのは瑣末なことだった。


「な、なんで……どう、して」


「この女が、ゆーくんを縛り付けてるんでしょ。もう死んだから安心だね」


「なにが、安心なんだよ」


「え? もう死んだから気にしなくていーじゃん。ほら、なにしたって反応ないんだよ」


 桜坂さんはビニール袋から、雨宮さんの生首を取り出すと、無造作に床に放り投げる。


 つま先で目元を蹴って、サッカーボールみたいに扱っていた。


「や、やめろ!」


「なんで怒るの?」


 桜坂さんの肩を掴み、今にも噛みつきそうなほど強く睨みつける。

 だが桜坂さんは、俺の感情を理解できないといった様子で、こてんと頭を傾げていた。


「私、ゆーくんの為にやったんだよ。間違えちゃった? ゆーくんが殺したかったかな?」


「…………」


 俺はもう、言葉がうまく出てこなかった。


 この女は──桜坂明里という少女は、狂っている。


 一般常識を持ち合わせておらず、倫理観がない。


 特異な力を持ち、簡単に人の道を踏み外せる異常者だ。

 俺は吐きそうなくらい嫌悪感に襲われながらも、努めて冷静に切り出した。


「必ず、今日を繰り返せ。雨宮さんとはもう、関わる予定はないんだ。二度と、こんな真似するな」


「まぁ、ゆーくんがそこまで言うならいーけど。いつでも殺そうと思えば殺せるしね」


 桜坂さんは不貞腐れたように呟くと、唇を前に尖らせる。


 その後、俺はとにかく気持ち悪くなって、何度も何度も繰り返し吐いたのは覚えている。


 そして気づいた頃には夜を迎え、また朝がきた。


 八時二七分。七度目の土曜日だった。

 天気は晴れ。白い雲が風にのって左へと流れていく。


 窓ガラス越しにそれを見ながら、俺は重たい腰を上げるのだった。

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