第15話 波打ち際の攻防

 電車に揺られること約一時間。

 学校をサボった俺は、海岸へと足を運んでいた。


 これだけ同じ日を繰り返していると、学校に行く気は自然と失せるのだ。


 だから、今日はこうして海を見にきていた。


 海を間近に見るのはいつ振りだろうか。


 中学以来になるかもしれない。

 何か思い入れがあるわけでも、特別海が好きなわけでもない。


 ただ、なんとなく、この場に行き着いていた。

 桜坂さんは俺がどこに逃げても、必ず見つけてきた。


 だから恐らく今回も見つけてくるのだろう。

 小さくため息を吐きながら、砂浜に腰を下ろす。


 後のことなど考えない。


 砂で汚れる覚悟を持って、腰を下ろした。


 昼前から学生服を着て、一人で黄昏れる。なんだか、痛いヤツだな俺……。


 水平線をぼんやりと眺めながら、俺はしばらく時間を潰していた。


「おにーさん、暇なら私と遊びませんかっ」


 十四時を過ぎた頃、背後から俺に話しかけてくる声がした。


 振り向く必要すらない。

 俺はすでに、その声を嫌と言うほど聞いている。


「暇はしてない」


「せっかく海に来たなら、遊ばないと損だよ」


「一人にしてくれないか」


「私を一人にしないでほしいな」


「どうして俺なんだ。他の誰かじゃダメなのか」


「うん。ゆーくんじゃないとダメ」


 桜坂さんは、俺の肩に手を回してバッグハグをしてくる。


 白い腕が視界に映る。

 水着を着用しているらしい。


 俺は桜坂さんの腕を振りほどくと、腰を上げる。

 白のビキニをまとった桜坂さんを、上から見下ろした。


「勝負をしないか」


「勝負?」


 あぁ、と吐息混じりに言うと、俺は近くに落ちていた枝を拾い上げる。


「この木の枝を、砂浜に刺す。先に波に流された方の負けだ」


「うんっ、いいよ。ゆーくんから遊びに誘ってくれるなんて珍しいね」


 さっと腰を上げる桜坂さん。

 近くに落ちていた枝を右手に持つ。


「ただし俺が勝ったら、時間の流れを正常に戻してもらう」


「じゃあ、私が勝ったら付き合ってくれるの?」


「それだと割に合っていない」


「えーそうかなぁ……なら、私と恋人みたいにデートして」


 ……そのくらいなら、いいか。

 この勝負で勝つメリットと天秤に置けば、このくらいのリスクは背負える。


「一日だけならいい」


「一日だけか。じゃあ、ゆーくんが勝ったときは一日だけ時間を進める。それでいい?」


「ああ、それで構わない。取り敢えず、今日が来るのはもう懲り懲りなんだ」


 仮に明日になったところで、この環境が変わるわけじゃない。


 ただ、一日くらい進まないと、気が滅入りそうになる。

 お互いの共通認識が出来たところで、俺たちは波打ち際に向かう。


「繰り返すが、先に波に流された方が負けだ」


「ラジャー」


 ピシッと敬礼のポーズを取る桜坂さん。


 そんな彼女を傍目に、俺は砂の中に枝を埋める。


 隣で、桜坂さんも枝を設置した。


 お互いにズルはしていない。


 そもそも、この勝負にズルはできない。


 完全に運に任せた勝負だ。


「ゆーくんとデート……ゆーくんとデート……」


 砂を手で固めながら、にへらっと頬を緩ませる桜坂さん。


 俺も俺で、波に負けないよう強固な壁を作り上げる。


「あー、壁作るのズルい!」


「壁を作っちゃいけないルールはない」


「じゃ、私も作ろーっと」


「真似するな」


「真似しちゃいけないルールはないよね」


「…………」


「えへへ、ゆーくんのこと論破しちゃった」


 桜坂さんは俺の真似をして、砂の壁を作り始める。


 少しだけ、童心に返った気分だった。

 こんな風に砂で遊ぶのは、久しぶりだ。


「きゃっ、濡れちゃったっ」


「周りを見てないからそうなるんだ」


「むぅ。だって私の目にはゆーくんしか入らないんだもん」


「そうかよ」


 適当に返事をしつつ、周期的にやってくる波を避ける。


 まだ、勝負は始まっていない。

 枝が波に流されないようにするための、防壁作りの最中だ。


「えいっ」


 俺がせっせと砂を固めていると、海水が顔に掛かった。


「っ。なにすんだ」


「あはっ、油断してるからだよ。ゆーくんは私のことをちゃんと見ないと。ほらほら」


 バシャバシャと、海水を掛けてくる桜坂さん。


 俺は緊急退避すると、目尻を尖らせた。


「やめろ。俺は水着着てないんだ」


「あー、ゆーくんが怒った」


「ったく……」


 俺は重たくため息をこぼす。

 一瞬、仕返しがてら水を掛けてやろうかと思ったが、やめた。


 それをしても、きっと桜坂さんを喜ばすだけ。俺は彼女と遊びたいわけじゃない。


 願わくば、この勝負に勝って、明日を迎えたいところだ。

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