第13話 気づいてないと思った?

「桜坂明里。もう、六回目の自己紹介になるね。最初のラブレターをカウントしていいなら、七回目か」


「え? な、なに、言ってんだ?」


 金曜日を繰り返している。それを匂わせる発言だった。

 困惑をむき出しにする俺に、桜坂さんはなおも続ける。


「私が気づいてないと思った?」


「……な、なんのことだよ?」


 ぞわりと背筋に寒いものが走る。

 じんわりと汗が込み上げ、口の中が乾いていく。


「いい加減飽きてこない?」


「飽きる……?」


「うん。何回も告白されて振ってを繰り返すなんて、工場のレール作業みたい。だからさ、私と付き合ってくれないかな。それが一番いいと思うの。色々なとこにデートに行って、毎日色んなもの食べて、色々経験して……すごく、楽しいと思う」


「それは桜坂さんにとっての話だろ。俺は、それを楽しいとは思わない」


「私がどんな告白をしても、どんなシチュエーションを用意してもゆーくんの気持ちは変わらない?」


「変わるわけがない。俺は一人がいいんだ」


 正面から目を見据えて、告げる。

 桜坂さんは「そっか」と困ったように呟くと。


「でもねゆーくん。私の気持ちも変わらないよ。私は、ゆーくんとお付き合いして一日も長く恋人として過ごしたいし、そしてゆくゆくは結婚して、ゆーくんと幸せに暮らしたいの」


「……どうしてそこまで俺に入れ込むんだ?」


 それは、俺が一番気になっていたことだった。

 過去につながりがある。仮にそうだとして、子供の頃の話。


 当時の恋心を今も継続させるなんて、普通じゃない。度が過ぎている。


「私のことを見てくれるのはゆーくんだけだもん。私は、ゆーくんのことが好きで好きでしょうがないの。もし、ゆーくんかほかの人類かを選ぶ局面に立たされても私は迷わずゆーくんを選ぶよ。ゆーくんのことしか考えられない。私が、この世界で唯一依存できるのがゆーくんなんだ」


 説明にはなっていなかった。

 ただ、彼女が俺に恋愛以上に強い感情を抱いていることは感じ取れた。


 恐らくは理屈じゃない。

 ある種の洗脳にも近い形で、俺に入れ込んでいる。


「ふ、ふざけないでくれ……。そんなことを言われても困る」


「私だって困るよ。ゆーくんが居てくれないと……あっ、ゆーくんも座って。立つの疲れるでしょ」


 とんとんと、ベンチの隣を叩いて座るよう促してきた。ここで抵抗しても仕方がない。


 桜坂さんの隣に座る。


「なんかすっかり話が逸れちゃったけど、とにかくね、もう茶番はナシにしよっか」


「な、なに言ってんだ……茶番? なんのことだ?」


 当惑する俺にお構いなしに、桜坂さんは続ける。


「だからもういいってば。隠さなくて良いよ。ま、私も初めは知らなかったんだけどね。まさか私の力がゆーくんに影響してるだなんて思わなかったし。確信したのは三回目の時」


 桜坂さんはわずかに口角を上げると、ベンチから立ち上がる。


 前のめりになって距離を縮めると、下から覗き込むように見つめてきた。


「一回目は、ゆーくんとは会えずに終わっちゃった。だから二回目は、朝、ゆーくんが家を出てから学校に着くまでずぅっと見てたの。ラブレター気づかなかったのかなって思って。休み時間も昼休みもずっとずっとゆーくんのこと見てたんだ。それでね、早退したわけじゃないってことはラブレターに気づいたはず。じゃあラブレターに不備があるんだって気づいたの。見直してみたら私、もの凄いドジしてた。どこで待ってるか書いてなかったんだもん。放課後の屋上で告白するって決めてたし、何度も告白する妄想してたからかな。つい大事な部分忘れちゃってた。こういうの天然っていうのかな。あはっ、違うか」


 種明かしをするようにこれまでを振り返る桜坂さん。


 俺は彼女の言葉を咀嚼して飲み込むのに精一杯だった。


「ラブレターに屋上で待ってることを付け加えたら、ゆーくんがちゃんと来てくれた。でもね、告白したのにフラれっちゃった。だから三回目に突入することにしたんだ。ゆーくんと身体の関係になれば、上手くいくんじゃないかって。短絡的な思考だけど、男の子って下半身で生きてるって良く聞くでしょ? ゆーくんにも効果あるんじゃないかって思ったの。だから、二回目と同様、ゆーくんが朝、家に出てくるのを待ってたの。屋上での告白じゃないなら放課後まで待つ必要ないしね。学校サボってセックスしよって誘おうと思ってたの」


「……な、なにいってんだ。さっきから」


「でもね、そこで異変に気づいたの」


「異変?」



「ゆーくんが家を出る時間が違った」



 これまでの明るい声色から一転。

 心臓を射抜くような冷たい声色で、ピシャリと告げてきた。


「歩く歩調が違った。欠伸をする回数が違った。寝癖がひどくなってた。制服のボタンが一つ余計に外してあった。上履きを履く順番が違った。トイレに行く回数が増えた。自販機で買う飲み物の種類が違った。クラスメイトと肩がぶつからなかった。息づかいが、挙動が、視線が、まばたきが、全部違った。……ということはさ、ゆーくんも今日を繰り返してるってことでしょ?」


 ドクドクと心臓の鼓動が加速していく。


 俺は可能な限り、不自然な行動がないよう努めてきた。


 ただ、いくら俺の動きといえど完璧にトレースはできない。必ずどこかに歪みはできる。忘れている部分だってある。


「なんでそんなこと分かるんだよ……」


「だってゆーくんのこと見てたもん。ずっと、ずぅっと見てた。忘れるわけがない。忘れられる訳がないよ。でも驚いたなぁ。まさかゆーくんにまで、この力が影響してるなんてさ」


 にへらっと笑い、桜坂さんは俺の手を掴んでくる。


「これって運命だと思わない? 私達は、いつまでも一緒にいられるんだよ。時間を巻き戻せば、永遠に一緒。たまには時間の流れを正常にして歳を取ってもいいよね。大人になったゆーくんは凄くかっこいいと思うの。結婚もしたいし。でもね、今のゆーくんも素敵。このままずっと今日が続いてもいいって思う。私がいればね、ゆーくんは何をしても良いんだよ。どんな犯罪を犯しても時間を巻き戻してあげる。ゆーくんの望みは全部叶えてあげられる。一生、一緒に居られるの。文字通り、いつまでも、永遠に」


「ふ……ふざけないでくれ。さっきから、本当に何を言ってるんだ……」


 俺にはもう、こんな強がりをするしかなかった。

 桜坂さんはすべて知っていた。バレていた。今更、俺がどう惚けたところで嘘を重ねたところで、取り返しはつかない。


「私は何度でも繰り返すよ。告白が成功するまで、何度だって時間を巻き戻す」


 桜坂さんは俺の手を更に強く掴む。


 胸元の位置まで持ち上げる。

 桃色の髪が風に揺れた。


「だからさ……もう、私と付き合っちゃおうよ。ゆーくん」


 そうして、もう何度目にもなる告白を俺は受けていた。


 桜坂さんの冷たい手の感触が、彼女の甘えた声色が、正面から見つめてくるその瞳が、俺の神経を逆なでする。


 全身の毛穴が開いて、滝のような汗が流れる感覚。


 寒気が、した。


「つ、付き合うわけ……ないだろ」


「どうして付き合ってくれないの?」。


 俺は一人でいたい。

 人と群れることをしたくない。


 昔の俺とは違うんだ。

 それに、桜坂さんと付き合わない理由は一人が好きだから、だけではない。


 彼女の持つ力の強大さを身を染みて実感しているからだ。


 物理法則を無視して、時間が巻き戻る。

 神の領域、そう呼んでも差し支えのない力。


 そんな力を持っている彼女と付き合う選択を取れない。


 取れるはずがない。


 取っちゃダメだ。


 俺は、桜坂さんの手を振り払う。


 逃げるように公園を後にした。後ろは振り返らなかった。


 逃げてどうにかなる問題ではない。


 でも、今の俺には逃げることしか出来ない。



 逃げることしか、出来なかった。

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