第10話 朝起こしにくる美少女って、プライバシー無視してないか?③

「そういや兄貴、アレなに?」


 時はいくばくか流れ。

 卯月が、窓ガラスが割れている事に気が付いた。普通ならリビングに来て早々気付きそうなものだけれど、桜坂さんがいた事でそこまで目が回らなかったのだろう。


 ちなみに今は、卯月がキッチンに立って、俺はソファに座っている。桜坂さんはお花摘みに行くとさっきからリビングから離れている。


「あれは──」


 そう切り出してから、俺は少し言い淀む。


 これは卯月を味方につけるチャンス。

 卯月を味方につけて何が変わるかといえば、恐らく何も変わらない。ただ卯月が敵側──要するに桜坂さんサイドに付いている現状は望ましくない。


 卯月が、俺と桜坂さんをくっ付けようと躍起になるからだ。


 ここはありのままを卯月に打ち明ける。それがベスト。


「桜坂さんがやったんだ」


「え、どういうこと?」


「そのままの意味だ。窓ガラスを割ってウチに侵入してきた。そもそもおかしいと思わなかったか? こんな朝早くからウチにいることが」


 真っ直ぐに、包み隠さず、ただ事実を伝える。

 卯月は料理の手をピタリと止めると、目に動揺を走らせた。


「え、う、嘘だよな? ……冗談キツいよ兄貴」


「紛れもない事実だ」


「窓ガラス割って入るとか──だってそんなの……」


 信じがたい話だが、現に窓ガラスが割れている。


 その事実が、卯月の理解を手伝ってくれる。


「だ、だったら、なんで追い出さないんだよ。不法侵入だぞ。警察呼んだりさ」


 俺も一度は警察を呼ぼうと考えた。

 けれど、結局は脅しに使ったまでで警察を呼んではいない。


 その一番の理由としては、桜坂さんに時を巻き戻す力があるからだ。警察を呼んだところで、あまり意味を為さないと思った。だったらいっそ、情報集めに切り替えるべきだと思ったからだ。


 だが、同じ日を繰り返している件は話せない。

 正確には、そんな話を信じてくれるとは思えなかった。


「それはその通りだと思う。ただ、桜坂さんは同じ学校の生徒だし、大ごとにはしたくなかった」


「で、でもさ兄貴。その話が本当なら──」


 そこまで言いかけて、卯月は声を途切らせる。


 リビングの扉が、がちゃりと開いたからだ。


 俺たちの視線が桜坂さんに集まる。

 彼女はキョトンと小首を傾げると、柔和な笑みを浮かべた。


「なんの話してたの?」


「な、なんでもない、です」


 卯月が首を横に振って応える。

 桜坂さんは「そうなんだ」と納得すると、キッチンへと向かった。


「あ、私も手伝うよ。花嫁修行の一環で、料理は得意なんだっ」


「だ、大丈夫です。一人でできますから」


「え、でも」


「それより、もう帰ってくれませんか」


「なんで?」


 純真無垢な瞳で聞き返す。

 帰れ、と言われる心当たりがない。そんな彼女の態度が、卯月の神経を逆撫でする。


 俺はソファから立ってキッチンに向かうと、卯月と桜坂さんの間に入った。


「話したんだ。どうやって桜坂さんがウチに入ってきたか」


「…………」


 俺からの説明を受け、桜坂さんは押し黙る。

 卯月は俺の背中に身を隠しながら。


「窓ガラス割って入ってくるとか、普通じゃない……」


「普通ってなに?」


「え?」


「ごめんね卯月ちゃん。私、ゆーくんに会いたい一心だったの。悪気があったわけじゃないの。本当だよ?」


 桜坂さんは釈明を始める。

 だがこの程度で、納得する卯月じゃない。俺の妹は馬鹿じゃない。


 そんな感情論は効かない。


「だ、だからってこんなことしていい訳が、ないです。か、帰ってください。もう二度と、兄貴に近づかないでください……」


 卯月が俺の背中を掴む。

 彼女の手が震えている事が分かった。


 俺は、今日が六回目の金曜日。

 過去、五回で桜坂さんのことは多少なりとも理解しているし。


 彼女が普通の女の子と違って、いくらか頭のネジが外れていることも知っていた。

 だから、驚きこそしたが桜坂さんが俺の部屋にいた時、状況を呑み込むのにそう時間は要らなかった。


 しかし卯月は違う。

 桜坂さんとは今日が初対面。


 俺に好意を持っていて、不法侵入を図ってきた。そんな彼女の存在を容認できるはずがない。


「参ったなぁ……卯月ちゃんとは仲良くなれると思ったのに」


「……っ」


 卯月が俺の服を掴む手がさらに強まる。


「窓ガラス割って入ったからダメなんだよね?」


「な、何言ってるんですか。当たり前、です」


「怖がらせてごめんね。今回は帰るよ。……またね卯月ちゃん。ゆーくんも」


 桜坂さんは踵を返すと、潔くリビングを後にしていった。今回は……か。それはつまり、七回目の金曜日がある事を暗に示していた。


 俺の肩がドッと重たくなる。


「あ、兄貴……あの人、普通じゃない! な、なんでもっと早く窓ガラスの件言ってくれなかったんだよ!」


 依然として俺の服を掴む卯月が、語気を強めて言う。


「ごめん。言うタイミング逃してた」


「い、今からでも遅くない。警察呼ばなきゃ」


「いや、呼んだとこで──」


「なに言ってるんだよ。あの人、兄貴に入れ込んでるストーカーだろ。放置してたら、どうなるか分からない!」


 再び時間が巻き戻る以上、警察を呼ぶ必要性を感じない。だが、それはこの境遇に置かれた俺だから感じることだろう。毒されてるな、この環境に。


 卯月は自らの携帯を取り出すと、警察に通報していた。

 後からやってきた警察に、桜坂さんに関する情報(名前や同じ学校に属している事)を話したが、桜坂さんの行方は掴めなかった。


 ちなみに今日はこれ以上、桜坂さんと接触することはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る