第25話

 事件の翌年、紗良が40歳を迎えた年、大西の退職金と8千万円の保険金が口座に振り込まれました。

 私は真帆と刑務所に行って、それを涼真に話して、札幌の実家には土地が広く空いているので、そこで私の小さい頃の夢だったスイーツ&カフェの店をやりたいと思い、涼真に相談したのです。

 実家は国立の大学と女子短大と女子高の丁度真ん中あたりにあるし、付近にスイーツ店はなかったので、女性客に絞った商売をしたいと説明すると、涼真は笑顔で賛成してくれたの、嬉しかったなぁ。

その後、店舗兼住宅の設計を札幌の業者に頼むと、業者から出来上がりまで一年ちょい見て欲しいと言われました。家の設計案ができる度、真帆と二人で涼真の所へ持って行って意見を聞いたの。それが楽しい時間にもなったのです。

真帆も喜んで付いてきてくれました。

 紗良が41歳になって、設計が出来上がり北海道の実家の敷地内に店舗兼住宅の建築工事が始まると、半年くらいで建物が完成しました。それで刑務所で涼真に面会し札幌へ先に行くと伝えると涼真は寂しそうな顔をしたし、真帆は暫く会えなくなると泣きました。真帆は15歳になっていて、来年は新居の近くの女子高を受験すると言って勉強もしているようでした。

 私も、寂しい気持ちはあったけど、涼真が出所するまでになんとか暮らしを安定させたかったし、涼真の働く場所も用意したかったの。涼真は記憶を失っていた3年間、食堂で働いていた経験から通常の料理は出来ると言ってたので、それまで私が料理学校で学んだ知識を生かして頑張ろうと思っていたんです。

 札幌に着いてすぐに、専門学校の卒業者で数年の実務経験のある女性パティシエを募集すると、ひと月位して履歴書を持って25歳の女性が現れたのです。彼女は、北海道の地方都市で生まれ高校を卒業してから札幌の料理専門学校に2年、パテシエの学校にも2年夫々通っていて、卒業後は札幌のホテルのレストランで採用となり現在まで3年間ほど働いていたようなの。だけど、ケーキをもっと作りたくてお店を探していたら、自分の住むアパートの近くにあった私の店でパテシエを募集していることに気付き応募したのでした。名前を吉川さくらと言う笑顔の可愛いい女性で、物腰が柔らかく一目で気に入ったのだけど「東京にいる主人と相談するから」と言って一週間の時間を貰い、さくらの写真と履歴書のコピーに自分の意見を付けて涼真に送りました。

 一週間後、返事が来たけど、文章が全く書かれておらず、ただ「オッケー」と大きく書かれているのを見て真帆と笑ったの。直ぐにさくらに電話をかけ採用を知らせ、開店準備から関わって貰うことにしました。

 さくらが来るようになってすぐにさくらに指摘され、仕入れ先すら決まっていないことに気が付いて慌てていると、さくらが「専門学校で取引している会社が有るから」と言ってそこへ電話をして営業マンを呼んでくれたんです。来たのは渡部純哉という30歳の男性でした。「開店準備をしているところなんです」と話すと他の店の準備事例を教えてくれてとても助かったので、契約しようと思ったけど東京の夫に訊くので一週間待ってとお願いました。渡部は笑って頷いてくれました。それで手紙を書くと、返事には大きく「オッケー」とだけ書いてありまた真帆と笑って、渡部さんの会社に仕入れをお願いすることにしたんです。

 メニューは、甘味系をさくらが案を作り、食事系は真帆と私がさくらの意見を訊きながら考えました。若い女性に的を絞った内容にしました。飲み物はさくらと真帆の好みを中心に二人で決めて貰いました。

案が出来上がって、郵便で涼真へ送ると、返信にはまた「オッケー」とだけ大きく書かれていたので、今度は三人で大笑いしました。

 さくらの勧めで商工会へ行って経理処理について相談したら、パソコンのシステムを紹介されました。レジと連動して決算書まで出来てしまうと聞いて導入することにしたんです。

 

 真帆にウエートレスをお願いしたら、レジ打ちの練習と皿洗いの練習を一生懸命にやりながら、「勉強より簡単よ」と言ってあっという間にメニューを覚えてしまったようです。

 開店前の一週間は慌ただしく一日中走り回っていた気がします。

 厨房は、半分をスイーツ作りのエリア、半分をお食事を作るエリアとしました。店内は、カウンターを5席とテーブルを8脚32席用意して、できるだけ窓を大きく取って明るく可愛い雰囲気にしたんです。そして、窓の外にオープンテラスを設けテーブルを6脚24席用意したの。で、そのテラスにはUVカット素材を使った半透明なアクリルの屋根を設け、お客さんが晴天でも雨天でも外の空気に触れながら、おしゃれで可愛い北欧風な感じに造ってもらったガーデンの雰囲気も楽しみながら、お食事を味わうことが出来るように考えたんです。

 開店日の朝、8時に店を開けると、すぐにお客さんが入ってきて混雑しました。私の両親も手伝いに来てくれて洗い物をやってくれました。真帆も汗だくで店内を走り回っていました。ひと月間は混雑が続きましたが、何人ものお客さんが帰りしな、「美味しかった」と言ってくれて、凄く嬉しくて涙が出ました。

 ひと月を過ぎるとお客さんも落ち着いてきて、相席をお願いすることは無くなりました。それでも、昼食時と夕食時はほぼ満席です。

お客さんに驚かされたのは、ケーキ類を食事にする女の子が多かったことと、テイクアウトが多かったことですね。

 

 開店してから半年が過ぎても、お客さんが途切れることも無く、三人で食べて住宅ローンを支払い、娘を大学までやって、さくらに給与を支払って、少しおつりが出るくらいの売り上げで推移しています。

 さくらの作ったスポンジを「美味しい」と言うお客さんの声も良く耳にするようになりました。

 スイーツの一番人気はフルーツケーキの上から生クリームをたっぷり掛け、富士山のようにした上に苺かサクランボを載せたもので、毎日50食は出たかなぁ?それはテイクアウトが出来ないので、それを食べたくて来るお客さんもいるくらい人気があるんです。

 私も食べたくなってさくらに閉店後作って貰って、食べたら、人気の秘密が分かりました。外側の生クリームはきめ細かく滑らかで美味しくて、どんどん口の中へそれを運んでいると、甘さを強く感じるようになってくるのね、すると、フルーツが出てくるのです。そのちょっとした酸味が口の中を爽やかにしてくれるの。そのあとスポンジの間に挟まっている生クリームは少し固めで濃厚なので、それをフルーツと一緒に食べると丁度バランスが取れていてフォークが止まらなくなるのよ、甘みのある素敵な香りのスポンジもしっとりふわふわな感じでいくらでも食べれそうなの。さくらに訊いたら、「卒業論文の代わりに作品を先生に食べて貰うのだけど、私のが一番人気だったので、これを出せるお店を探してたんです」と言うのです。美味しいはずです。

 食の方ではオムライスやオムレツの周りをビーフシチューでお皿を一杯に埋め尽くしたメニューが一番人気で、続いてハンバーグ、パスタと続きました。

全体的には意外と重量のあるメニューが人気のようです。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る