第24話 カリスト様との休み


「うーん、どうしようかしら」


 私は一週間前に採取してきた精霊樹の枝を前に、とても悩んでいた。


 ここ数日は仕事を終えて家に帰ってきて、精霊樹の研究をしていた。


 やはり魔石なんかと比べ物にならないくらいに魔力が込められていて、枝のちょっとした欠片でも特大の魔石と同等の魔力量だ。


 国の騎士団が抱えている魔武器を、欠片一つの魔力量で何百発も発動出来ると思う。


 これを使って魔道具を作りたいけど……何を作ろうかしら?


 何でも作れるけど、だからこそ難しいわ。


 やはりこれほどの魔力が込められていると、魔武器が最初に思い浮かぶ。

 でも私はもう魔武器を作ってあるし、あれで十分だ。


 私専用じゃない魔武器を作るのもありかもしれない、カリスト様のとか。

 作るとしたら彼は剣を習っているようなので、魔武器も剣のようなものがいいだろう。


 そんなことを考えていると、家のドアがノックされる。


 仕事を終えてから帰ってきているので、もう夜も結構遅い。


 こんな時間に来る人は……というか、私の家を訪ねてくる人は一人くらいしかいない。


 ドアを開けて、その人を迎え入れる。


「カリスト様、また来たのですね」

「ああ、来たな」


 ニヤッと笑いながらフードを取りながら、中に入ってくるカリスト様。


 精霊樹を採取した後、いつも以上に来るようになった。

 特に社交界から逃げているわけじゃなく、普通に遊びに来る感じだ。


 カリスト様もそんなに精霊樹が気になるのかしら?


 私はカリスト様の後ろをチラッと見る。


「今日はキールさんはいないのですね」

「ああ、置いてきた。あいつも毎回来れるほど暇じゃないだろうしな」


 この前、素材採取から帰ってきた時に、カリスト様が私の家に来ていることがキールさんにバレてしまったのだ。


 私がカリスト様の膝をお借りして眠っている間に、キールさんが問い詰めたみたい。


 起きた時は本当にビックリしたのだが……。


『んぅ……え、えっ!?』

『あ、アマンダ、起きたか』

『カ、カリスト様!? わ、私、どんな体勢で……!?』

『ふふっ、面白い反応だな』

『カリスト様? 私の話は終わってませんよ?』

『……ああ、そうだったな、すまない』

『? ど、どういう状況ですか?』


 カリスト様の膝を借りて寝ていて恐れ多いし、キールさんがカリスト様を怒っている様子も同時に見て、いろいろと混乱したわね。


 私もキールさんに怒られると思ったけど、特に怒られなかった。


『侯爵のカリスト様に匿ってと言われたら、そりゃ断れないでしょう。だから悪いのは権力を無駄に持っているカリスト様です』


 とキールさんが言っていた……権力を無駄に持っているって何かしら?


 とりあえず私は怒られなかったけど、バレたことは少し残念だと思った。

 もうカリスト様が私の家に来れなくなる、と思っていたから。


 彼とこの家で食事をして会話をするのは、結構好きだったから。


 だけど、バレてもカリスト様は家に来るし、むしろキールさんも時々来るようになった。


『私に隠れて逃げていたのは腹立たしいですが、居場所がわかれば別にいいです』

『ですが、女性の家に侯爵様が訪ねているのがバレたらどうなるのか……』

『その時はその時です。最悪、変な噂が立っても、今回は大丈夫でしょう』

『今回は……?』

『おっと、口を滑らせました。とにかく、アマンダ様でしたら大丈夫です』


 キールさんとはそんな会話をしたけど、よくわからなかった。


 とにかく、カリスト様が私の家に今まで通り普通に来られるようで、嬉しかった。


「カリスト様は毎日来ていますが、それだけ暇なのですか?」

「ふっ、言うじゃないか。侯爵でありファルロ商会の会長の俺が、暇だったら面白いな」

「確かにそうですね。お忙しい中で来てくれるのは嬉しいですが、無理しないでくださいね」


 私がそう言うと、カリスト様は少し複雑そうに笑った。


「ああ、ありがとうな」

「はい。今日は夕食を食べますか?」

「軽く貰おうか。アマンダの料理は美味いからな」

「では少々お待ちください、準備しますね」


 私は調理場に立って、作っていた料理を温めなおす。


「少し無理をしてでも会いに来ているのだが、気づいていないか。本当に脈がないな……体調の心配をされているが、ほとんど友人のような扱いだな」

「? 何かおっしゃいましたか?」

「いや、なんでもない」


 調理をしていたので、カリスト様の言葉が聞こえなかった。


 カリスト様が私の料理を食べ終わった後、いつも通りにソファに座って会話をする。


「なるほど、精霊樹の素材で何を作るのか迷っているのか」

「はい、とんでもなく素晴らしい素材なのですが、だからこそ何を作るのかが難しく……素材の性能を無駄にするのは避けたいですし」

「ふむ、素材が良すぎるのも難しいところだ」


 カリスト様にも精霊樹のことで相談をしてみたけど、やはりいい答えは出ない。

 まあ急いでいることではないし、悩んでいる間も楽しいから、特に問題はないけど。


 ただ何も方向性も見えないから、それくらいは決めたいとは思っている。


「前に食器を自動で洗う魔道具を作るって話はどうなったんだ?」

「あれは今、オスカルさんと一緒に開発中です。とても難しい開発となっていますが、魔力自体は普通の魔石で十分だと思います」

「ふむ、そうか」


 今までの中で一番難しい魔道具を作っているので、これまた楽しい時間を過ごしている。


 ずっとオスカルさんと開発をしているので、同じ職場の人から「さすがに休んでください」と言われて、明日は久しぶりの休みの日だけど。


「そういえばアマンダ、明日は全休のようだな」

「はい、お休みをいただいています。別に欲しくなかったのですが……」

「ふっ、アマンダらしいな。だがしっかり休まないと仕事の効率も悪くなるだろう」

「そうですね、しっかり休もうかと思います」

「何か予定を入れているのか?」


 予定……休みの日と言われても、特にやることがない。


 家で休もうにも、精霊樹があるからどんな魔道具を作るか考えてしまい、休もうにも休めない気がする。


 だから街に行こうと思うんだけど……街で見たいところとか行きたいところが特にない。


「特に何もないですね。街に行って散歩をしようかなってくらいです」

「そうか……アマンダ、その、よければ午後に一緒に過ごさないか?」

「えっ、カリスト様とですか?」


 まさかカリスト様に誘われるとは思わなかった。


「カリスト様も明日は休みなのですか?」

「完全に休みではないが、午後からは休める。だから午後に待ち合わせして、街で過ごそうと思っているのだが」

「そんな貴重な休みを私と一緒に過ごしてもいいのですか?」


 私の全休とカリスト様の半休、価値が全く違うだろう。

 侯爵家の当主で、ファルロ商会の会長をやっているカリスト様、休みを取るのも一苦労だろう。


 それなのに私の休みに付き合ってもらうのは気が引けてしまうのだが……。


「いいんだ、俺がアマンダと過ごしたいだけだからな」

「っ……ありがとう、ございます」


 カリスト様に真っ直ぐと見つめられながらそう言われて、私はさすがに照れてしまい視線を逸らす。


「どうだ、アマンダが一人で過ごしたいというのなら、断ってくれても構わないが」

「いいえ、ぜひ私もカリスト様とご一緒したいです」


 私も慣れてない休日を一人で過ごすより、カリスト様と過ごした方が絶対に楽しい。

 私がそう言うと、カリスト様も嬉しそうに笑みをこぼす。


「そうか、それならよかった」

「ですが私はあまり外を出歩かないので、街の面白いところなどはわかりませんが」

「俺が案内するから大丈夫だ。どこか行きたい場所とかはあるか?」

「行きたい場所……難しいですね」


 もともと行きたい場所などがないから、休みが出来ても困っていたのだ。


「特に欲しいものはないか? ドレスや宝飾品とかは」

「いえ、そういうのは全く」


 着ることも付けることもほとんどないから、あまり興味がない。


「そうか……それなら魔道具店はどうだ? ファルロ商会だけじゃなく、他の商会の魔道具なども置いてあるところだ」

「行きたいです!」


 思わず反応してしまった。


 そういえば私はファルロ商会、それにヌール商会以外の魔道具などはほとんど見たことがない。


 この王都でも何個も商会はあるし、魔道具店もいろいろとあるだろう。


「ふっ、本当にアマンダらしいな」

「えっ、何がですか?」

「普通の令嬢ならブティック店や宝飾店に行くのだがな」

「そうなのですか?」

「ああ、本当にアマンダと一緒にいると面白いな」


 カリスト様がとても楽しそうな笑みで言うので、私は揶揄われているのか褒められているのかよくわからなかった。

 だけど私もカリスト様と過ごすのは面白いので、明日の午後が楽しみになった。


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