第23話 カリスト、惹かれて


 精霊樹の枝を手に入れてから、二時間後。


 カリスト達は馬車に乗って、森を抜けて王都に近づいていた。

 日が沈む前に王都に戻れそうなので、野宿する必要はなさそうだ。


 カリストがアマンダを横抱きにして移動したから、早めに馬車まで戻れた。


 横抱きにされていたアマンダだが、今は馬車の中で眠っている。


「やはり無理をしていたようだな」

「そうですね」


 馬車内に座っているカリスト、御者席に座っているキール。

 御者席の背後に小窓があり、そこを開けて二人は会話をしていた。


 キールは馬の手綱を持って周りを軽く警戒しながら話している。


「森を抜けるまで起きていたようだが、今はぐっすり眠っている」


 魔物が出てくる可能性があったので、その時に備えてアマンダは起きていた。

 今はもう森を抜けていて、草原で魔物がいても見渡しがいいので、アマンダの魔道具がなくても問題ない。


「ふっ、もしかしたら昨日は精霊樹の素材採取をするから、しっかり眠れなかったのかもな」

「さすがにそんな子供ではないでしょう」


 アマンダが起きていたら「うっ……」と呻いていたが、聞こえていないので反応はない。


「愛らしい寝顔だ。悪戯で起こしたくなるほどにな」

「ダメですよ、それこそ子供じゃないのだから」

「やらないが、やりたくなるな」


 今、アマンダは、カリストに膝枕をして眠っている。


 眠った時はそんな体勢ではなかったのだが、カリストが寝やすいようにアマンダの身体を倒して膝枕をした。


 カリストは上からアマンダの寝顔を見ている状態だ。


「しかし、本当に驚いたものだ。まさかアマンダが精霊の加護を受けているとはな」

「そうですね。ですが加護を受けていると知って、納得する部分は多くあります」

「ああ、尽きることのない魔力量、まさか無限だとは思わなかったが」


 伝承でしか聞いたことがなかったので、精霊の加護がまさかそれほどの力だとは知らなかった。


 これは絶対に他人に漏らしてはならないことだ。

 国の上層部が知れば、何が何でもアマンダを手に入れようとしてくるだろう。


「絶対に、守らなければな」


 自分の膝元で眠る無垢な寝顔をみて、カリストは呟いた。


 最初は、ただの好奇心、それと勘だった。

 初めて出会った時、姿を認識させなくするマントを着ていても、彼女は自分をしっかり認識していたように見えた。


 そして「追った方がいい」と自分の勘が言った。


 その勘に従って成功してきたことが多いので、迷うことなく彼女を追った。


 するとなぜかテントを建てていて、野宿をすると言う。

 話を聞くとヌール商会で働いている錬金術師で、家でも職場でも虐げられているような女性だった。


 それを救いたい、という正義心で引き抜いたわけじゃない。

 ただ、本当に優秀な錬金術師を引き入れたい、と思ったから助けた。


 その後、やはり自分の勘は合っていて、本当に優秀な錬金術師で、ファルロ商会の事業成績も彼女のお陰で上がっている。


「錬金術の腕は、無尽蔵の魔力じゃ説明がつかないからな」


 確かにあの魔武器を扱えるのは、無限の魔力量のお陰だろう。


 しかしあの魔武器を作るのは、無限の魔力があっても出来ない。

 錬金術というものをしっかり学んでいて、好きだからこそ作れたのだ。


 アマンダの功績が全て精霊の加護のお陰なんて、微塵も思っていない。


 それに……。


(とても、惹かれてしまったな……あの言葉、あの表情に)


 精霊樹のところで、アマンダが精霊と話している時。


 何を話しているのかはよくわからなかったが、話の流れ的に「加護を受けて何をしたいのか」という話をしていると推測できた。


『私は人に喜んでもらえる、笑顔にする魔道具を錬金術で作りたいんです』

『私の無限の魔力は、錬金術に使います。私が錬金術が好きで、人を笑顔にするのが好きだからです』


 その時の言葉と、綺麗な笑みに。

 カリストは胸を打たれてしまった。


 今までもアマンダには、とても好印象を抱いていた。


 侯爵家の当主で社交界に小さい頃からよく出ていた、出ないといけなかったカリスト。


 社交界で寄ってくる令嬢達は、全員がカリストの肩書だけを見て寄ってきた奴らばかりだった。

 全員が作り笑顔をしていて、寄ってくる令嬢達が全部同じ顔に見えた。


 幼少の頃からそうで、一回だけ社交界で一人の伯爵令嬢が自分の婚約者だと声高々に偽っていた。


 それをその場で否定すると泣き崩れ「あんなに愛し合ったのに」とさらに嘘を重ねてくる。


 だが社交界でそんなことを言えば噂になり、カリストが伯爵令嬢を弄んで捨てたという噂が流れた。


 もちろんその後に令嬢を尋問し、社交界で皆の前で正式に噂を否定させて謝らせ、その令嬢に命令した伯爵家は潰した。


 そんなことがあったから、カリストは社交界が逃げたくなるほど苦手だ。


 だから社交界などじゃなく錬金術師として出会った令嬢、アマンダは新鮮だった。

 カリストが侯爵家の当主と言っても敬う態度にはなったが、媚びるような態度には全くならなかった。


 アマンダの家に匿っている時も、彼女はカリストにすり寄ることはなく、ただ友人として接してくれているように感じた。


 それがとても心地よく、社交界から逃げてアマンダの家に行くようになった。


 そんな関係がずっと続けばいい、と心の中で思っていたのだが……。


(まさか俺の方が、ここまで惹かれるとは)


 自分の膝元で眠るアマンダの青くて艶やかな髪を撫でる。


 国を簡単に滅ぼせるほどの魔力、だがその力を無暗に使うことはなく、理知的で素敵な考えを持っているアマンダ。


 それが本心というのが、あの美しい笑みを見たらわかった。

 社交界で見飽きるほど作り笑いを見てきたカリストだからこそ、本物の笑顔に見惚れてしまった。


 その笑みを見て、カリストは惹かれた。


 あの本物の笑顔を……自分にも向けてほしい。


「キール、アマンダを起こさないようにゆっくり進めよ」

「はい、帰りに急いだお陰で日が暮れるにはまだ時間はありますから、そうします」

「ああ、この愛らしい寝顔をもうちょっと長く見たいからな」

「……そうですか」


 キールは、もうすでにカリストの気持ちに気づいているだろう。

 学院の頃からの友人で、ずっとカリストの近くにいたのだ。


「キール、お前は反対か?」

「反対? 何がです?」

「身分が違う相手と婚約することは」

「はっ、私がそんな古い考えだとお思いで? そんな考えだったら、侯爵のカリスト様に怒ることなんて出来ませんよ」

「ふっ、それもそうだな」

「ただ……」


 キールがそこで言葉を止めて、カリストとアマンダがいる馬車の中を御者席の小窓から覗いた。


「カリスト様がアマンダ様とどうやって親しくなったのかは気になりますね」

「ん? どういうことだ?」

「私が知っている限り、この一カ月でお二人が親しくする時間なんてなかったはずなんですよ。私がカリスト様といない時……社交界から逃げてどこかで隠れている以外の時間は、ご一緒しているので」

「……」

「カリスト様? 隠れ場所は、どこですか? まさか女性の家に逃げ込んでいる、とは言わないですよね?」


 今だけはキールが古い考えだったらよかった、と思ったカリストだった。


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