第22話 精霊樹のもとへ


 一時間後、私達は順調に森の中を進んでいたのだが……。


「はぁ、はぁ……」


 私は結構体力を消耗していた。

 学院生の頃はここまで体力がなかったわけじゃないのに、二年間で衰えてしまった。


 ヌール商会ではずっと座って魔道具をただ作っていたから……疲れたわ。


「アマンダ、大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です。すみません、足を引っ張ってしまって」

「いや、アマンダのお陰で危険な森を安全に歩けているのだ。むしろそれらをぜんぶ任せてしまって、申し訳ないと思っている」

「それは大丈夫なのですが……」


 森のゴツゴツした地面、全く整備されていないので足が疲れる。何回も足をくじきそうになった。


 木々も生い茂っているが、先を歩くキールさんが私が歩きやすいように切ったり退かしたりしているので、これでも歩きやすい方なのだろう。


 一時間ほど経っているので、そろそろ精霊樹のもとに着くと思うんだけど……。


「っ、お二人とも、着きました」


 すると前を歩くキールさんが、そう言ったのが聞こえた。

 着いたというのは、つまり……!


 私は少し早歩きになって、その場を抜けて開いた場所に出る。


「わぁ……!」


 思わず感嘆の声が出てしまった。


 目の前に葉も枝も光っている樹が一本立っていた。

 葉は他の木々と比べると大きく、ここまでに地面に落ちていた葉と全く同じ。


 つまりこれが……精霊樹。


「これはすごいな、凄まじい魔力を感じる」

「はい、魔力などを感じるのが苦手な私でも、この魔力はとても感じます」


 カリスト様とキールさんも精霊樹を見て感動しているようだ。


 私も精霊樹の魔力を感じて、言葉が出ない。


 これを素材にして作る魔道具は、どれほどの物になるだろうか。


 全部、本当なら根こそぎ持ち帰りたいんだけど……それは出来ない。


「アマンダ、わかっていると思うが一本の枝だけだ。それ以上持ち帰ると、何が起こるかわからん」

「はい、わかっています」


 昔、精霊樹の枝を数十本持ち帰ろうとした人達がいたらしい。


 しかしその人達は街に着くまでに不幸な事故などが起きたり、魔物に襲われたりして、街に戻る時には一本しか枝がなかったらしい。


 それから何度もやっているが、絶対に一本しか持ち帰れないようだ。


 さらに事故や魔物に襲われたりして、命を落とす人もいた。


 だから精霊樹の枝はおそらく何かに神秘的なものに守られており、一本しか持ち帰れないようになっている、と言われている。


 本当は私も全部持ち帰りたいけど、これは仕方ない。


 私はナイフを持って精霊樹に近づく。

 枝を吟味していき、この中でも一本だけ魔力が集中している枝を見つけた。


「精霊樹の枝、いただきます。お許しください」


 私はそう言ってから、枝にナイフを振り下ろした。

 かなり太い枝だったのだが、一回ナイフを振り下ろしただけで切れてしまった。


 あれ、ほとんど感触もなかったけど……?

 手に入れた枝も思ったよりも軽く、私でも片手で持てる。


 とても重いって噂を聞いていたけど、嘘だったのかしら?


「取れました」


 私はそう言って、精霊樹に背を向けて歩き出そうとした時……。


『珍しい、精霊の加護を持っている人間だね』

「えっ?」


 明らかに後ろから声が聞こえて、振り返る。

 今のは、精霊樹から聞こえたの?


「アマンダ、どうした?」

「カリスト様、今、声が聞こえませんでした?」

「声? ここには俺達以外いないが?」

「そうですけど、精霊樹から声が……」


 私がそう言っても、カリスト様とキールさんは首を傾げている。


 お二人には聞こえなかった?

 いや、もしかしたら私の幻聴かもしれないけど……。


『精霊の声は加護を受けた者しか聞こえないんだ』

「っ!」


 やっぱり幻聴なんかじゃない!


 私は精霊樹を見上げて、周りに誰かいるのかと見渡す。


 だけどやはり誰もいない。それでも声が聞こえるということは、姿が見えない?


「精霊、ですか?」

『そうだよ、君に加護を与えた精霊ではないけど』

「精霊って、本当にいたんですか……?」

『ふふっ、滅多に人前に姿を現したり加護を与えたりしないから、そう言われるのも無理はないかな』


 姿もしっかりあるのかしら? 今私の前にはいないようだけど。

 しかも私に加護を与えた精霊じゃないってことは、複数人いらっしゃるのね。


「アマンダ、精霊と話しているのか? まさか、本当に?」

「は、はい、よくわかりませんが、精霊の加護を受けている私にしか聞こえないみたいです」

「精霊の加護を、アマンダが受けているのか!?」

「私も初めて知りましたが……」

「なるほど……だからあれだけの魔力量を……」


 精霊の加護というものが何なのかはわからないけど、魔力量を増やすものなのかしら?

 それなら私の異常な魔力量にも説明がつく。


「加護って魔力量を上げるものですか?」

『魔力量を上げる? 加護はそんなものじゃないよ、魔力は無限に生み出せる』

「無限に、ですか?」

『そうだよ。あとは病にかからなくなったり、毒も効かなくなるね』

「す、すごいですね……!」


 魔力を無限にってだけでもすごすぎるのに……!

 そういえば私、子供の頃から一度も風邪を引いたことがなかった。


 錬金術の研究とかをするために、結構無理をしてきたのに。


 毒はさすがに飲んだことないけど……今度試してみようかしら?


「なぜ私に精霊の加護が?」

『さぁ、僕が与えたわけじゃないから。だけど精霊って気まぐれだから、大した理由はないんじゃないかな?』

「そ、そうですか」


 なんか理由があるのかと思ったけど、多分ないのね……。


『興味本位で聞くけど、君はその魔力を使って何をしているんだい?』

「何をって……」

『過去に精霊の加護を受けた人間は、その無尽蔵な魔力で国を亡ぼして王になった者もいた。国に利用されて奴隷のように働かされた者もいたね』


 っ、確かに無限の魔力を持っていれば、悪用する者がいるだろう。

 それが加護を受けた本人じゃなくても、悪人に知られたら……うん、出来うる限り内緒にしておこう。


『今、君はその魔力を使って何かしている、もしくはしたいことはあるのかい?』

「していることは錬金術で、したいことは錬金術です」


 精霊様の言葉に、特に悩むことなく普通に答えた。


『錬金術……ふむ、何を作るんだい? 人間を自在に操作できる呪具でも作るのかな?』

「そんなもの作りませんよ!?」


 思わず大きな声で否定してしまった。カリスト様とキールさんに少し驚かれた。


 さっきから精霊様とずっと話しているけど、お二人から見たら私がただ一人で喋っているように見えているのよね……。


 お二人にも聞こえていればよかったのに。


「普通に私は錬金術が好きで、魔道具とかを作りたいだけです」

『危険なものは作らないのかい?』

「必要とあれば作りますが、そこまで作りたいとは思わないです」


 私はファルロ商会に入って、気づいたことがある。


 錬金術は大好きで、魔道具を作るのも開発するのもとても楽しい。

 それだけで錬金術をし続ける理由になるんだけど、もう一つ理由が出来た。


「私は人に喜んでもらえる、笑顔にする魔道具を錬金術で作りたいんです」


 前に、疲れを癒す緑のポーションを売り出した時だ。

 ファルロ商会の店舗に行って、試作品を実際に使っている人を見た。


 それを飲んでとても嬉しそうに笑っている人達がいた。「肩の凝りが治った」とか「これで元気に仕事できる!」とか。


 その笑顔を見た時、本当に嬉しくなった。幸せだった。


 私が好きで作った物で、喜ぶ人がいる。


 今までヌール商会で働いていた時は、私が作った魔道具を使っている人を見たことがなかった。


 ファルロ商会に来て初めてそれに気づいた時、私は錬金術がもっと好きになった。


「私の無限の魔力は、錬金術に使います。私が錬金術が好きで、人を笑顔にするのが好きだからです」

『……ふふっ、そっか。数百年ぶりに加護を受けた人間が、君でよかったよ』

「あ、ありがとうございます」


 さらっと数百年って言った?


 そんなとても貴重な加護だったのね……本当に知られないようにしないと。


『君、名前は?』

「アマンダ・ナルバレテです」

『アマンダか。出来うることならその意志を貫いたまま、一生を終えるといいね』


 精霊様のその言葉が聞こえてから、いきなり精霊樹が光り始めた。


 もとから光っていたけど、さらに光を放ち始めた。


 目を開けられないくらいになって、私は目を瞑った。


 しばらく待つと光が収まって目を開けたが……そこに精霊樹はなかった。


「まさか、精霊樹はああやって消えるのか?」

「消える瞬間を見ることが出来るなんて、すごいですね」


 カリスト様とキールさんが、精霊樹があった地面などを軽く触りながらそう言った。


「精霊様?」


 私はそう呼んでみたけど、返答はなかった。

 やはり精霊樹が消えて、そのままいなくなったみたいね。


「アマンダ、精霊との話は終わったのか?」

「どうやらいなくなってしまったようです」

「そうか、俺とキールには精霊が言っていることは何も聞こえなかったが……話していた内容は聞いてもいいか?」

「はい、お二人なら」


 話しているところを聞かれているのだから、お二人にはすべて話した方がいいだろう。


 そして、精霊様との会話の内容を話した。


「精霊の加護、伝承で聞いたことはあったが……」

「そうなのですか?」

「ああ、だが伝承されていた話よりも凄まじいな」

「無限の魔力、病にかからない、毒にも効かない……本当ならとても凄いですね」

「アマンダの魔力量は以上だとは思っていたが、まさか無限だとは思わなかった」

「それは私もです」


 お二人になら聞かれても誰にも言わないと思うから問題はないけど、他人には話さないようにしないと。


「確かに国一つ滅ぼすことなんて出来るだろうが……」

「? なんでしょう?」


 カリスト様が私の顔を見て微笑ましそうに笑っていた。


「いや、精霊へ返す言葉がアマンダらしいなって思っただけだ」

「そうですか?」

「ああ、素晴らしい回答だと思ったよ、本当に」


 カリスト様の笑みがいつもより優しくて、私を見る目もいつもと違う感じでドキッとしてしまう。

 なんだかいつもよりも意味がありそうな優しい笑みだ。


「そ、そろそろ戻りましょうか。精霊樹の枝も手に入りましたし、遅くなったら野宿になってしまいます」


 私は少し恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにそう提案した。


「そうだな。この時間だったら野宿せずに済むだろう」

「それなら少し急いだほうがいいですね、最近は日が沈むのが早くなってきたので」

「はい、行きま……っ!」


 私は二人の後についていこうとしたら、足がもつれて倒れそうになってしまった。


「アマンダ!」


 近くにいたカリスト様が支えてくださって、何とか倒れずに済んだ。


「あ、ありがとうございます。少し疲れてしまって……」


 思った以上に森の中を歩き続けたのが、足に疲れが溜まっているようだ。


 一時間ほど森の中を歩いただけなのに、情けないわ。


 しかも今日は緑の疲れを癒すポーションを持ってきてない。


 こんなに自分が疲れるとは思っていなかったし、魔物が出る森なので万が一を考えて、傷が治る青のポーションを多く持ってきてしまった。


 私があの魔武器を作ってから魔物に襲われて傷を受けたことは一度もなかったけど、カリスト様やキールさんがいたから、青のポーションを優先した。


「すみません、足がもつれただけなので。あと一時間くらいは歩けます」

「……いや、ダメだな」

「えっ、きゃ!?」


 いきなりカリスト様が私のことを持ち上げたので、声が出てしまったが……横抱きをされてしまった。


 前の社交界でのダンスパーティーの会場を出る時にされたけど、まさかもう一回されるなんて。


「このまま行こう。アマンダは俺が運ぶ」

「えっ!? カ、カリスト様、さすがにそれは……!」

「アマンダがまた今みたいに転びそうになったら危ないからな。森の中で転んだら怪我をしてしまう」

「こ、転ばないので大丈夫です! それに転んで怪我をしても、ポーションがありますから!」

「ポーションがあったとしても怪我は痛いだろ。それにアマンダに傷を負わせたくない」

「っ……!」


 横抱きで近くなったカリスト様の顔、真剣な表情で心配をされると何も言えなくなる。


「アマンダ様、大丈夫ですよ。カリスト様は体力はあるので、そのまま運ばれてください」

「キールさん、ですが……!」

「ここで話していても時間の消費なので、もう行きましょう」


 ほ、本当にこの体勢で行くの?


 そのまま精霊樹があったところを離れて、森の中へと入っていく。


「ま、魔物が出たらどうするのですか?」

「別にアマンダの魔武器なら、俺に抱えられていても使えるだろ? 銃口を向ければいいだけなんだから」

「……確かにそうですが」


 むしろ銃口を向けなくても、真上とかに向けて放てば勝手に飛んでいくようにしてある。


「俺が運んだ方が早いし、アマンダも疲れない。一石二鳥だろ?」

「うぅ……本当にいいのですか?」

「ああ、精霊樹のもとまで早く行けたのはアマンダの魔道具や魔武器のお陰で、俺は特に役に立ってないからな。これくらいはさせてくれ」

「……はい」


 確かに私が歩くよりも、カリスト様が私を抱えて歩いた方が早いわね。


 ここはお言葉に甘えるしかないけど……それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「では、よろしくお願いします……」

「ああ、任せておけ」


 カリスト様の笑みがいつもより近くで見えるが……ドキドキしてしまうので、視線を逸らした。

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