第12話 ダンスパーティーの誘い


「アマンダ、一緒に社交界に行かないか?」

「……はい?」


 私が、社交界に?

 しかもビッセリンク侯爵のカリスト様と一緒に?


「な、なぜ私なのですか?」

「一番の理由は、ダンスパーティーの相手がいないからだ。一曲は踊らないといけないダンスパーティーで、相手がいないのはめんど……主催者に悪いからな」


 いや、面倒って今言いかけていたわよね?

 確かにダンスパーティーは一回は踊るような暗黙の了解がある。


 だけど相手がいないでパーティーに来る人は結構いるので、その場で女性からでも男性からでも誘えるはず。


 普通の貴族だったら男性から誘うだろうが、侯爵のカリスト様だったら女性からでも誘ってくれるだろう。


「別に相手がいなくても会場で見つければいいのでは?」

「いや、それが一番ダメなやつだ」

「なぜですか?」

「俺が侯爵だからだ」



 堂々とそう言われたが、意味がよくわからない……。

「どういうことですか?」

「俺はまだ婚約者がいないからな。社交界に行くと多くの令嬢が俺に気に入られようと、光に引き寄せられる虫のように集まってくる」

「虫……」


 言い方は酷いけど、だけど少し予想がつくかも。


 私も学院にいた頃に参加した社交界で、爵位が高い令息や令嬢の方々の周りに、いろんな人が集まっているのを見たことがある。

 もちろん私はその中に入ったことはないけど。


「普通の社交界ですら令嬢が集まってきて面倒なのに、ダンスパーティーなんてダンスを誘うという大義名分を得た令嬢達が集まってくるのが目に見えている」

「はぁ、なるほど」

「だからダンスの相手がいればマシになると思うのだが、適当な令嬢を誘うとそいつに勘違いされることがある」

「今みたいにしっかり説明すればいいのでは?」

「したつもりだったのだがな……一度、伯爵令嬢に相手を頼んだら、これ幸いというように外堀を埋められそうになった。自分がビッセリンク侯爵の婚約者だ、と俺に隠れて言い触らしていたようだ」

「それは……大変でしたね」


 説明したのに勘違いをされた……いや、おそらく勘違いではないのでしょうね。


「ああ、だから適当な令嬢を選ぶわけにはいかない」


 なるほど、ダンスパーティーで令嬢達に囲まれるのは面倒で、それを避けるための相手の令嬢を見繕う必要があると。


「それで、私ですか?」

「ああ、アマンダなら勘違いしないし、俺の婚約者という立場に興味がないだろう?」

「そうですね」


 侯爵家当主の婚約者に興味がない、とカリスト様を目の前に言うと失礼な気がするけど、彼はそんな相手を望んでいるようね。


「だけど私は男爵令嬢ですよ? 侯爵家のカリスト様の相手には相応しくないのでは? それに社交界なんてここ数年出ていませんし……」

「爵位なんて問題ない。俺の相手に文句を言う奴はビッセリンク侯爵家に文句を言う馬鹿だけだ。社交界に慣れてなくても、そこは俺がリードする」

「うーん……」


 そう言われても、カリスト様に迷惑をかけないか心配だ。

 恩を返したいから承諾したいのだけど、これはおいそれとは返事出来ない。


 キールさんに意見を仰いだ方がいいでしょうね。


「カリスト様、申し訳ありませんがキールさんに一度相談を――」

「俺の相手として来てくれたら、報酬として錬金術に使える珍しい素材を用意しよう」

「――私でよければ喜んでお相手を務めさせていただきます」

「よし、ありがとう」


 はっ! いけない、報酬につられてしまった……!


 くっ、だけど錬金術師として、侯爵家のカリスト様が用意してくださる珍しい素材はとても興味があるわ!


 引き受けないなんてありえない……!


「ダンスパーティーは三日後だ、よろしくな」

「……はい」


 ということで、私はカリスト様の相手として、久しぶりの社交界に行くことになった。



 翌日、私は侯爵家の屋敷に招待されていた。


 ダンスパーティーに行くにあたってドレスなどの準備があるから、それを選ぶために屋敷に来た。


 普通だったらブティック店や宝飾店に行くと思うけど……カリスト様が、わざわざ屋敷にお店の人達を呼んで、商品を用意してくれていた。


 侯爵家ともなると、服や宝飾品は買いに行くものではなく、持ってこさせるものなのね。

 しかも全部ファルロ商会で用意した物のようだ。


「すごいですね、これ……」


 広い部屋を埋め尽くすほどのドレスや宝飾品を見て、思わず呟いた。


「この中からお選びください。もし全て気に入らなかったら、また他の物を準備します」

「い、いや、さすがにそれはないと思いますよ、キールさん」


 隣でこれらを全部準備してくれたキールさんに、私は苦笑しながら言った。


「カリスト様のお相手なので、ドレスや宝飾品は妥協せずお選びください」

「そう、ですね。わかりました」


 確かに一番ダメなのは、カリスト様の隣にいて見劣りすることね。

 それは避けないといけないわ。


「その、キールさんは反対じゃないんですか?」

「何がでしょうか?」

「私がカリスト様のお相手になることです」

「反対ではありませんよ。私に何も相談なく決められたのはイラっとしましたが」

「す、すみません……」

「いえ、アマンダ様に対してではなく、カリスト様に対してです」


 笑みを崩さないキールさんだが、逆にそれが怖いわね。

 カリスト様は今仕事中のようで、この場にはいない。


「逆に私が聞きたいのですが、アマンダ様は大丈夫ですか?」

「何がでしょう?」

「カリスト様と社交界、しかもダンスパーティーに出るということです。アレでも一応侯爵なので、かなり注目されますよ」


 アレでもって……。

 学院の頃からのお友達らしいから、遠慮ない言葉を使えるのね。


「もう承諾してしまったので」

「今なら断ることも出来ると思いますが……」

「大丈夫です、ファルロ商会に引き抜いてくれた恩を返したいとも思っていましたから」


 それと、希少な素材も欲しいし……。


「……わかりました。私からはもう何も言いません。では私はこれで失礼しますので、あとは店員とメイドの方とお選びください」

「はい、ありがとうございます」


 そしてキールさんが出て行ったと同時に、メイドの方々が入ってくる。

 その中に見知った顔があり、私は目を見開いてから頬を緩ませた。


「イーヤ、久しぶりね」

「はい、お久しぶりでございます、アマンダ様」


 ナルバレテ男爵家に仕えていたメイドのイーヤだ。


 私を小さい頃から見てくれていたメイドで、男爵家の中で唯一私とまともに喋ってくれていた人だ。

 私が男爵家から出て行った後、心配でカリスト様に頼んでイーヤも引き抜いてもらった。


「元気にしていた?」

「はい、お陰様で。アマンダ様も元気そうで何よりです。前よりも顔色も良く、表情も明るくなられて」

「そう? 仕事が充実しているからかも」

「それはよろしゅうございました」


 男爵家では家族の目があったから、その目を盗んで喋らないといけなかった。

 こうして気兼ねなくイーヤと話せるのは、とても嬉しいわ。


 これも全部、カリスト様のお陰だ。


 だからカリスト様に恩を返すために、ダンスパーティーの衣装をしっかり選ばないといけないわね。


「イーヤ、協力してね」

「はい、もちろんです。このような日が来ることを、心から待ち望んでおりました」

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