第11話 一週間後、カリスト様と…


 私がファルロ商会に所属してから、一週間ほどが経った。


 仕事からの帰り道、カリスト様と外でバッタリと出会った。


「カリスト様?」


 私はカリスト様に用意していただいた家で一人暮らしをしている。

 その家と職場は結構近いけど、その間に商店街があって、カリスト様が立っていた。


 なぜかカリスト様は私と初めて出会った時のように、フードを深く被っていた。


 私が声をかけるとビクッとして、恐る恐るこちらを向いて、私を見て安心した様子だった。


「ア、アマンダか。久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです。お陰様で楽しくやっています」


 毎日職場に行って仕事するのが本当に楽しい。

 最近は緑のポーションの開発を終えて、新しいものを開発している。


 午前中は製造部で緑のポーションを作ったり、他の魔道具も作らせてもらったりしていて、開発も製造も出来て本当に満足だわ。


「話はオスカルやエストから聞いている。二つの部署で仕事をしているようだな。普通なら出来ないだろうが、アマンダだから問題ないとも聞いている」

「オスカルさんとエストさんによくしてもらっているので、本当にありがたいと思っています」

「あの二人もアマンダが来てからより一層やる気を出しているようだ。本当にアマンダを引き抜いて正解だった」

「あ、ありがとうございます」


 ヌール商会から引き抜いていただいた恩は返しきれていないと思うけど、そう言われると少し照れてしまう。


「カリスト様はこんなところで何をやってらっしゃるのですか? 何か隠れているようですが……」


 私がそう問いかけると、カリスト様は周りを見渡した。

 私もつられて商店街を見渡すが、私達の周りには人はいない。


 するとカリスト様が顔を寄せてきて、小さな声で話し出す。


「キールから逃げているんだ」

「どうしてですか?」


 カリスト様の端整な顔立ちが寄ってきて、少し驚いたけど会話を続ける。


「今日、面倒な仕事があってな……それから逃げてきたんだが、キールに怒られるのも面倒だからな」

「そうなんですね」


 怒られたくなくて逃げてきたってことね、なんだか可愛らしい。

 だけど仕事を逃げてきても大丈夫なのかしら?


「キールさんに怒られるということは、何か大事な仕事だったのでは?」

「貴族にとっては大事ではあるが、俺にとっては大事ではないな」


 ……どういうことかしら?

 よくわからないけど、カリスト様はその仕事が好きではないことはわかったわ。


「しかし、途中で逃げたはいいがどうしようか……このまま本邸に帰ったらキールに何か言われることは確実だ……」


 ぶつぶつと呟いているカリスト様。

 このまま家に帰りたくない様子ね。


 そろそろ夕食の時間だし、それだったら……。


「カリスト様、よろしければ私の家に来ませんか?」

「ん? アマンダの家に?」


 私は提案した直後にハッとした。


 いくら相手が困っていて顔見知りだとしても、カリスト様は侯爵の当主だ。


 私みたいな女性が家に呼ぶのは失礼だった。


 しかも私は一人暮らしだし、他の人が見たら変な噂が流れてしまうかもしれない。


「すみません、不躾なお誘いをしてしまいました」

「ふむ、ではお言葉に甘えて、家に上がらせてもらってもいいか?」

「……えっ?」


 カリスト様の言葉に、私は少し遅れて反応してしまう。

 まさか承諾されるとは思わなかった。


「い、いいのですか? その、私から誘ったのですが、いろいろと面倒なことには……」

「他人に見られてってことか? それなら問題ない、このコートがあればな」


 カリスト様はコートを見せるようにはためかせた。

 黒っぽいコートで、特に変わった様子は……あら? よく見ると魔力がこもっている気がするわね。


 ということは……。


「そのコートは魔道具ですか?」

「ああ、そうだ。これを着てフードを被れば、人間の意識から外れて見られることはない。俺を視線に入れても気にしない、ということだ」

「なるほど……あれ、ですが私は普通にカリスト様を見つけましたが?」


 初めて会った時も同じコートをしていた気がするけど、私の意識が外れたりすることはなかった気がする。


「ああ、それはおそらくアマンダの魔力が俺よりも多いからだろう。これは魔力を込めたら発動するもので、俺の魔力を上回る相手にはほとんど効かない」

「そうなのですね」

「魔力量には結構自信があったんだがな……まあアマンダには負けるとは思っていたが」


 カリスト様の言葉に私は苦笑する。


 私の魔力量は学院の頃に測ったことがあるが、底なしの魔力ということだった。

 魔力量を測る魔道具でも測定不能が出たので、もうそれから調べることはなかった。


 私も自分がどれだけの魔力を持っているのかはよくわからない。


「だからアマンダ、君の家に行ってもいいか?」

「あ、はい、もちろんです。カリスト様が用意してくださった家なので、私の家と言うと語弊がある気がしますが」

「君の働きを見れば、あの住居じゃ狭いくらいだ。もう少ししたらもっと大きな家を与えてもいいと思っているが」

「い、いえ! そんな大きな家、恐れ多くて……!」

「自分で家を改造して、錬金術の研究や開発を出来る部屋を作ってもいいんだぞ」

「もっと大きな家をいただけるように精進します!」

「ははっ、わかりやすくて面白いな、アマンダは」


 あっ、錬金術の研究が出来ると聞いて、脊髄反射でそう返事をしてしまった。

 失礼だったかもしれないけど、カリスト様が笑ってくださっているからよかったわ。


 その後、私達は商店街を抜けて私の家へと向かった。


 カリスト様に用意していただいた住居は、平屋の一軒家だ。


 結構広くて、一人暮らしをするなら全く申し分ない、むしろ少し広すぎるくらいだ。


「こちらへどうぞ。あまり物がなくて殺風景かと面ますが」

「……本当にそうだな」


 部屋を見渡して、カリスト様がそう呟いた。

 私の家には生活するうえで、最低限の物しかない。


 リビングには椅子、テーブル、タンス、冷蔵庫くらいだ。数も椅子が二つで、他は一つずつ。広い部屋にそれだけだから、さらに広く感じる。


 カーテンやカーペットなども、最初から用意されていた黒色や灰色を使っている。


「本当にこれで不自由ないか? まだ金がなくて物を買えないというのなら、先に給金を渡すが」

「いえ、大丈夫です。物が少ないのは私が必要としてないだけで」

「そうか? それならいいが……」


 心配をかけるためにカリスト様を家にお呼びしたわけじゃないので、しっかりしないと。


「カリスト様、夕食はまだですか?」

「ああ、昼も食べていない。まあ軽食は食べたが」

「そうなのですね、私もまだなので夕食を作ってもよろしいですか?」

「いいのか? というか、料理が出来るのか?」

「出来ますよ。料理は意外と錬金術と通ずる部分があるので」


 材料の配分など、煮たり焼いたりする時間を正確に測ったりと、錬金術と似通っている部分が多くある。


 レシピ通りに作れば大きく失敗せずに成果が出る、というのも悪くない。


 私は錬金術師だから、レシピから外れて何か違うものを作ることがあるけど……料理でそんなことをしたら失敗しかしないから、それはやらない。


「そうか、それなら頼む。かなり腹が減っていてな」

「わかりました。少々お待ちを」


 私はいつも通り、キッチンで調理をしていく。

 調理をしながら考えたけど、誰かに自分の料理をふるまうのは初めての経験かもしれないわね。


 結構前から料理は出来たけど、ふるまう相手がいなかった。


 家族には嫌われているし、学院でも友達らしい友達はいなかった。


 少し緊張してきたわ……初めて料理をふるまう相手が、侯爵のカリスト様で大丈夫かしら?


 料理が出来上がり、お皿に盛ってテーブルに並べていく。

 今日はお肉がメインで他にご飯とサラダ、スープなど、一般的な夕食の献立。


 侯爵のカリスト様にふるまうには普通過ぎると思うけれど……。


「んっ、美味いな。アマンダは錬金術師が出来なくても、料理人にもなれそうだな」

「あ、ありがとうございます」


 正面で美味しそうに食べて、それに嬉しい感想を言ってくださるカリスト様。

 いつも自分一人で食べるので私好みにしてしまったんだけど、カリスト様のお口に合ったようでよかった。


 夕食を食べ終えて、私が片づけをしている時に軽く雑談をする。


「キールさんとはお友達だったんですね」

「ああ、学位性の頃に仲良くなった男友達だ。キールは優秀だったから、侯爵家で雇ったのだ。あいつのお陰で仕事は楽をさせてもらっているが……友達だからこそ、遠慮なく俺を怒ってくるのは少し面倒だな」

「ふふっ、そうなんですね。今日はどんなお仕事があったのですか?」

「仕事というか、社交界だな。どっかの令嬢が開いたパーティーだ」

「どっかの令嬢、というと?」

「忘れた、いや、聞き流して記憶していないから、忘れたわけではないな」

「そ、そうですか」


 カリスト様は社交界が嫌いなのね。

 私も学院にいた頃は社交界に何回か出たことあるけど、特に面白いものではなかった。


 錬金術を一人でやっていた方が面白いわね。


「また数日後に社交界があるし、しかもそれはダンスパーティーだから絶対に女性の相手を選ばないといけないし……はぁ、嫌になるな」

「お、お疲れ様です」


 仕事が嫌なのは大変ね、私もヌール商会での仕事は嫌だったから。

 それをカリスト様には救ってもらったから、恩を返したいけど……これに関しては、私が何か出来ることはないでしょう。


 お皿の片付けなどを終えて、カリスト様の目の前に座る。



「……ん? そういえばアマンダは、男爵家の令嬢だったな」

「えっ? あ、はい、一応そうですが」

「社交界の経験は?」

「学生の頃に何度か」

「ダンスは出来るか?」

「学院ではそういう授業もありましたし、人並み程度には」


 カリスト様は顎に手を当てて「ふむ」と一度言って、また私と視線を合わせる。


「アマンダ、一緒に社交界に行かないか?」

「……はい?」

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