第13話 ダンスパーティー当日


 そして、ダンスパーティー当日。


 私はまた侯爵家の屋敷に来て、準備をしていた。

 この前決めたドレスや宝飾品を着るために、イーヤや他のメイドの方々に手伝ってもらっていた。


 ドレスを着て、宝飾品を付けていく……これ全部で、私の給金の何倍になるんでしょうね。


 ヌール商会の時の給金だったら、何十倍じゃすまない額な気がするわ。


「アマンダ様、とてもお綺麗です」

「ありがとう、イーヤ」


 着替え終わった私の姿を見て、イーヤがとても優しい笑みをしている。


 今日はダンスパーティーなので比較的動きやすく、凝ったデザインではない。


 だけどその中でも美しい装飾がなされている白を基調にしたドレス。

 刺繍は金色でとても綺麗で、遠目から見ても綺麗なものとなっている。


 メイクなども仕上げてもらって鏡で自分の顔を確認したけど、別人とは言わないが綺麗になっていると思う。


 侯爵家のカリスト様の相手として、見劣りはしない程度になっている……と思いたい。

 だけどイーヤや他のメイドの方々にもお墨付きをもらったので、自信を持っていこう。


 久しぶりの社交界でダンスパーティーだから少し緊張するけど。


「行ってくるわ」

「はい、いってらっしゃいませ」


 イーヤに見送られて、私は屋敷を出た。

 屋敷の前にはこれまた豪華な馬車が停まっていて、カリスト様がその前に立っていた。


「お待たせしました、カリスト様」


 カリスト様もダンスパーティーのために着飾っていて、いつもの服装とは全く違う。

 黒を基調にしたタキシードのような服で、彼の服も金色の刺繡が入っている。


 背が高くスタイルが良いので、とても似合っていてカッコいい。


 これは侯爵家とか関係なく、女性からダンスに誘われそうね。


 侯爵家で婚約者がいなかったらなおさら、女性を光に集まる虫を例えるくらいには誘われているのね。


 カリスト様はこちらを向いて、軽く目を見開いた。


「いや、そこまで待ってないが……驚いたな」

「何がでしょう?」

「君の姿にだ」

「えっ、どこかおかしなところがありますか?」


 それだったら早急に直さないといけないのだけど。


「いや、違う。アマンダがとても綺麗だから、驚いたというだけだ。いつも可憐だと思っているが、今日は一際美しいな」

「そう、ですか。ありがとうございます。変なところがないならよかったです」

「……俺が言うのもなんだが、褒めたのにその反応か?」

「えっ、あ、すみません。カリスト様もいつも素敵ですが、今日は特別に素敵です」


 褒め返すのを忘れていたわね、社交界では気を付けないと。


「ありがとう、嬉しいのだが……アマンダも褒められて嬉しいとかはないのか?」

「もちろん嬉しいですが、社交界で異性を褒めるのはよくあることでは?」


 私が学院にいた頃の社交界でも何回もあったので、それに一喜一憂するほどもう初心ではない。

 それにカリスト様は侯爵様で社交界に慣れていらっしゃるだろう。


「ふむ、お世辞で言うのはよくあることだな」

「ですよね」

「だがアマンダ、俺は相手を褒めることはほとんどしないぞ。褒められることは多々あるが」

「そうなんですか?」


 褒められることが多々ある、と言い切るのはさすがね。


「前にも話したように、俺が褒めると無駄に勘違いさせてしまう可能性があるからな」

「なるほど」

「ああ、だから――」

「私だったら勘違いしないから、言っても大丈夫というわけですね」

「……」

「えっ、違いましたか?」


 カリスト様が呆けたような顔で黙り込んでしまって、何か失礼なことを言ったのかと思って少し慌てた。

 そのタイミングで御者席に座っているキールさんが話しかけてくる。


「カリスト様、アマンダ様。そろそろ向かわないと開始時刻に遅れてしまいます」

「……そうか、では乗るか」

「は、はい」


 なんだか少し気まずい雰囲気になってしまったけど、大丈夫かしら。

 そう思いながらカリスト様の後に続いて乗り込もうとした時、彼が振り向いて手を差し伸べてくれた。


「アマンダ、今日はよろしく頼む」

「っ……はい、よろしくお願いします」


 私はその手を取って馬車に乗り込む。


 その時にカリスト様にドキッとしたのは、内緒にしないといけないわね。



 ダンスパーティーの会場はとても広く、数百人は入れるくらいの広さだ。


 そんな中で私はカリスト様と腕を軽く組みながら歩いている。

 まだダンスの音楽は始まってないので、適当に談笑をする時間のようだ。


 しかし……やはりとても注目されているわね。


 すれ違う人が全員私達のことを二度見してくるぐらい。


 その後もチラチラとこちらを窺ってくる人が多い。


 侯爵家のカリスト様が目立つのはしょうがないと思うけど、私がいることでここまで目立っているということかしら?


「こんなに注目されるものなのですね」

「今まで特定の相手を作ってこなかったからな。それがいきなり相手を連れてダンスパーティーに連れてきたのが驚かれているのだろう」

「そうなのですね」


 まだ話しかけてくる人はいないけど、様子見をしているって感じかしら。


 そんな中で一人、男性が近づいてきた。

 とても見覚えがある……というか、製造部部長のニルスさんよね?」


「カリスト侯爵様、お久しぶりです」

「ああ、ニルス。仕事は順調か?」

「お隣にいらっしゃるアマンダ嬢のお陰で、だいぶ忙しくさせていただいております」

「ふっ、そうか」


 カリスト様とニルスさんはいつも通りという感じで挨拶をしていた。


 ここは貴族の方しか呼ばれていないはず。

 つまりニルスさんは、貴族の方だったの?


「しかしカリスト侯爵様が、アマンダ嬢を相手に選ぶとは。婚約しているのですか?」

「いや、彼女なら俺の相手に相応しいと思ってな」

「……なるほど、いつもの彼女の様子を私も知っていますが、相応しいと思います」

「だろう?」

「はい」


 褒められている……のかしら?

 侯爵様に相応しいと言われているのに、なんだか褒められている気がしない。


「アマンダ、君は知らなかったかもしれないが、ニルスはアバカロフ男爵家だ。家を継いでいるわけじゃないがな」

「そうだったのですね。ニルス様、知らなかったとはいえこれまでのご無礼、大変失礼いたしました」


 男爵家の方の仕事部屋に断りもなく入ってしまったり……だけどあれはオスカルさんのせいだけど。


「いや、全く問題ない。ファルロ商会では貴族や平民など関係なく接してほしい。敬称もいつも通りでいい」

「わかりました。ではこういう場では、ニルス様でお願いします」


 私の言葉に満足そうに一つ頷いたニルスさん。

 また最後に軽く挨拶をしてニルスさんはこの場を離れて行った。


 ニルスさんが先陣を切ったと思ったのか、そこからいろんな人達に話しかけられた。


 ビッセリンク侯爵家と仲が良い人達や、仲良くなろうとしてくる人達。

 全員が男爵家、伯爵家などで、私より身分が高い人達ばかりだ。


 ここまで身分が上の方と話す機会はそうそうなかったので、やはり緊張する。


「カリスト侯爵様がまさかお相手を連れてくるとは思いませんでしたよ。ですがとてもお綺麗な方で、侯爵様に相応しい素敵な女性です」

「お褒めに預かり恐縮です」


 一人の男性が私をそう言ってくれて、私は笑みを携えながらお礼を言う。

 するとその隣にいる、年齢が少し高いふくよかな男性が話しかけてくる。


「しかし聞く話では子爵家の令嬢のようですね? しかもあまり聞いたこともない家柄ですが、本当に侯爵様に相応しいんですかな?」


 その言葉でこの場の空気が凍った。

 主に私の隣に立っているカリスト様の雰囲気によって。


 しかしそれに気づかないふくよかな男性は、気持ちよさそうにそのまま喋っている。


「それに比べて我が伯爵家の娘はとても気品がよく育っていますので、カリスト侯爵様に相応しい令嬢だと自信をもって言えますぞ」

「ほう、貴殿は俺が選んだ女性よりも、貴殿が選んだ女性の方が優れていると?」

「もちろんです! 我が伯爵家の娘は――」

「それはつまり、俺への侮辱ということだな?」

「えっ? いや、そうではなく……」


 いまさら慌て出した男性だが、もう遅い。


「俺よりも貴殿が選んだ方が正解だと言ったのだ。俺への侮辱だと判断するに値するだろう」

「い、いえ! そんなつもりは……!」

「もういい。俺をこれ以上不快にさせたくないのであれば、下がれ」

「っ……も、申し訳ありません。失礼します」


 その人は冷や汗を流しながら、この場を去っていった。


 この場に残っている貴族の方々も、少し場が冷めてしまっている。

 仕方ない……。


「ありがとうございます、カリスト様」

「ん?」


 私のお礼の言葉に不思議そうに首を傾げるカリスト様だが、そのまま続ける。


「私のために怒ってくださったのですね。やはりカリスト様はお優しくて、とても素晴らしい方ですね」


 私は周りの人達に視線をやる。


「カリスト様を慕っている方も、やはり多いのですね」

「え、ええ! カリスト侯爵様はとても素晴らしい方で、尊敬の念を抱いております」

「わ、私もです!」


 他の人々が口々にそう言い始める。


 カリスト様と視線を合わせて、私は笑みを浮かべて頷いた。

 冷めた空気はなくなったので、あとはよろしくお願いします、という意味を込めて。


 カリスト様は少し目を見開いてから、ふっと笑みを浮かべる。


「ああ、皆の者ありがとう。私は相手にも恵まれて、幸せ者だ」


 そう言ってカリスト様は私の手を取って、周りの方々に見せるようにした。


 なんとか私の爵位や地位のせいで悪くなった空気は払拭出来たようね。


 だけどカリスト様が最後に手を取ってアピールするとは思わなかったので、また少しドキッとしてしまった。


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