第7話 多忙な一日の終わり



「しかし、疲れを癒すポーションか。キール、どう思う?」

「商品化をしたいですが、普通の錬金術師がどれくらいの速度で作れるかによります。普通のポーションで一時間、それに素材を二つ足しているわけなので……二時間はかかるでしょうか」

「わからないが、試す価値は十分にあるな」


 えっと、なんだかよくわからないけど、このポーションを商品にして売ろうとしているのかしら?

 そんな簡単に決めてもいいの?


 私が適当に自分で作ったやつだけど。


「アマンダ、申し訳ないがもう一つ作れるか? ポーションの素材はこちらで用意するが、追加の素材はまだあるか?」

「はい、ありますよ」

「カリスト様、もう夜も遅いので商品開発の話は明日以降の方が……」

「むっ、確かにその通りだな」


 カリスト様は夢中になって考えていたようで、失念していたというように時計を見た。


「私は大丈夫ですよ。いつもこの時間からあと三時間ほどは働いていましたので」

「……そうなると日付が変わる寸前までになるのですが」

「はい、そうです」


 キールさんの言葉を肯定すると、彼にため息をつかれた。


「ヌール商会はあなたには過酷な仕事を強いていたようですね」


 私には? 私以外にもやっぱり錬金術師の方はいたのね。


「やっぱりやめるか、キール」

「はい、そうしましょう」

「えっ、私は大丈夫ですが……」

「いや、アマンダはゆっくり休んでくれ。今日もヌール商会で仕事をしてきて、それからこの家に来たのだ。疲れが溜まっているはずだ」


 確かに仕事をしてから、男爵家でカリスト様の正体を知って、いきなり引き抜かれて侯爵家に来たけど、いつもよりは疲労度は少ない。


 十八時頃に仕事が終わるのなんて、とても珍しかったから。


「今日は仕事も早めに終わりましたし、大丈夫ですよ。それに疲れを癒すポーションを飲めば、疲れも取れますし」

「……アマンダ、君はもしかしてあのポーションを使って、ずっと仕事をしてきたのか?」

「毎日は使ってませんよ? 仕事が深夜に入っても終わりそうにない時に、集中力を取り戻すために使ってました」

「普通は深夜まで仕事をやらないのだけどな……」


 またカリスト様にため息をつかれてしまった。


「今日は終わりだ。疲れを癒すポーションをアマンダに飲ませないようにするためにな」

「えっ、別に私は大丈夫ですが……」

「そうもいかない。これから君と一緒に仕事をしていくのだから」

「アマンダ様、失礼ですが先程のポーションは何か副作用などはないのでしょうか? 通常のポーションでしたら傷が治る代わりに、魔力や体力などが持っていかれることがありますが」


 確かに普通のポーションは大きい傷を治す時は、その人が持っている魔力と体力を大きく削ることがある。

 だけど私が作ったポーションでは、そういうことはない。


「魔力や体力が削られることはありません。私も詳しくは調べていませんが、飲んでから数時間は眠れないことがあります」

「ふむ、身体が元気になるから、それで眠れなくなるのか……待てよ、君は深夜前に今のを飲むことが多いと言っていたな?」

「はい、なのでこれを飲むときは仕事が早く終わるけど、寝る時間は少し遅れることが多いです」


 私の言葉に、カリスト様とキールさんが顔を合わせて、頷いた。


「よし、今日は寝ようか」

「はい、そうしましょう」

「えっと、ポーションは作らないのですか?」

「ああ、明日以降で」

「カリスト様、これ以上女性の部屋に留まっていては失礼かと」

「そうだな。アマンダ、しっかり休むんだぞ。おやすみ」

「お、おやすみなさい」


 なぜかお二人はすぐに出て行ってしまった。

 そんなにポーションを作らせたくなかったのかしら?


 よくわからないけど、私はもう少し錬金術をやりたかった。

 ……一人で素材を鞄から出せば出来るけど。


 少しやろうかと迷ったけど、部屋の扉が叩かれた。


 カリスト様とキールさんが戻ってきたのかと思ったのだが……。


「失礼します、アマンダ様。カリスト様にご指示をされて、アマンダ様のご就寝のお手伝いに来ました」

「え、えっと……ありがたいですが、四人も必要なのかしら?」


 メイドの方が四人、私の前で綺麗に並んでお辞儀をした。


「はい、これよりアマンダ様には浴場でゆっくり一時間以上浸かっていただいて身体を休め、その後はお部屋で紅茶を用意しますので就寝前に心も休んでいただきたいと思います」

「そ、そんなにやっていただくわけには……!」

「これもカリスト様のご命令です。私達は背くわけにはいきませんので、カリスト様に何か言うなら明日、直接おっしゃってください」


 つまり今日はこのまま至り尽くせりの対応を黙って受けないといけないってこと?

 それは嬉しいんだけど、本当にお世話になりっぱなしで……。


「ではまず浴場に行きましょう、アマンダ様」

「は、はい、よろしくお願いします」


 その後、私は侯爵家の本気を見ることになった。


「こ、こんな広い浴場を、私一人で使っていいのですか!?」

「すごい良い匂いするシャンプーですね。えっ、シャンプー以外もあるんですか?」

「お、お風呂の中でマッサージを? あ、ああ、気持ちいいです……」

「このドライヤーという魔道具は初めて知りました、とても素晴らしいですね」

「温かい紅茶、ありがとうございます……あ、美味しい。茶菓子も? こちらも美味しいですね」


 ……はっ! 気づいたら何も考えずに二時間以上もメイドさん達に任せっきりで、寝る準備が出来てしまっていた。


 これが侯爵家のメイドさんなのね、すごいわ。


 着ている寝間着もとても着心地がよく、寝るのに適している気がする。


「ではアマンダ様、私達はこれで失礼します」

「はい、本当にありがとうございました」


 メイドさん達が一礼して、部屋から出て行った。


 いつもならまだ仕事をしていてもおかしくない時間だ。

 だけどお風呂に浸かって紅茶も飲んだからか、眠気がすごい。


 ベッドに潜って布団をかぶり、目を瞑る。


 あっ、これはすごいわ……ベッドもすごい柔らかくて身体がそのまま沈んでいきそう。

 布団も暖かくて気持ちいい……これは、すぐに眠ってしまうわ……。


 久しぶりにこんなに早く眠るわ、ね……。



◇ ◇ ◇



 アマンダがメイド達にお世話をされている頃、カリストとキールは執務室で話していた。


「彼女はヌール商会、モレノのせいで普通の仕事の時間などを知らないようだな」

「徹夜で魔道具を作り続けたこともあったようなので、仕方ないかと。ファルロ商会の開発部ではそのようなことをはさせないようにしましょう」

「当たり前だ。俺の商会をあんなクズの商会と同じにしてたまるか」


 そんなことを言いながらも、カリストは書類仕事をしていた。


 商会の仕事と侯爵家当主としての仕事、それを両立するためには、カリストも仕事をする時間は多い。


 だがしっかりと計画的にやっているので、徹夜でやることもなければ、休みも普通にある。


 執事と秘書を務めているキールもいるので、そこまで無理はしていない。


「しかしあの疲れを癒すポーション、あれは素晴らしいな。集中して仕事が出来る」


 もう夜も遅いので結構疲れていたカリストだが、今は朝起きて少し仕事をしたくらいの疲労度しかない。

 キールも同じくらいだった。


「そうですね。ですが数時間も眠れないのであれば、仕事をする時は夕方までに飲むのがいいかと」

「ああ、そうだな。売る時に使用する際の注意に書いてもいいかもしれない」


 そんなことを話しながら仕事をしていくと、やはり集中出来たのかいつもよりも早くに終わった。


「これで終わりか。この時間なら軽く晩酌をして眠るのも悪くはないな」

「お供しても?」

「もちろん、酒とつまみでも持ってきてくれ」

「ありがとうございます」


 二人はカリストの自室に向かって、二人で晩酌を始める。

 いつも通り好きなお酒を飲み、つまみを食べて話す。


 話題はやはりアマンダのことが多かったが、仕事の話も軽くする。


「まさかアマンダを手に入れるために根回ししたものが、ほとんどいらなかったとはな」

「はい、あの父親はアマンダ様の価値を全く知らない様子でした」

「知ろうともしていなかったのだ。だがまさかあんな簡単に手放すとはな」

「ええ、それはもう不快なほどに早かったです」


 侯爵家の伝手や力を使って、ナルバレテ男爵家のことを調べた。

 父親と母親、娘のサーラの三人は仲良いが、アマンダだけが虐げられていた。


 その情報は知っていたが、まさかあそこまでだとは思っていなかった。


 カリストが軽く脅しをかけただけで、娘のアマンダを売ったのだ。


「まあいいだろう、手間が省けた。これからはアマンダがいるのだ、ファルロ商会を大いに盛り上げてくれるだろう」

「私はカリスト様ほどの確信を持っていませんが、今日のポーションは素晴らしかったです。作る速度も、そして効果も」

「だろう? ふふっ、明日からが楽しみだな。もうアマンダの家の準備は出来ているのだな?」

「はい、出来ています。ですが、少し心配事が」

「なんだ?」

「アマンダ様が住んでいた部屋から使っている物を持ってこさせようとしたのですが、ほとんど荷物や家具がなかったようです」

「……つまり?」

「彼女は一人暮らしが出来ると言ってましたが、自分の生活などは無頓着な気がします」

「……まあ、そこも今後確認していこうか」

「かしこまりました」


 心配がありつつも、今後のアマンダとの仕事が楽しみではあるカリストだった。


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