第6話 侯爵家へ


 カリスト様がナルバレテ男爵家に突撃してきてから、二時間後。


 私はビッセリンク侯爵家の本邸の食堂に招待され、食事を待っていた。


 ……いや、なんで?


「あの、カリスト様、なんで私はビッセリンク侯爵家の本邸に来ているのでしょうか?」


 目の前で座って待っているカリスト様、ビッセリンク侯爵家の当主の方に話しかけた。


「なんだ、嫌だったか?」

「嫌とかではなく、なぜなのかというか……」

「アマンダはまだ食事をしていないだろう? それなら一緒に食事をした方がいい」

「侯爵家の当主様と食事をするのはとても緊張するのですが」

「数日前に食事をせがんでいたが?」

「そ、それは候爵様だって知らなかったからです!」

「ふふっ、冗談だ。一人で食べるのは味気なかったから、一緒に食べてくれると嬉しい」


 ニッと笑ってそう言ったカリスト様。


 私もいつも一人で朝昼晩食べているから、誰かと一緒に食べられるのは嬉しい。


 だけど……。


「使用人の方々に見られていたら、少し食べづらいのですが……」


 食堂の壁際にメイドや執事が数人ほど待機していた。


 カリスト様の後ろには執事のキールさんもいる。


「私達のことは気にせずに、アマンダ様」

「そうだ、アマンダ。こいつらのことは置物だと思っていい」

「それは無理があるのですが……」


 男爵家にいた使用人をすでに超えている人数が周りにいる。

 食堂で食事をすることも最近は全然なかったので、それだけでも居心地が悪いのに。


 あっ、使用人と言えば……。


「カリスト様、一つお願いがありまして」

「なんだ?」

「ナルバレテ男爵家に一人、私とよく話してくれる使用人がいまして」

「話してくれる使用人?」

「はい。あっ、家の使用人は私と話しちゃいけなかったんです、お父様やパメラ夫人がそう決めていたので」

「……なるほど、そこまで調べはついていなかったな」


 不快そうに眉をひそめるカリスト様。

 食事時なのに嫌な話をしてしまって申し訳ない。


「本当は話してはいけないのに、私と話してくれていたメイドのイーヤさんという方がいるのです。その方を残してあの屋敷を去るのは心苦しくて」

「ふむ、わかった。明日にはそのイーヤというメイドを侯爵家で雇うように手筈しよう」

「えっ、そこまでしてもらっていいのですか?」


 あの家のメイドを辞められるようにしてもらおうと思っていたけど。


 それでイーヤさんが次の職場を見つけるまで、私と一緒に住んでもらって家事などをしてもらい、その分の給金を私が渡す予定だった。


「ああ、そのくらいは問題ない」

「ありがとうございます。イーヤは二十年ほど使用人の仕事をしておりますので、とても優秀だと思います」


 男爵家で私と話した使用人は、ほとんどがお父様やパメラ夫人の怒りを買って解雇されていた。


 しかしイーヤさんが解雇されなかったのは、ひとえに優秀だったから。


 私と話した使用人を何人も解雇しても問題なかったのは、イーヤさんが男爵家の使用人の仕事を何人分もやっていたからだ。


 イーヤさんが辞めたら男爵家は少し大変かもしれないけど……まあ使用人を雇う数を増やせばいいだけだから、問題ないでしょう。


「アマンダ、メイドの件は対応しておくから、食事を終えた後に一つ頼みがある」

「はい、なんでしょうか」

「錬金術を一つ、見せてほしい」

「? それだけですか?」


 私のワガママを聞いてもらうのだから、もっと何か大変な頼みかと思っていたけれど。

 錬金術を見せてほしい、つまり錬金術をすることは、私にとってはご褒美だ。


「あとで部屋に素材などを持っていくから、ポーションを作ってほしい」

「ポーションですか?」

「ああ、前に作れると言っていただろう?」


 私が答える前に、カリスト様の後ろに控えていた執事のキールさんが言葉を挟む。


「カリスト様、何を言っているのですか? ポーションとは錬金術師が一時間以上かけて作る物です。もう夜も更けているのですから、今からやっては明日に響きます」


 えっ、ポーションって一時間もかけて作るものなの?

 もしかして私がいつも作っているポーションって、普通のポーションではなく、全くの別物ってこと?


 そ、そんな、今までそんな恥ずかしい勘違いをしていたの?


 自分で飲む用でしか作ったことないから、知らなかったわ。


「キール、俺もそのくらいは知っている。だがアマンダ、君ならどれくらいで出来る?」

「そ、その、私が作るポーションは、十秒ほどで出来ますが……」

「なっ!?」


 私の言葉に声を出して驚いたのはキールさんだ。

 カリスト様も目を丸くして驚いているようだが、少し予想していたように笑みを浮かべて頷いた。


「そうか、じゃあ後で頼む」

「わかりました」


 その後、私とカリスト様の目の前にとても豪勢な料理が運ばれてくる。

 まさかここまでの食事が出てくるとは思わず、本当に私が食べてもいいのかと迷った。


 だけどカリスト様が許してくれたので、料理人の方に感謝しながら食べた。


 本当に、とても美味しかったわ……。

 侯爵様ともなると、これほど美味しい食事を毎日食べているのね、すごいわ。


 そんなことを思いながらも、私とカリスト様は食事を楽しんだ。


 そして食事を終えて、私は客室に案内された。


「まだ男爵家にあったアマンダの荷物を、今後君が暮らす家に運び終わっていないようだ。明日には準備が終わるから、今日は客室で泊まってくれ」


 とのことだったのだが……とても豪華な部屋でビックリしている。

 赤を基調とした美しい柄が入ったカーペットやカーテン、ソファやベッドは真っ白でとても綺麗だ。


 侯爵家って本当にすごいのね……。


 そう思いながら部屋の中で待っていると、扉がノックされてカリスト様とキール様が入ってきた。


「アマンダ、待たせたな。ポーションの素材を持ってきた」

「はい、ありがとうございます」


 うん、私がいつも作るポーションの素材と同じだ。


 入れ物も一つだけ用意されている、ここに入れるってことね。


 素材が違ったら少し困ったけど、大丈夫なようね。


「ではやりたいと思いますが、私が作ったこのポーションは誰が飲むのでしょうか?」

「ん? いや、特には決めてないな。アマンダの実力を改めて見てみたい、と思っただけだ」

「なるほど……」


 私はカリスト様とキールさんの顔を交互に見つめる。


「……なんだ、俺の顔に何かついているか?」

「私の顔にも何か?」

「いえ、何もついていません、失礼しました」

「そうか、それならやってもらえるか?」

「はい、ですが二つほど素材を加えてもいいでしょうか?」

「何か足りなかったか?」

「いえ、傷を治すポーションならこれで足りるのですが、疲れを癒すポーションがありまして。それを作るためにはもう二つ、素材を加えたいのです」


 私がそう言うと、カリスト様とキールさんはまた目を丸くして、二人は顔を見合わせた。


「キール、疲れを癒すポーションって聞いたことあるか?」

「いえ、ありません。ポーションは下級、中級、上級などの効果の差はあれど、全部傷を治すものです」

「俺もその認識だ」


 確かに普通のポーションは傷を治すもので、私が前に頬を切った時に作ったポーションはそれだ。

 疲れを癒すポーションは私が一人で開発したものだ。


 仕事の疲れが本当に溜まった時に飲むのだが、結構効果はあると思う。


「アマンダ、本当に疲れを癒すポーションが作れるのか?」

「はい、ですが私が開発したものなので、他のポーションと比べることは出来ませんが」

「待て、君が開発した?」

「はい、開発しました」

「……」


 カリスト様は少し黙って顎に手を当てて考えているようだ。


「……それなら、疲れを癒すポーションを作ってくれ。だが素材はあるのか?」

「あります」


 私は自分の鞄を開けて、小さくした素材を取り出す。


「『拡張』」

「っ、今のは……」


 私が二つの素材を元の状態に戻すと、キールさんが驚きの声を上げた。


「では、作りますね。『解放、定着、純化、抽出――錬成』」


 用意してもらった素材、そして私が用意した素材でポーションを二つ作った。

 入れ物は一つしかないので、一人分は入れて、もう一つは宙に浮かせたまま『定着』しておいた。


「出来ました。こちらです」


 ポーションを入れたものをカリスト様に渡すと、彼は注意深くそれを眺める。


「これが疲れを癒すポーションか……普通は青色だが、これは緑っぽいな」

「そうですね。それとアマンダ様、そちらの宙に浮いている分は?」

「二人分の量を作ったので。カリスト様とキールさんの分です」

「一人分の分量しか用意してなかったはずですが、二人分を……というか、私の分ですか?」

「はい、お二方はお忙しそうですし、疲れがたまっているかと思いましたので」


 二人はまた同時に目を丸くして、それから口角を上げて笑みを浮かべた。

 なんだかさっきから動きが似る部分があるけど、それが少し面白い。


「なるほど、それはありがたいな。なあ、キール」

「そうですね、私の分までありがとうございます。カリスト様、私が先に飲みますね。毒見もかねて」

「別に毒は入ってないだろう?」

「一応です。あなたは侯爵様なのですから」


 そういえば勝手に素材を増やしたから、そういう心配もさせてしまったのね。

 それは少し申し訳ないわ。


「ではアマンダ様、頂戴いたしますが……これは手で掬って飲めばいいのですか?」

「はい、そうです」


 キールさんは宙に浮いているポーションを掬って、そのまま口元に持っていき一気に飲み干した。

 意外と大胆に飲むのね。


「っ、これは……!」

「キール、どうだ?」

「素晴らしい、慢性化していた肩こりがとても楽になりました!」

「ほう、毒はないみたいだな。どれ……」


 感動しているキールさんを横目に、カリスト様も飲んだ。


「んっ、これは……なるほど、無意識に疲れていたのか、重い鎧を脱いだかのような爽快感があるな」


 お二人とも、自分の身体の調子を確かめるかのように、軽く肩などを回している。


 私にだけ効くなどではなかったようで、本当に良かった。

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