S、崩壊する

 2020年春、活動の場をWebに絞り、Sの精神状態はいくらか上向いた。

 Sは同人誌制作の負荷から解放され、心の赴くまま短めの話を綴るようになった。当時実装されたばかりの新キャラクターを書き、30~40個程度のブックマークを得たりもした。それまでの常は十数個程度であったから、Sにとっては上々の成果であった。

 とはいえ、揺らぐ要素も少なからずあった。当時は新型コロナウイルスの流行初期であり、同人誌即売会は軒並み開催中止に追い込まれた。多くの同人誌印刷所が経営危機に陥り、支援のために「紙の本を作ろう」の声がTwitter上にあふれた。紙の本の制作を辞めたばかりのSにとって、それらは落伍者への罵声として響いた。

 安定しきらない日々が、続いた。



 決定打は5月だった。

 Sは偶然、とあるnote記事を読んでしまった。

 全体の趣旨は「二次創作小説で読まれるためには品質を上げねばならない」というものであったが、文中に以下のような一節があった。


「投稿サイトで10万字以上の大作があったが、ブックマークが200いっていなかった。キャラの一人称が間違っていた」(大意)


 言うまでもないと思うが、二次創作においてキャラクターの一人称は重要だ。間違えるのは重大なミスだ。

 文の趣旨として「一人称を間違えるほど質が低いから200程度のブックマークもとれないのだ」との含意があるのは明らかであった。


 ここで、本稿中で何度か言及したS作品のブックマーク数を思い出していただきたい。


 自作品質の向上に対するSの尽力はこの頃も変わりなかったし、有償講評の購入も続けていた。

 そのSにとって「おまえの書くものは、一人称を誤る程度の駄作にも劣る箸にも棒にもかからないゴミ」と宣告されたに等しいこの文は、計り知れない痛手となった。


 丸一昼夜ほど沈み込んだ後、Sは自Twitterに以下の告知を出した。


-----

当面こちらのアカウントをお休みします。


二次創作へのモチベーションが現在完全に壊滅しているため、回復まで休養予定です。


(中略)


一昨年~昨年ごろ、ずっと「自作の数値的な反応が伸びないのは、書くものに何らかの根本的な欠陥があるのではないか」という考えにずっと取り憑かれてました。

相互批評の場に入ってみたり、有料の批評サービスを依頼したりして、問題を見つけようと躍起になっていました。

が、それもなかなか見つからず。だいぶ追い込まれた挙句、最近ようやく自分の中で折り合いをつけられたのですが、そこがまた振り出しに戻ってしまった感じです。


正直、いまは二次創作について何も考えたくないし、触れたくないし書きたくないです。

ダメージが癒えるまで少しお休みさせてください。

-----


 そしてSは去った。



 休養とは言っていたが、Sの二次創作への意欲はその後回復することはなかった。

 SのTwitterアカウントは現在も存続しているが、鍵付きになった。新規フォローは許可されていない。ツイートの頻度も激減し、内容はほぼゲームの進行関連だけになった。創作に関するツイートはない。


 事実上あの日――2020年5月9日、二次創作者としてのSは、死んだ。

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