第38話 何度でも 後編

 焚き火が大きく揺らいだ。

テントの奥からシャルルとメイシーがでできた。

そのままメイシーはカツカツと音を立てながら風を切ってキースに詰め寄った。

その表情からも彼女が不満を持っていることは伝わってきた。


「起きてたのか」


「あんた、シャルルの目的を知ってたの?」


キースがメイシーから目を逸らしてシャルルに向かって 


「話したのか?」と尋ねた。


シャルルは小さく頷いた。


「神は既に僕たちがエメリアの記憶を戻そうとすることに同意してる。手助けをする気はないみたいだけどね」


シャルルはそう答えながら肩をすくめた。


「神がどうのこうのじゃなくて!あの子は納得してるの!?今でも思い出すだけで泣いちゃうような状態なのにもっと悪くなるのよ!?」


「それに関しては僕が必ず彼女に悲しい思いはさせないと誓う」


シャルルは、強い決意を持ってメイシーの言葉に答えた。


「フンッ!そんなのキザったらしい騎士道精神よ!ただのエゴイズムでしょ!」


「それでも、僕は人生を奪われた女の子をそのままになんてしておけないんだよ」


「それがあんたの妄想だって言ってるのが分からないのかしら!?」



「エメリアが記憶を戻したくないってのもお前の妄想だろ、メイシー」


黙って聞いていたキースが口を開いた。


「何ですって?あなたはじゃあ辛い思いをさせることがあの子の為だって本気で思ってるの?」


「どっちでもねぇ、それを決めるのはエメリアだ」


キースがいつものようにつまらなそうに、しかしはっきりとメイシーの言葉を否定した。


「ただそれを決めるさせるときに手段がねぇんじゃ話にならないだろ。だから俺たちで先にそれを見つけてやるんだよ」


「そんなの…」

とメイシーが口にしようとして、残りの言葉を飲み込んだ。


 きっと続きの言葉はシャルルの頭にあるものと同じだろう。

メイシーの言葉を聞いているうちに、さっき見た魔導士の日記のことがシャルルの頭によぎった。

エメリアはその選択に耐えられるのだろうか、魔導士の嫁のように夢の中に逃げ込みたいと思うのだろうか。


「大丈夫さ。あいつは強い人間だ。お前が信じなくてどうする?」


 シャルルの心情を、文字に書いて読み取ったようにキースは答えた。

彼の後ろで、焚き火の赤い炎が笑うように、ゆらゆらと揺れていた。



 長く話し込んだのだろうか、夜が次第に更け始め、空に青白いグラデーションがかかり始めた。

動物たちも目を覚ます時間なのか、遠くで小鳥の声が聞こえてきた。

シャルル達の周りには長い沈黙が続いていたが、時折焚き火の木が爆ぜる音がそれを中断してくれた。


 そんな沈黙を終わらせたのはメイシーだった。


「そんなこと言って、あなた達には当てはあるの?」


「今は…ない。記憶の消える町が唯一の手がかりだったんだけど、なくなってしまったね」


「だから、魔導士がいることを期待してたのね。あんたは何か知ってることはあるの?」


「ねぇな。魔法は素人だからな。お前は何か知ってるのか?」


キースがメイシーからの問いに嫌味っぽく答えた。


「…一つだけ思い当たるものがあるわ。独立の盾と呼ばれる魔道遺物よ」


 キースとシャルルのキョトンとした顔を見てメイシーが説明を続けた。


「独立の盾は全ての傷を癒やし、全ての不幸を取り除くと言われる伝説の魔道遺物よ」


「で、それは今どこにあるんだ?」


「エルフの女王が所有しているはずよ。エルフは昔から魔法に関連するものを収集しているからね」


「じゃあそこに行こう。申し訳ないが案内してもらえるかな?」

とシャルルが尋ねた。


「当然でしょ。あんた達なんかに任せてたらエメリアがどうなるのか分かったもんじゃないわ」


メイシーが鼻をフンッと鳴らして、腰の限界まで胸を張った。


 ちょうどシャルル達の話がついた時、ゴソゴソと音を立てながらエメリアが起きてきた。

何も知らない彼女は呑気におはよう、早いねと挨拶をした。


 そんなエメリアにメイシーが、シャルルとキースに黙ってろと目配せをした後でおはようと挨拶を返した。


「おはようエメリア。私ね、どうしてもエルフの里に帰らなきゃいけなくなっちゃったの。それでこの男二人にボディーガードを頼んだんだけど、か弱い乙女がこんなむさ苦しいのに囲まれてるのは危険でしょ?あなたさえ良ければついてきてくれないかしら?」


流暢にスラスラと流れるセリフにエメリアは目を回した後、寝ぼけた頭でうんと返事をした。


 そこから四人は準備に取り掛かった。


 べべだけは他に用事があるらしく、キースから何か手紙を受け取ったあと、朝早く出発してしまった。


 メイシーから聞くところでは、エルフの国はグランテールの南の国境線を超えた奥にあるらしい。

南側は西海事変のような大きな戦いこそ起こってないが、川向に隣接しているルービッテとの小競り合いが耐えないらしく西より情勢は不安定だと言われた。


 キースはそんな話をしながら、この国は限界なんだよと自虐的に笑っていた。

とにかくシャルル達は南の端の街ショーカルドを目指すことに決まった。


 ショーカルドへは当然ながら馬車での移動になった。

シャルルは馬車へは乗りたくないとごねたが、歩いて行けるわけがないと一蹴されてしまった。


結局エメリアに手を引かれ

「一緒に乗ろう?ね?」と言われたのが止めになって渋々馬車に乗り込んだ。


御者曰く、その辺りは情勢が不安定だからショーカルドの北15キロの地点までしか馬車では行きたくないそうだ。

キースはもう少し進めないか?と尋ねたが、シャルルは5メートルでも短くなってくれるならありがたいと、心の中で御者の応援をした。


 最終的にやはり15キロ手前までしか行かないから、残りは徒歩で行けと言われて、キースが折れてくれた。

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