第39話 summer

 南部国境付近は暑い夏の中でももう一つ暑かった。

焼ける鉄板のような地面を15キロ南へ進んだあたりでようやく目当ての街ショーカルドが目に見えるようになった。


 そのあたりに近づいてくるとメイシーが真っ黒な帽子を取り出して深々と被った。

ツバのついた大きな黒い帽子だった、それを顔が半分見えなくなるくらいすっぽりと被っていた。

こんなに暑いんだからもっと早くかぶればよかったのに、とシャルルは思っていた。


「素敵な帽子だね。でも、メイシーの顔が半分も見えなくなってしまうなんて太陽には今度文句を言ってやらないといけないね」


「あら、太陽が悪いんじゃないわよ。このあたりはエルフへの差別意識が強いのよ。面倒だから隠しておかないとね」


そう言いながらメイシーは自分の耳を帽子の上から指で弾いた。


「知らなかったよ。すまない」


何も知らなかったとはいえ、申し訳ないことをしたと思って慌てて謝罪をした。


「別に構わないわよ。帽子が似合ってるのは本当だもの」


メイシーは軽くシャルルに向かって微笑んでくれた。


 そんな二人の様子を後ろから見つめていたエメリアはなんだか言いたげな、

でも言う事はできなさそうな、そんな顔をしていた。


「エルフはね、世界で一番優秀な種族よ。魔力は高いし、寿命は長い。でもね、人間よりもずっと数が少ないから、下らない差別の対象になったの」


 そうやって話してくれたメイシーはいつものように背筋立てて胸を張っていた。



 ショーカルドへ着いたとき、夏の暑さとは別の皮膚を舐めるような生温かさと、鼻つくような異臭を感じた。


 小競り合いが続くというこの街では、住民は何かしらの仕事に就いて動いてはいるがどこか緩慢な動きで覇気というものがすっぽりと抜け落ちてしまってるようだった。


「エメリア、俺ときて宿を押さえるのを手伝ってくれ」


 キースが突然エメリアに向かって声をかけた。

エメリアが分かりました、と返事をしたあと、キースがメイシーの顔をチラッと見た。


「あとはお前らは、あれだ、夕飯でも調達しながらぶらぶらしてりゃあいい。夕方頃になったらここの広場で落ち合おう」


 珍しいことに私に気を遣ったらしい、とメイシーは解釈した。


「あらそう?わかったわ、シャルル行きましょ」


 メイシーはくるっと翻ってシャルルを連れて二人と別れた。

一応、エメリアの顔は見ないようにしておいた。


 二人きりでのデート、にしてはロケーションは最悪だけど、

それでもメイシーの口元は目深に被った帽子の少し下でほころんだ。


 シャルルの右手が腰に触れた、

こういうキザなところは好きじゃないけど、悪くはない。


「メイシーに相応しい場所がこの街にあるといいんだけど」


「別にどこにだって私が合わせてあげるわよ」


「それなら心配いらないね」


 たわいもない話をしながら街をゆっくりと歩いた。


 ここに来る前はどんな人間だったのか聞いてみると、このままだけど、昔はもっと素敵な黒髪のストレートだったんだよ、と教えてくれた。

それも見てみたかった。


 コーヒーは違う世界にもあるらしくて、それは助かったとか、異世界では不思議な道具がたくさんあって、代わりに魔法はないことを教えてもらった。

 魔法のない世界になんて私は行きたくないけど、目を大きくする写真が撮れるプリクラとかいう写真機はシャルルとだったら撮ってあげてもいいと思った。


 せっかくの楽しいデート中なのに街の人たちはずっと陰気臭い話をしていた。

 ルービッテが前回嫌がらせをしてから随分経ったからそろそろまた来るんじゃないかとか、

前回の嫌がらせでは三人死んだとか。

人間の世界は本当にどこへ行っても嫌なことばかりだ。


 そんなことを思ってると、アクセサリーを売ってる子供の露天商を見つけた。

小さな女の子がこんなところで露天商をやらなきゃいけないなんてホントに酷い街。


「一つ頂けるかしら?」


 そういうと子供は目を輝かせていくつもオススメを教えてくれた。

鉄や木で作った不恰好なものばかりだし、値段に見合ったものとも思えないけど、

こんな街で子供がやってるなら仕方ないわね、とメイシーは考えた。


「素晴らしい物ばかりだね、全部に妖精が宿ってるようだよ。これはお嬢さんが全部作ったんですか?」


 シャルルがメイシーの横に跪いて露天商の女の子に尋ねた。

よくそんなに次から次へ言葉が出てくるな、とメイシーは思った。


 露天商の女の子が顔を赤くして頷くと、シャルルがニコッと笑って可愛らしい天使の羽をあしらったネックレスを一つ手に取った。


「これを頂けますか?」

と言うとお代を支払ってメイシーの首にかけてくれた。


「いいの?ありがとう」


「メイシーによく似合うと思ったんだ。気に入ってくれれば嬉しいよ」


「似合ってるかしら?」


「これ以上ないほどにね」


「…可愛い?」


自分で聞いておいて恥ずかしくておかしくなりそうだった。


「例えようもないほど可愛らしいよ」


「……エメリアより?」


「誰とも比べられないよ。メイシーは唯一無二だからね」


 シャルルは悩むこともなく即答してくれたが、その答えを聞いて、やっぱりおかしくなってしまったのだ、

余計なことを聞いてしまったとメイシーは思った。


 メイシーが気恥ずかしさと悔しさで押し黙っていると、露天商の少女が一輪の花を差し出してきた。

メイシーにくれる、ということらしい。

ありがとうと伝えてメイシーはそれを受け取った。


「可愛らしいお花ですね、僕から渡せるものが何もないのが申し訳ない」


そう伝えてシャルルは女の子の手を取って握手をした。


 女の子はすごく嬉しそうに笑ったあと、今度はもっとたくさん花束にして渡すね、と応えた。

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