第24話 トライアングラー 後編

 太陽もすっかり天辺から傾いて、時計の短針がすっかり寝転んでしまった時刻になって、シャルルはエメリアを、お気に入りの喫茶店の一つへとエスコートした。


 壁の代わりに嵌め込まれたガラス窓から入って来た陽光が、アンティーク調の豪勢なテーブルセットを照らしていた。


 店内には、寂れ始めたプルミエにしては珍しく、客たちの話し声と忙しく調理をする音が響いていた。


 2人はいつものようにコーヒーを頼んだが、シャルルはそこにミルクと、エメリアのためのティラミスを追加した。


「これ!好き!」


ティラミスがエメリアの小さな口に誘い込まれ、舌先に触れるのと同時に、目を輝かせながら声を上げた。


「それはよかった。僕の一押しだよ」


「もう結構住んでるけどこんな素敵なお店全然知らなかったよ」


「エメリアはプルミエにきてどのくらいになるの?」


「うーん、半年くらいだよ」


そんなたわいもない会話をしてる最中も、エメリアはずっとニコニコとシャルルの顔を見つめていた。


 彼女の中ではっきりと形をもった感情が、シャルルの身体を表情を全て輝かせた。


 シャルルが金髪を目の端から追い出しているところも、シャルルがコーヒーのカップに唇をつけたときも、シャルルが窓の外を眺めるときの横顔も、エメリアはニコニコと微笑みながら見ていた。


不意に、エメリアが


「今日はね、ホントはシャル君に渡したいものがあったんだ」


と言いながら、シャルルに小包を差し出した。


「僕に?」


「うん!シャル君に絶対似合うと思うんだよね」


「開けても?」


 エメリアが頷いたのを確認してから、シャルルは丁寧に包装を外したあとにそれを畳んだ。


 箱を開けてみると、淡い緑色の宝石が目に飛び込んできた。

宝石が嵌められた留め具からは、先端に銀の細工が施された革製の紐が伸びていた。


「ループタイだ…ありがとう、エメリア!ずっと探してたんだ。すごいな、よく見つけたね。」


「銀細工屋さんに置いてあったんだよ」


「そうか…夢中でアパレルショップを回ってたから気が付かなかったよ」


話を続けながら、シャルルはエメリアからもらったタイを首に巻いた。


 いつもと違う、誕生日の子供のようなシャルルの顔もやっぱり輝いて見えた。


「シャル君ずっとそういうの探してるっていってたでしょ?外国の方にはあるらしいんだけど、こっちではなかなか手に入らないみたいなの。イメージと少し違うかもしれないけど許してね」


「ありがとう…僕は寝るときだってこれをつけるよ」


「寝るとは外しなさい!」


そう言ってエメリアは、もしかしたらシャルルよりも、満足そうに笑っていた。



 時刻が夕方に差し掛かったころ、シャルルとエメリアは夕飯の相談をしながら石畳の上を歩いていた。


「子供の頃から一緒にいるけど服を買いに行ったりしたのは初めてだね」


そういうと、エメリアは黒いワンピースのスカートをふわっと翻した。


「そうだね」


 シャルルはもちろんそれに同意をしたが、その胸の中は罪悪感によって切り裂かれかき混ぜられていた。

もうここで全て打ち明けて、今からエメリアと最初から…というところまで考えては、その先へ思考が進まないように蓋をしてぐちゃぐちゃになった心の奥へ放り込んだ。


「私ね、今が生きて来て一番楽しいかも」


「僕も今日が人生で最高の日だったよ」


「こんな日がずっと続いてくれるといいなぁ」


エメリアが笑顔を輝かせながら、太陽の方を見ながら呟いた。


 シャルルにとっては、これから、プルミエから去っていく太陽の代わりだって務まる、そんな笑顔だった。


「言ったろ?僕がずっと君を守るって誓うよ」


シャルルはいつかのように彼女の右手を取りながらそう答えた。


「ホント?ずっと私の側にいてくれるって誓ってくれる?」


そうシャルルに尋ねた、彼女の瞳の中では、その表情とは対照的に、不安げな深紫が明滅していた。


「誓うよ」


シャルルがそう即答すると、エメリアは支えられた右手をシャルルの唇の前に差し出し


「ホントに?」ともう一度尋ねた。


「もちろんずっと君のそばで守ってみせるよ」


シャルルはそう答えながらエメリアの手の甲に口付けをした。


「ホントにホントに誓ってくれる?」

「誓うよ」


「ずーっと?」

「あぁずーっと誓うよ」


 彼女はシャルルの誓いを立てた言葉がほんの少しだけ物足りなかったが、何度も何度も繰り返し聞いているうちに満足したので、今日はそれでいいと思うことにした。



 夕方へ向かうプルミエの路地の真ん中で、まばらな人混みがゆっくりと家路につこうとしていた。


 そんな人混みの中に、深い青の髪と、尖った耳の小さな、本当は少女というほど若くはないのだけれど、少女のようなエルフの姿があった。

 メイシーは、丁寧に包装されたワインを小さな腕で大事に抱えながら歩いていた。


 彼女は、朝街に帰ってきてから今まで、一日中街を歩き回ってようやくこのワインに行き着いた。

キザな笑顔とうねうねした金髪を思い浮かべながら、あれでもないこれでもないと、街中の店をひっくり返して、ようやく手に入れたものだった。


 メイシーがシャルルの宿泊場所だと聞いていた宿へ向かってるとき、ふと何かにせっつかれたような気がして左側に目線を向けると、見覚えのある金髪が彼女の青い目の端に映った。


 メイシーは思わず綻びそうになる口もとをキュッと閉めて、シャルルの姿を目で追った。

そして彼の姿を瞳の中心に捕まえたとき、その隣に、これもまた見覚えのある、黒髪の少女が立っているのを一緒に捕まえてしまった。

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