第25話 ロマンスがありあまる 前編

 月よりも太陽よりももっと上で、リビングのソファより寝室のベッドよりもっと近い、そんな不思議などこかの場所で、5人の神たちは空に映されたメイシーの顔を眺めていた。


「ちと酷ではないかのぉ」


神が悲しそうに髭を撫でながらそう呟くと、「なんでー?」と兄と手を繋いだ幼なげな緑の髪の少女、かつてシャルルが助けたフェーラが老人に向けて首を傾げた。


「うーむ、このメイシーはきっとシャルルのことが好きなんじゃろ、それがこんな場面を見せられては悲しかろぉ?」


「それは当然そうでしょう」


2人の話を聞いていた老婦人、ルイコーフが大きく頷いた。


「それは可哀想…」と言うフェーラの頭を優しく撫でたあとでルイコーフは老人に向けてピシャリと答えた。


「いいですか?これは絶対に必要なことなのです。片想いの彼がデートをしているところを見てしまうなんてドキドキしてしまうじゃないですか」


そう答えた、ルイコーフの声は年齢と似合わず、少女のように弾んでいた。


「じゃがのぉ、シャルルにはエメリアちゃんがおるからのぉ」


「いえいえ、まだまだメイシーちゃんはこれからです」


「シャルルには少し言ってやらねばならんの…」


「そうはさせませんよ!あなたの力を使って余計なことを彼に吹き込むのはルール違反です!」


 ルイコーフと神が2人で勝手な口論を始めたときも、ゼブルンは陰気な顔をして、興味なさげに空に映るメイシーを見ていた。



 夕空の下で、楽しげに笑う二人をメイシーはその瞳に焼き付けられたあと、そっと自分の胸元に抱えられている、丁寧に包装された、ワインに視線を落とした。

キラキラに包装されたワインに、白く透明なモヤがかかって見えた。


 メイシーは涙のモヤを振り払いながら、来た道を引き返した。

もう何の役にも立たなくなったワインが、こんなに重かったことにそこで初めて気がついた。


 拭っても拭っても溢れてくる涙の中に、また見覚えのある仏頂面を見つけてしまった。

やることもないのに、往来で立っている大男に腹が立ってその脛を蹴っ飛ばした。


「なにすんだ。ん、メイシーか?」


キースが突然のことに驚いている、のかどうかは顔を見てもわからなかったが、メイシーは、大事そうにワインを抱きしめたまま、無言でキースの脛を蹴り続けた。


「おい!何なんだ!やめろ!」


強く怒鳴りつけられて、メイシーはようやく蹴るのをやめて、顔を上げて、涙で真っ赤に腫らした青い瞳を、猫のように細めてキースを睨みつけた。


「どうした?」


「…とびっきり美味しいレストランに私をエスコートしなさい!」


「早くしなさい!待つ気はないの!」


 キースは、仕方ないのでメイシーを連れて、近くにあったレストランへと赴いた。

中に入ると壁一面に、ワインと小さな灯りと、そしてなぜかサボテンが飾ってある、

落ち着いた雰囲気の高級そうなレストランだった。


店内に入り、料理の一覧を見るや否やメイシーがキースに呼びかけた。


「もちろんお代はあなたが出してくれるのよね?」


「はいはい、仰せのままに」


キースは諦めて、吐き捨てるように返事をした。


「そ、どうもありがとう。じゃあ好きに頼んでいいわよ」


その言葉を聞いてキースはコース料理を頼んだのだが、


「カプレ…?要するにサラダとパスタとステーキだろ?それで頼む。全部いっぺんに持ってきてくれりゃいい」とガサツなお願いをした。


 席についてすぐに、店内をキョロキョロと見回しながらメイシーが


「ふぅん、あなたにこんな小洒落たお店を見つけることができたなんてね、驚いたわ」

と言った。


「そりゃどうも

 ここは昔の馴染みが気に入ってた店だ。

 別に俺が見つけたわけじゃねぇ」


キースもまた軽く店内を見渡した。


 キッチンの奥の戸棚で丁寧に磨かれた皿が自慢げに輝いていた。

キースの切れ長の目はその合間に飾られた写真を見つめていた。彼の黒い瞳の中で赤い光がチラチラと揺れた。


「…何も聞かないの?」


「聞かねぇよ」


キースはめんどくさそうに答えた。


「こういう時は、聞くのが男のマナーよ。言葉には気をつけてね」


「何があったんだ」


仕方なくキースが尋ねるとメイシーはまた青い瞳をうるうると揺らしながら小さな声で話し出した。


「…私ね、今日シャルルにワインを渡しに行ったの。この間のお礼を込めてね。そしたら、エメリアと一緒に楽しそうにしてて…それで、私」


彼女は、キースが目の前に座っていたので、なんとか目から涙を溢さないように耐えていた。


「お前、シャルルに惚れてたのか…」


「そうよ!悪い!?」


「いや…悪かねぇけど」


たっぷりと瞳に涙を溜めたメイシーをみて、キースにはどうすればいいのかわからなくなってしまった。

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