かわいい女の子たちの秘密の部屋は男子禁制だからお兄ちゃんは入っちゃダメなの!!【俺のアレ】プラスシチュエーション。

「……お兄ちゃんには、この週末だけ男のとして過ごして貰いたいの」


 妹の未祐が真っすぐに俺の目を見据えながらつぶやいた。


「週末をこのままの格好で過ごすって!? その理由わけを教えてくれないか……」


 姿は可憐な美少女、心は男のままの俺が未祐に詰問する。


 とても変な気分だ……。


 謎の薬で昏倒こんとうしている間にアニメ同好会部長の広瀬沙織ひろせさおりさんが中心になって、その持てるメイク技術を俺というまっさらなキャンバスにぶつけた結果、奇跡が起きて予想以上の女装男子が爆誕してしまったんだ。これが化学反応ケミストリーと言わずに何というのだろう!?


 自分で言うのも何だか、かなりのS級美少女だ……。


 もしも街で見かけたら思わず男どもの視線が釘付けにされるほどの容姿に自分自身でも驚きを隠せなかった……。


 もちろん長い髪の毛は高級なウィッグを使い、上手くおでこを隠した前髪、綺麗に整えられた眉毛、清楚メイクのかなめであるチークもイマドキの女の子のトレンドカラーは外していない。

 どこに出しても恥ずかしくないおのれの美少女っぷりに、先ほどの言葉に違和感を覚えた俺はもう一度言い直してみた。


『何故なの!? その理由を教えて欲しいの……』


 自分でも驚くほどカワイイ声が出た……。


 一瞬、俺をとり囲む女の子三人の動きがピタリと止まった。

 しまった、キモがられたかな!? やらかしてしまったか……。


「か、可愛いっ!? 拓也お兄ちゃん、最高だよぉ!!」


「……女の子の千穂でもきゅんとしちゃいました。お兄さんっ!! 絶対に素質がありますよ♡」


「ほう、今日は兄上殿には驚かされっ放しだ。ここまで女性の声色を真似るとは……。本当に侮れない御仁だ、この私に初めて土を付けた殿方だけのことはある、これは潔く負けを認めないといかんな、はっはっはっ!!」


 未祐を筆頭に女の子三人が、きゃあきゃあと黄色い嬌声きょうせいを上げはじめた。


「そ、そうかな……!?」


「よし! 第一段階は合格だよ、じゃあ私たちとこれから拓也お兄ちゃんに似合う服を買いにいこっ!!」


 えっ!? 女装のままで外出ぅ!? いきなりハードル高っ!!


「そうですよ、未祐ちゃんのお兄さん。今の恰好のままじゃ残念過ぎますからせっかくだからお洒落してもっと可愛くなっちゃいましょうよ!!」


 森田千穂もりたちほちゃんもノリノリで答える。


 俺が昏倒している間に着替えさせられていたのはグレーのスウェット上下で、

 あまり身体のラインが出ない服装だった。


 顔のメイクは完璧に仕上げているが、俺に合う女の子用の服がない為だろう。

 これから服を買いに出掛けるのはそんな理由だと説明されて納得をした。


 よし、こうなったら開き直ってやる!! 未祐たちに目にモノを見せてやろうじゃないか!! 完璧な男の娘になって度肝を抜いてやるんだ……。


 俺の悪戯心に火がついた瞬間だった。


 んっ? この感覚は過去に一度経験した覚えがあるな……。


 子供のころ、定番の遊び場になっていたあの裏山の風景が鮮やかに蘇る。俺は二人の少女から拓也君は女の子の服がとても似合っていて可愛いと褒められたんだ。


「拓也お兄ちゃん、千穂ちゃんが最寄りのタクシー会社に車を手配してくれたよ!! バスや電車じゃないからいきなり人目に晒されることもないし、その間に心の準備も出来るんじゃないかって広瀬部長も言ってくれたから。だからそのままの恰好で良いから出掛けようよ」

  

 ……どうやら過去の記憶を追想している暇はないようだ。


 あっ!? 俺はまだ未祐に肝心の理由を聞いていないぞ。可愛い女の子の声色を出したどさくさに紛れてうやむやになってしまった。


「み、未祐っ!! 俺はまだ女装をする理由わけを教えて貰ってないぞ。それを聞くまでここから一歩も動くつもりはないからな!!」


 語気を強めた言葉に未祐は一瞬たじろいた表情を浮かべた。その顔に影が射すのを俺は見落とさなかった。


「……拓也お兄ちゃん、今回の件は全部なの、こんな手荒な真似までして未祐のことを嫌いになっちゃうよね。だけど広瀬部長や千穂ちゃんを怒らないであげて、二人は私に付き合ってくれているだけだから」


 この女装が未祐のわがまま!? 妹の言っている意味が全く分からない……。

 だけど一つだけ理解出来るのは、度の越えた悪ふざけでやっていないことは、未祐の真剣な表情から強く感じ取れた。子供のころから悪戯や悪ふざけはどちらかと言えば俺の専売特許だったから。


「……森田、タクシーはそろそろ到着するだろう。先に下に降りて私とこれからの作戦会議でも始めるか!!」


「あっ、は、はい、広瀬部長、千穂は喜んで作戦会議にお供します!!」


 二人がこの場の空気を読んで席を外してくれたのは明白だ。未祐は君更津南女子きみさらずみなみじょしに行って本当にいい仲間が出来たんだな……。


 二人っきりになった六畳間で妹と差し向かいになる。

 こうしてまじまじと未祐の顔を見つめるのはあの夜以来だな。

 初めてお互いの気持ちを確認し合った。俺の中で未祐が一番大切な女の子になった瞬間だった。もちろん妹としての意味ではない……。


「……未祐、お前の顔に出やすい癖は子供のころから全然変わっていないな。かくれんぼで同じ手札を出していつも鬼にされていたもんな。ははっ、懐かしいよな」


「あの裏山でのかくれんぼを拓也おにいが、まさか覚えていてくれるなんて……!?」


「馬鹿だな、忘れるはずないだろ……」


 俺と未祐、そして幼馴染の真奈美。三人で過ごした輝かしい日々、俺は絶対に忘れはしない。


「ねえ、お兄ちゃん、未祐ね、今だから言えるけど分かっていたんだよ。真奈美ちゃんがわざと私たちにかくれんぼのじゃんけんで負けてくれていたことを……」


「……真奈美が!? わざと俺たちにじゃんけんで負けていたと!!」


 まさに青天の霹靂へきれきだった……。


 そういえばあの裏山でかくれんぼをしていて、しばらくの間はじゃんけんの弱い未祐が鬼の役ばかりやらされていた。その度にこの世の終わりみたいな表情をうかべている妹の姿が思い出された……。


 途中から真奈美がじゃんけんに負けて鬼になる機会が増えて来た。だけど俺は何も疑問に思わなかったんだ。ただ単に未祐がじゃんけんに強くなったか、それこそ運だとしか考えなかった、なんて俺は単細胞だったのか。


 ……思い起こせば未祐の出すじゃんけんの手札は変わっていない、真奈美がわざと負ける手札を選んで出していたのか!?


「真奈美が、かくれんぼで行方不明になって未祐は自分を責めたの。私のために真奈美ちゃんは怖い目に遭ってしまったって。……だから言えなかったんだ。えへへ、私って本当に昔から弱虫だったよね、それは変わらないのかな」


 未祐が泣き笑いのような顔になり、瞳の中に虹彩が揺れる。瞬きでもしたらこぼれ落ちそうな悲しみの光を一杯に湛えているのが見て取れた……。


 このまま未祐を抱きしめたくなる強い衝動に駆られるが、今の俺にはやらなければいけないことがある。


「……未祐。教えてくれないか? お前がここまでして俺に女装をさせた理由わけ、あのわんこの着ぐるみ事件みたいにアニメ同好会の自主制作の参考にするとかそんな単純なことじゃないんだろう。そして真奈美にも何か関係があるんだな」


 俺の問いかけに未祐は無言で首を縦に振った。


「私ね、真奈美ちゃんと子供のころ、二人で良く自分の部屋で遊んだことがあるの。お兄ちゃんは仲間外れで……」


「ああ、そのことも良く覚えているよ、未祐の部屋のドアに厳しい注意書きが貼ってあったもんな……」


 そうだ、あのころの未祐と真奈美は本当の姉妹さながらだった。


【ぜったい未祐の部屋に入らないこと、特に!!】


 こんな張り紙までデカデカと部屋のドアに貼られて俺は蚊帳の外だったな……。


「だけど、それと今回の件がどうして繋がるんだ? 俺の女装と真奈美、全然関係ないだろう!?」


「……拓也お兄ちゃんは本当に自分のことが分かっていないね。真奈美ちゃんあの夜に最低の鈍感男って言われたのが何だか理解出来る気がするよ」


「なっ……!? 未祐までそんなことを俺に言うのか!!」


「じゃあ、教えてあげる。未祐の部屋で真奈美ちゃんと約束したんだ。拓也お兄ちゃんの強がりをいつか解消してもっと素直な男の子にしてあげようって。だけど子供のころはそれが出来ずじまいだった。いつしかそんな約束も忘れてしまったの。だけどこの間、不意に思い出したんだ。拓也お兄ちゃんと同じベッドで眠ったあの夜に……」


 未祐が頬を真っ赤に染めた。俺のアレをしっかりと握りしめた指先のぬくもりが蘇ってくる。子供みたいに素直になれた一夜だった。


「……未祐、お前は俺のために何をやろうとしているんだ」


「私たちがここから先に進むには解消しなければいけないの。拓也お兄ちゃんの抱えて来た強がりと未祐のわがまま。お兄ちゃんの問題については子供のころの私に真奈美ちゃんがこの部屋で提案してくれたんだ……」


 未祐の瞳には一片の迷いも浮かんでいなかった。そして意を決したようにゆっくりと俺に告げた内容は……。


「子供のころから拓也お兄ちゃんの中にある亡きお母さんに対する強がりを、今回の女装で消し去ってくれたら……。それが未祐の願いなの!! 自分のルーツから目を背けないで」



 拓也の隠された過去とは!? 次回に続く。


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