それぞれの国、それぞれの考え方

 シドはいつもインドの話を引き合いに出す機会を虎視眈々と狙っている節がある。隙あらば“in India,”から始まっていかにヨーロッパと異なる国か、それは時にいかに「遅れた」国であるかを悲劇的なそぶりで演説してみるものだったり、インドは幸せな国だ! という無邪気なナショナリズムだったりする。それを聞き流している、大抵はフローリアンあたりがネットで調べて笑いながら”india is one of the most depressed country”とかいうヘッドラインの記事を見つけてくる。


いつもの卓に集まるメンバーの中にも、ものの考え方には少し差があって、それは出身の国とかとも影響しているように思える。


フローリアンとソフィーは典型的なヨーロッパのリベラル、フェミニズムや植民地主義の起こしたことについて自覚的で、なおかつ社会問題に対する洞察をおこたらない。


とはいえ、フローリアンはロンドンでも移民の多く住むエリアに育って、道端でナイフを突きつけられた経験もある。偶然そのgangが同郷出身で事なきを得て、今では通りでたむろっているのに「おーい、就職のあてが外れたら頼れよ〜」なんて、声をかけられたりするらしいけど。学費はStudent loanで払っているし、入学までに3年アルバイトをしていた履歴があるから、歳が少し離れている。父母は離婚しているようだし、家族との問題で頭を悩ませている様子が窺える。ムスリム系の家庭出身で、親との会話はアルバニア語だけど、難しいことは英語に切り替わってしまうようだ。アクセントもコックニーというか、いわゆる"Bottle of water"で有名なあの発音をする(それもあって、かれの家の事情だとか、そういう話が聞き取れず、断片的にしかわからない。)コソボに残っている家族は封建的で、いとこは薬の売人をやっているという。ちなみに、選挙があった時は保守党(ボリス)の落選を祈って「カミサマー」とかふざけていた。元熱烈な日本オタク、現在は若干沈静化し、進撃の巨人の更新を楽しみにするくらい。


一方のソフィーはポッシュのあだ名通り、ドイツ出身だけどずっとイギリスで教育をうけて、しっかりフランス語も身についているお育ちの良いヨーロピアン。一緒に食べていたころの最後の方は、ビーガンを目指して肉抜き生活に移行している途中だった。(ちなみに、ヨーロッパでのベジタリアン、ビーガンというのは動物愛護観点のみならず、大規模な家畜生産による環境負荷への懸念から野菜メインの生活をしている、というひとも多い。なので、必ずしも100%食べないのではなく、週に2、3度肉を取らないとか、そういう在り方もOKなのだ。)喋り方も語彙が一段難しくて、言い回しが知的。ボルダリングのサークルに入って楽しそうにしはじめてからは、私たちの集まりには顔をださなくなってしまったけれど。


マギーはブルガリア出身で、キリスト教でも宗派的にはオーソドックスに属する。「教会にだって通っていないし、そんなにガチで信仰してるわけじゃないよ」と口では言っていたけれど、ある日の食卓で「進化論は神を否定しているからダメだ」なんて言い出してみんなをのけぞらせた。「中絶についてはどうなの?」と聞かれた時は、ぐっと苦虫を噛み潰したような表情で、「ほかの人が必要な時はよいと思うけど、自分はどうしてもできそうにない」と返した。ラテン・ギリシア語選択で、古典に情熱を注いでいるせいか、新しいものに疎い。ある日、「ナチュラルで身体にいいから砂糖じゃなくてはちみつをコーヒーに混ぜるの」なんて言っていたのを、「Tescoの安いはちみつなんか、添加物が入ってないわけないじゃん」とソフィーにやられていたし、移民は怖いから反対、とも言っていたので、政治的には少し保守的なようだった。


エルナンはネオリベラリズム寄りで、植民地主義やフェミニズムに対しては、自分から主張するタイプではない。(自身では、自分はリバタリアニストだ、と主張していた)日本のエロ漫画大好きだし、悲惨なもの、ぐろいもの、ブラックジョーク、それらすべてを愛好している。好きな漫画が「ひげひろ」「長瀞」「五等分」「着せ恋」と、まあなんか嗜好が察される。というか、日本のマンガコンテンツにだいぶ詳しい、いわゆる"weeb"と呼ばれるオタクだ。

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倫敦日記 永里茜 @nagomiblue

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