マルタ、マルタ、マルタ

 いたずらっぽくくるくる動く目、私より小柄な体躯は太陽に焦げて小麦色、ジプシーの血を引くらしい彼女は長いヨーロッパの夏をキャンピングカーでフェスからフェスを渡り歩いて過ごすらしい。


とにかくドハデな典型的パリピなのに哲学大好き! と言い切る、ただし英語にスペイン語混ぜる癖が止まらない究極のめんどくさがり屋マルタ。いかにもなスペイン的活発さと愛情表現で、いつだってニココーと豪快なハグとキスで迎えてくれるが同時にあらゆることが想像もつかないほどに雑なので一月にクレカ2枚無くしたり貸したタイツをその場で脱いでぐしゃぐしゃのホカホカで返却してきたりなどもする。むろん、懸命にリマインドしないと文房具類はそのまま筆箱に仕舞われて帰ってこない。


人に物を頼むことにカケラの躊躇もなくすぐCan you do this for me? とか言ってくるし、なんだかんだやってやることになる。それでも、マルタの表現はいつも直球で、好きなものは好きだー! と叫びながらカラダ全体で喜びを表すし、興味ないものはえ、趣味じゃない、とバッサリ切り捨てるから私の撮る写真が好きだというあの子の言葉はまっすぐ信じられた。


 だからそんなマルタの誕生日、小さな写真集を作って贈った。イギリスについてからのお気に入りを選んでひとつずつキャプションをつけて、まあ最後の方はもういっか、と英語に変えきらずに日本語のままだったりもした。


けどプレゼントは手作りの写真集、なんて一笑に付されてしまうかなあ、少し怖かった。それは、小学校のころ似たようなことをして、それはあまりに幼稚な表現だったからしかたなかったのだけれど、「友達のあかし」みたいな証明書をBの鉛筆で書いて渡したんだったと思う、その相手がとくべつ大人びた女の子だったから「え? 笑」というその反応にとても傷ついて、恥ずかしさがかっと身体中が焼き付いた感覚はものすごく鮮烈で、いらい「自分はイタいやつの傾向がある」といううっすらとした自覚、というよりイタいやつとして認知されることへの怯えみたいなものが常につきまとっていた。


大学のカフェで他のスパニッシュたちと勉強してるっていうから、旅立つ前にと(なんと誕生日前後数日はスペインから祝いにやってくる彼氏と過ごすために授業も何もすっぽかすというのだ)おそるおそる包みを抱えて会いに行った。



 いつもどおり頬にチュッと挨拶してくるマルタに包みを見せると、パッと表情を変えてばりばり開いていく。マルタはやっぱり、その写真集をみてキラキラと目を輝かせて「うれしい! うれしい! I love it!」と私をくしゃくしゃにハグしてべちょべちょにキスしてくれた。まっすぐに私の贈った気持ちを見つめて喜んでくれたことに、そして私がつくったものを心から気に入ってくれたことに、誇張とかじゃなく私は救われた気持ちがした。


その周囲のスパニッシュたちは、ほぼスペイン人としか付き合わないマルタといかにもタイプ違うかんじのアジア人の私というフレンドシップを平生からやや面白がりながらも遠巻きに見ていて、マルタが「見てこれ〜! 見て!!」と吹聴して回る私からの贈り物も「へー、すげーね、よかったじゃん」と冷めたテンションで受け止めていた。


マルタから写真集を押しつけられた一人がやや社交辞令的に

「これ、ほんとに全部英語に訳してあるの?」

 と尋ねてくる。

「いや、書いてあることはちょっと違うよ、英語に移さなかった」

 というとふーんと薄く笑う、あざわらう感じではなかったけどほめてるかんじでもない愛想笑いだったけど、もう私は恥ずかしいとか思わなかった。


私はこれでいいんだ、というそれは初めてレベルに強固な自己肯定の感覚で、たぶんそういうところが、言葉もあやふやに会話を重ねてばかりでも、(すぐスペイン語混ぜるから)私にとってマルタが大切な友達になったわけだと思う。嫉妬や嘲りといったねばつきが一厘も絡まない、爽やかなうべないをひとに与えられるひと。それに魅了されて、厄介な面倒事を押しつけてきてもつい頑張ってしまう。


まだ軽く50ユーロくらい貸しっぱなしなんだけど、きっとまた会うからその時にでも請求しようと思っている。

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