第57話 朕、再起動す

 短く儚い夢だったぞよ。

 たかだが幻惑作用のあるハッパで、あそこまで下劣な妄想を繰り広げるとは不覚の極みである。


「ローエン大丈夫っすか、顔色悪いっすよー」

「体調はもう大丈夫なんだがな……ちょっと精神的にキてて」

「どうせざこは変態な夢でも見てたんでしょ。ぐへへへって言ってたし。ほら、水でも飲んでシャキッとしろ」


 ミィから水筒を受け取り、半分ほどを飲んでしまう。実に酷い目に会った。あの腐れ神官どもはどのように刑罰を与えるか、真剣に考えておかなくてはならん。


「陛下—―いえ、ローエン様、この先に下層への階段がありますが、いかがなさいますか。宜しければこのアニエスが一命に代えても斥候の任を務めさせていただきますが」

「や、止むべし。それぞれの特技を生かして進軍するのだ。マリカ、見てきてもらえるか?」


 干し肉をクチャラーしていたマリカが、ほえ? というような顔をする。

「私今回、かなりの重労働なんすけど。分け前多くもらいたいっす」

「考慮しとく。アニエスやモモに行かせるわけにはいかんしな」


 ミィを含めた神官組は生粋のバトルジャンキーでもある。敵影を発見したら、有無を言わさずに戦端を開くだろう。

 物音には注意をし、なるたけ静かに相手を始末していくのが望ましい。


「へーい、それじゃあ行ってくるっすよ」

「頼んだぞ。やばかったら即逃げてこい」


 マリカは肉を飲み込むと、懐からカスタネットを取り出して、構える。

 いや……音とか出すなよ。先行したパーティーが3組帰ってきてないんだからな。

 未知の場所と言うことも相成り、朕はいつでも飛び出せるように、抜剣しておく。


 数分経過した。

 罠が放置されっぱなしだったダンジョンだ、どこに仕掛けがあるかわからない。マリカがうっかり踏んでしまったら大変だよな……とか考えてると、例のクソうぜえ音が聞こえた。


 タンタンタンタンタンタンタン♪


 うるっせえ! マリカァ! 静かにしろっつったよなぁ!!


「うひゃー! ヘルプ、ヘルプっす!」

 這う這うの体で、マリカが階段を駆け上がってきた。後ろからは荒い呼吸音が聞こえ、ズシンズシンという重厚な足音も付随していた。


「おま……何を連れてきたんだ?」

「ミノタウロスっす! あれAランクモンスターっすよ! これは逃げるしかっ」


 メジャーなやつが出てきたか。

 迷宮の番人と言えばこの手の牛頭種だよな。


 ゆっくりと角の生えた頭が階段から姿を見せる。手には大きな戦斧を持ち、腰巻き一つのストロングスタイルで朕たちへゆっくりと迫ってくる。


「マリカ、ミィとモモを連れて下がれ。キサラとシャマナは中衛、俺とアニエスが前衛を務める! 行動開始!」


 先手必勝。

 一撃食らわせて、ダメならば後退する。

 拙速は巧遅に勝るとも言うしな。一当てして敵の戦力を測っておきたいのもある。


「ブモオオオオオオオオオ」

 すっげえ吼え声。耳がキーンとするくらいの音量だ。狭苦しいダンジョン内には、ミノ助の声が乱反射して、あちこちで「ブモ、ブモ」と鳴り響いている。


「アニエス、相手は未知の怪物。しかして姿は人間に近似している。この場合、お前ならどう攻める?」

「ハッ、人間と同じ身体構造であると仮定し、敵の腱や急所を狙います」

「合格だ。よし、俺は右足、アニエスは左だ」

「かしこまりました、ローエン様!」


 南大陸の大物魔獣よ、朕たち帝国人の刃、味わうとよいぞ。

「セイッ!」

「はああっ!」


 ミノタウロスの戦斧振り下ろしを避け、足の腱にサーベルを一閃させるが……。

 ガキィンッ!


 裂帛の気合とともに斬り去ったつもりであったが、想像以上の固い皮膚に止められてしまった。再び横薙ぎに振るわれる斧を回避し、朕たちは自陣へと戻る。


「流石はAランクといったところか。ある程度強化魔法を使わないと通じないらしいな」

「しかし、南の人間の前で魔法の技術を見せるのは、少々危険かと」

「仲間故問題ない……といいたいが、南には南の流儀がある。なんとか工夫して倒すとしよう」


 朕はミノタウロスを引き付け、斧から逃げ続けた。

 アニエスをはじめ、キサラやシャマナも攻撃に参加したが、物理攻撃組の限界だったのか、圧倒的な敵の防御力を突破出来ずにいた。


「斬ってもダメ、殴ってもダメ、刺してもダメか。こいつを世に放ったら、どれだけ犠牲が出るかわからんな。ここで倒しておきたいが、さて……」


 戻ってきた冒険者たちは、恐らくこいつを見て逃げたんだろう。生半可な生き物では、逆らうことが出来ない圧倒的な生命力を感じる。

 そして戻ってきていない冒険者は、もはや生きてはいまい。


 ブモ、ブモ。

 まだ迷宮で音が木霊しているのか。今朕がいる場所は第一階層だが、そこまで大きくはない造りだった。とすれば第二階層で乱反射しているのだろう。


 ブモ、ブモ、ブモブモ、ブモオオッ!

 

 なんか音が増えたよ。あ、やばい。これ反射音じゃないぞ。

 階段から、角のついた頭が次々と現れる。

 後続のモモが転んだことで、パーティ全体の足が止まってしまった。その間隙を縫って、ミノタウロスたちは後ろに回り込んでくる。

 

 その数13体。ブモブモ鼻息を鳴らしながら、朕たちをガッツリと取り囲んでいるミノタウロス先輩。

 どこの誰がこんなところに牧場開きやがったんだ。品定めをするように、ミノタウロスたちは朕たちの匂いを嗅いでいる。


「陛下……ローエン様……これは……」

「落ち着け。下手な行動をすれば襲われる。さっき戦っていた奴も沈静化しているし、どうにか逃げる機会を待つんだ」


 キサラとシャマナはもうお祈りモードだ。座り込み、一心不乱に祝詞を唱えている。分かりやすい戦意喪失だが、まあ状況だけにしょうがない。朕だって結構絶望感抱えてるからね。


 マリカとミィは壮絶なポジション争いをしていた。ミィがマリカを盾にすると、今度は後ろに回り込んで相手を追いやっている。君たち仲がいいのか悪いのかわからない時あるよね。


 ちなみにモモは気絶していた。口から泡を吹いて、ビクビク痙攣してる。

 今まで生きてきて、こんな極限状況になったことは無いだろうからね。


 ブモ、ブモモ。

 何だ……? 何か相談してるのか。だとすれば相当に知能が高い生き物だったか。なんにしてもこのまま非常食扱いにされるのは朕の望むところではない。


 ブッモモー!

 周りのミノタウロスたちが、一斉に足を鳴らして牛顔を縦に振っている。

 何かの合意に至ったのだろうか。今ここで殺すつもりはなさそうだが、いつでも強力な一撃をぶっ放せるようにはしておくとしよう。


「ニンゲン……ツイテコイ……」

 キエエエエエ喋ッタァァァ!

 牛の顔と口でどうやって人語を放しているのかが甚だ気になるところだが、今は後回しだ。


「敵対した俺たちを、殺さないのか」

「ヨワキモノ、コロスイミナシ。ツイテコイ」


 弱いとは言ってくれるが、実際に歯が立たなかったんだからしょうがない。仲間の命が無事であることを喜んでおこう。

 朕は白目剥いているモモを背負い、他のメンバーに静かに従うべしと旨を伝えた。


「マジっすか。これ絶対やばいやつっすよ」

「ミィ、お日様の下で死にたかったな」

「諦めるのはまだ早いぞ。どうも俺たちをどこかに連れていきたいようだ。もしもの時は責任を持って俺が暴れるから、その隙を逃すなよ」


 地下へ、地下へ。

 朕たちは屈強なミノタウロス軍によって、第四階層にある大きな集落へと連行された。何を言ってるのかわからないと思うが、朕もよくわかってない。


「牛の……村……だと。ダンジョンの中で生計を立ててると言うのか……」

 

 故にこの目で見た光景が、未だに信じ切れずにいた。

 

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不死の皇帝、冒険者になる。放せ、朕はもう帝国には戻らぬ! おいげん @ewgen

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