第56話 朕、財貨に惑う

 開けざるや、そこな箱。

 一階層という誰しもが通過する場所に、ドデンと置かれた豪華な宝箱。こんなもの罠以外の何物でもないだろう。

 下手したら負傷、悪くすれば致命の牙が待ち受けている公算が高い。


「よし、これはスルーだ。誰も触れるな――」

「まあ、宝箱ですわ。ローエン様、私開けますね、えい」

「中身はなんだい、キサラ。でもボクは君よりも素敵な宝はこの世にないと思ってるよ」


 ぷしゅう、と煙が立ち込める。

 目に見えるような白煙で、ツンと鼻に刺激が伝わってくる。魔晶石の光のもと、小部屋に充満した罠に、朕たちはなすすべがなかった。


「閉じよ! ええい、貸せ、バタンとな。ふぅ……」

「中身はなんでしたか、ローエン様」

「このバカ神官。おもくそ罠だって誰でもわかるだろうが! うお、目がしみる。ゲホ、なんぞ体が熱くなってきたな。いかん、毒か……」


 気づけば誰もが地面に膝をつき、荒い呼吸をしていた。

 朕は加護により不滅であるが、ノーマルな人間にとってはどんな効果があるかわからない。仕方がない、ここは鑑定を使おう。


【症状鑑定】

 ふむ、致命的な毒ではないようだな。

 なるほど、弱毒性の麻痺効果、それに酩酊感か。他にも幻覚作用とか、音に敏感になるとか、精神的に作用する諸症状がつらつらと朕の頭に流れてきた。


「酒飲んだのと同じか。急に一気飲みしたから、体が対処しきれんのだろう」

「ローエン、なんかやべえっすよ。ローエンが4人に見えるっす」

「大丈夫だ、死にはしない。しばらくここで休んでいこう」


「誰! ミィに話しかけてるのは誰だし! やめろ、そんなこと言うな!」

「落ち着け。それは毒の作用で幻聴だ。ほれ、俺に寄りかかれ。今日は暴れるなよ」


「シャマナ、だめ……こんなところで……。みんな見てるわ」

「可愛いよキサラ。お願い、ボクを食べて」

 あいつらは平常運転だな。ということはつまり、日常から毒に蝕まれているようなものだったのか。毒を以て毒を制すとは、腐れ神官も捨てたもんじゃない。


「モモ、平気か?」

「…………きゃは」

「え、は?」

「きゃははははは、わ、わがはい、お腹がよじれる。ローエンの顔、いとたのし」

「あ、ああ。すまんな、取り込み中のところ」


 モモは笑い上戸、と。

 パーティーメンバーのいらない情報が更新された。ああ、こういう時にシラフなのは寂しいよの。朕も酒を飲みたくなってきた。


 まあ森を抜けてきたし、大休止のあとだから気が緩んでいたんだろうな。

 少し休んでも問題あるまい。

 朕のセンサーには敵の気配はない。毒気が抜けるまで待機あるのみぞ。


 

 やがて一人ひとりと正気に戻っていったようだ。

「あれ……私なにしてたんすかね。おっかしいな、記憶が」

「ミィもなんかふわふわして……ちょ、ミィに触んな!」

 酷い。まるで思春期の娘さんに臭がられるお父さんになった気分だ。


「キサラ……好きだよ」

「シャマナ、もう、そんなことばっかり言って」

 痛い目みないかな、あいつら。誰のせいでこうなったと思ってんだよ。

 モモも真顔に戻ったようだ。よし、進軍を再解しよう。


 しかし、一階層な他には何もないな。時折コウモリが飛んできているが、他には生命反応がない。先に行った冒険者たちもさぞ退屈しただろう。

 だが次が問題だ。気を緩ませた状態で階層移動をすると、死に直結するかもしれん。引き締めていこう。


第二階層

 降りた先は、巨大な空間だった。よく地球では東京ドーム何個分とかいうが、まさしくドーム球場並みの広さのあるダンジョンが広がっている。


「これは……なんだ……」

 朕の目を引いたのは、無数の宝箱。

 あまりにも不自然で、あまりにも大量すぎる。


「これは私にもわかるっす」

「だよな、流石に怪しすぎる。絶対に触れるなよ」

「天からのご褒美っす。今まで苦労した分、好き放題にお宝を手にしろっていうお告げっすよ!」


 え、あ、おい!

 いかん、朕とモモ以外が一斉に箱に向かって突撃しはじめた。

「よせ、止むべし。絶対にやべえ罠が張られてるっての! ああああああ、もう、はしゃぎおってからに」

「吾輩、恐怖。解毒薬、準備する」

「すまん。あいつら馬鹿なんだよ……」


 朕たちは怪我を負っても、毒をくらっても平気なように、後方でアイテムを整理し始めた。もうバラバラに散っては箱を開けまくってるやつらを止めることはできない。


「うっひょー! なんすかこれ、宝石ざっくざくっすよおおおおおおお!!」

「まあ、まあまあまあ、なんて美しい宝飾品……これは教団の宝にすべきですね」

「なんだよ、罠なんて何にもないさ! 開ければ開けるだけ金貨が増えるよ、やったね! 私」


 おい、やめろ。


 だが、実際にマリカたちは箱から財宝を掬い上げては、大喜びをしている。

 え、マジで宝物が残ってたのか。

 こんなわかりやすい場所に、ほぼ一本道のダンジョンだ。先行者もいるんだぞ。

 普通はあり得るわけが無い。


「モモ、準備をしていてくれ。俺は様子を見てくる」

「承知。注意と配慮を望む」


 帝国製サーベルマークⅡで、近くの箱をつつく。うむ、接触感知の罠はないようだ。鞘でそっと蓋を開けてみる。なんの抵抗もなく、カタリと音を立ててすんなりと開く。


「おお、これは……」

 金貨がみっちりと詰まっている。中には不明な宝石も含まれているが、いわゆる一般人が夢想する財宝の箱そのままが、朕の目の前に開かれた。


 恐る恐る一枚手に取ってみる。

 うむ、形、彫刻、重さ。金貨の要件を満たしている。

 試しに箱を傷つけてみるが、金貨はきちんと削ってくれた。


 いいのか、いいよな。


「わっしょおおおおおおい! 金だ金だ! 取り放題ぞ!」

 朕ははしゃいだ。

 なんせ無数にある宝箱のすべてが財貨。すべてが秘宝。


 我、黄金郷を見つけたり。


「マリカ、どれくらい稼いだ?」

「もう袋がパンパンっすよ、持ち運びできねーっす!」


「ミィはまだまだいけるし。ああ、ここギルドに言わないで、立ち入り禁止にしたようよ」

「ふはははは、中々したたかな考えだな」


 朕たちはまさに黄金に憑りつかれた夢遊病者だった。

 開けるたびに金の重みが増えていく。いつしか用意していた袋全てが財宝で占められ、何日かかけないと運べないほどになっていた。


「これで一生安泰じゃないすかね。ううう、私は今最高に幸せっすよ!」

「まさかこれほどとはな。南大陸も秘めている力があったということか」


 金貨を前に高笑いをしていると、ミィが突然朕を殴りつけてきた。


「いでえっ、おい、何をする」

「いいから、殴られろ。ってかはやくしろ!」

「意味がわからんぞ、おい、やめ、やめろ! いたたた、割とガチじゃねえか、お前のパンチは強いんだからやめろっつの!」


 マリカに助けを求めたが、狐っ子は我関せずだ。

「おい、ちょっとミィをとめてくれ。このままだと顔面が変形する」

「ふーん」

「食らえ、このっ。このっ!」


 いてて、マジで耐えきれん。仕方がない、拘束するしかないか。



「いい加減起きろ、このざこ!!」


「え?」


 水中から顔を出す感覚。朕は大きく目おあけて、土色の天井を見ていた。

「な……なにが起きたんだ。これは一体……」

「このざこ! 勝手に倒れんな! あんたが起きなかったらミィは……」


「倒れてた、だと? 俺が、か?」

 周囲を見やれば、俺を介抱しているパーティメンバーが目に入る。


「申し訳ありません、ローエン様。どうやらあの煙はケスィの実から抽出された成分だたようでして。近くにいたローエン様が大量にお吸いに……」

「解毒剤投与済み。ローエン、しばらく安静」


 え、な、まさか……朕は、朕は麻薬の煙で昏倒していたのか?

 あのエル・ドラドは朕の妄想の産物で、すべては夢だったのか……。


「少し泣かせてくれ。俺に立ち直る時間をくれ」

「おいたわしや陛下……このアニエス、お側に控えておりますぞ」

「いや、お前もちょっと向こうへ行っててくれ。うぐ、ぐすっ」


 思わぬものが朕の弱点だとわかった。ケスィの実、恐るべし。

 皆の者も、麻薬はやるでないぞ。怪しいものは通報すべし。

 朕との約束だ。 

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