第55話 朕、魔の森に挑む

 待望の冒険者道は、この時より始まる。

 ジェリングの町ではひたすらボアを狩っていたが、あれは単に肉が食いたかっただけだしな。もう一生分のヒヨコ豆は食べきった感がある。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ!」

「お、おう。仕事を探しに来たんだが」


 朕はちょっと人間不信になってるのかもしれない。

 愛想のいい人間なんて、今まで出会ったことなかった気がする。無条件で笑顔を向けて、挨拶をしてくるなんて裏があるのではないかと疑ってしまうのだ。


「あちらの掲示板に色々貼られていますが、ええと、冒険者ランクは……なるほど、Cですね。でしたらうってつけのお仕事があるのですが」

「聞かせてくれ。ああ、うちはちょっと所帯が多くてな。できれば金払いのいい仕事がありがたい」


 的を射た、とばかりに受付の兎獣人の顔が輝く。

 朕、いつも疑問に思ってたんだけど、獣人って頭に生えている耳あるよね。

 じゃあ、人間が耳ついてる場所はどうなってるんだろうか。どいつもこいつも、髪の毛で絶妙に隠してるんだよな。


「実は最近新たな遺跡が発見されまして、今回依頼したいのは、危険度の判定です」

「それはかなりヤバイ案件じゃないのか。未踏の地には興味あるが、命と秤にはかけられんぞ」

「今のところ、5組中2組が生還してきています。戻ってきた人たちは、かなりのお宝を得てきていますよ」


 2組しか戻ってきてないのかよ。いや待て、まだ探索しているのかもしれない。

 受け付け嬢が言うとおり、発見されたての遺跡には、多くの財宝が眠っていることだろう。金欠この上ない朕たちは、喉から手が出るほどに金が欲しい。


「ちなみに、何をすれば依頼達成なんだ? ただ適当にお散歩してきましたじゃダメだろう?」

「はい、行っていただけるのならば、こちらで用意したマップを埋めていってほしいのです。今はまだ地下3階層に取り掛かっているところでして……お力添えいただけませんか?」


 ふぅむ。5組が挑んで三階層か。これがすごいのかどうか、朕にはわからんな。

「マリカ、どうだろうかこの依頼。俺は苦戦の予感がしているんだが」

「んー、いいんじゃないっすかねえ。宿に払うお金もそろそろきちーっす。ここらで稼いどかないと、本当に干からびるっすよ」


 反対されるかと思ったが、ふむ、朕より冒険者歴が長いマリカが言うのだ。やってみる価値はあるか。


「よし、じゃあ受けよう。ダンジョンマッピングの依頼は俺たち<真実の光アークライト>が挑戦する」

「わあ、よかったぁ。ありがとうございます、緊急の案件だったので、どうしても人手が必要だったのですよ。すぐに探索用のマップを出しますね」


 ごわごわの羊皮紙を渡され、これに羽ペンでマッピングするらしい。

 すまん、却下だ。

 書いている間に墨が流れて、地図がえらいことになる予感しかしない。


 南大陸ではかなり希少になるが、ここは朕のストレージから出した帝国製の紙を使うことにしよう。あとで羊皮紙に写せば問題あるまい。


「ローエンローエン、また冒険と狩りの日々っすねえ」

「そうだな。俺としてはようやくだ。もう戦争はこりごりだよ」

「ミィも殺し合いは嫌。それよりもすっごい宝石とか見てみたいし」


 うむ。気合は十分だ。

 なけなしの路銀を使い、最低限の携帯食料と水を用意した朕たちは、明日の朝いちばんに遺跡調査のクエストに取り掛かることにした。


――

 徒歩で進むこと二日。

 路銀の残り全ては厩舎代として支払い、レインとマールを預けておいた。


 中々に鬱蒼とした森林地帯だ。先ほどからモンスターの鳴き声が響いており、一時も警戒を緩めることはできずにいる。休憩すら危険と判断し、強行軍で目的地へと向かった。


「ついた……ここか……」

「ミィもう無理。動けない」

「流石にボクたちも、足がパンパンだよ。キサラ、大丈夫?」


 獣人のマリカだけがピンピンしていて、朕たちは息も絶え絶えだ。

 くそ、これで探索して帰るのか。報酬はシンハ金貨100枚って言ってたな。

 一日銀貨数枚で済む生活だ。かなりの余裕が生まれるだろう。このクエストは是が非でも成功させなくてはならん。


「大休止としよう。食事をとって横になっているといい。見張りは朕とマリカがやる」

「え、私もやるんすか!?」

「見てみろ、みんなゾンビ一歩手前の状態だぞ。下手に動かすとマジで死ぬ。俺も頑張るから、頼むよ」

「しょうがないっすねえ。町に戻ったらお酒奢ってくださいよ」


 どうも酒を学習しない狐っ子だ。まーた便器とお友達になるのが目に見えている。


 焚火を囲み、干し肉とパンで簡素な食事をとる。

 朕は周囲に探査魔法をかけ、異常物体の接近に備えた。

 交代で見張りを行い、朕たちは遺跡突入の準備を終える。


「よし、俺が先頭で行く。非戦闘員のモモを真ん中に挟んで、後方はキサラとシャマナが固めろ」

「かしこまりました、ローエン様」

「任せといて。ボクがきっちり守るから」


「一応言っておくが、遺跡内では愛情行為は禁止だ。ちゅっちゅしてるの見たら、どうなるかわかるな?」

「コホン、もちろんですわ。だめ、シャマナ、今は……」

「わかってるさ! 神様の言うとおりにしないとね。ね、キサラ」


 あ、だめだこれ。

 後方でシケこむ可能性大なり。


 うむむ、パーティーの公序良俗が問われるが、こいつらは戦力になるんよなぁ。

 仕方がない、羽目を外しすぎなければ看過しよう。


――

 スフィンクスという名物は見たことあるだろうか。

 そう、地球でピラミッドを守ってるあの幻獣だ。旅人を呼び止めてはクイズを出すと言う、ちょっと暇を持て余した妖怪ともいえる。


 今まさに朕が望もうとしてるダンジョンの入り口に、スフィンクス像がそびえたっていた。幸いにして動くことも質問されることもなかったが、この合致は戦慄する以外にない。


 地球と異世界、同じような建造物が存在している。

 この事実は見逃してはいけない気がする。


 遺跡内に足を踏み入れると、ひんやりとした冷気が漂ってきた。

 まるで遺体を保存でもするかのように、暗くて保冷の効いた場所だ。


「ここ寒いっすねえ、陽の光が入らないのに、なんで壁が光ってるんすか。は、これもお宝なのでは?」

「落ち着け。これは魔晶石だ。モモの洞窟研究所でも光ってただろう。周囲にある魔力に同調して、光を発するものだ。あんまり希少価値があるものではないぞ」


 なーんだと言い、マリカは興味を失ったようだ。

 すまん、これはかなりの希少物だ。


 まだ魔法が認知され始めた程度の南大陸では、そこまで関心がもたれないものだと思う。だが北大陸では結構な金額で取引されている。なんせ魔力さえあれば様々な動力に加工できるからな。


 下手したらこの鉱物を求めて戦争になるレベルの戦略資源だ。

 朕たちは何もみなかった。南大陸人がその有用さに気づき、自ら工夫をして活用するまで黙っていよう。


「あ、ローエン、宝箱あるっすよ!」

「何だと、待て、迂闊に近寄るな。モモ、ここは既に人が通過したエリアだよな?」


 地図をカリカリと書いているモモは、首肯して返す。


 人を惑わす魅惑の立方体。

 交通の形跡がある場所で、しっかりと蓋のしまったそれは、果たして罠か財宝か。


 朕は決断を迫られていた。

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