第30話 異世界で何をやってもいいわけじゃねえぞ

 ウェンディゴ化。ここで朕が話しているのは、洞窟のぬるっとしたやべー水に触れたものが患う病のことだ。その名を死蝋病という。


 ザハールの言葉を受けて、朕がそのぬるぬるを回収して『鑑定』をかけてみる。

 結果、ザハールたちは無論のこと、実物のウェンディゴ種であるモモから発する魔力とも合致しない結果が出た。山を崩してみないことにはどこから発生しているのかわからないし、それをするだけの労力も足りない。


 呪石があったとはされているが、いつからあって、誰が設置したのかも不明だ。死蝋病化した人物から取り出した鑑定の結果でしかなく、どんな由来でこの病が発生したのかもわからない。


「何らかの。抽象的な回答になってすまんが、死蝋病を発生させる液体がどこぞから垂れ流されていたという結論だな。モモ、何か心当たりはあるか?」

「不明。そもそも吾輩が来たときには死蝋病既に発生。故に治療薬を作成した」

「そうなんだよなぁ。時系列的に合わないんだよな」


 そこでふと朕は疑問が浮かんだ。

 南大陸には獣人種がいて、その中にウェンディゴ種も入っているのだろう。南大陸人にとっては一般的にウェンディゴと言われれば、想像するのはここにいるモモの姿のはずだ。


「なぜザハールは死蝋病患者をウェンディゴと呼んでいた?」


 落ちくぼんだ目に腐っているような皮膚、血色の悪い白い肌色と正気を失い、人肉を食する凶暴性。

 完全に別物だ。

 まるで地球でネット検索をかけた結果、出力されたウェンディゴという怪物のまんまである。なぜその謎のクリーチャーを『ウェンディゴ』と断定していたのだ?


「早いところ村人にも薬を飲ませよう。武装しているからとって相手は病人だ。ガチでやるなよ」

「ローエン様の御心のままに」

「気に入らないけど、まあボクは従うよ。とってもストレス溜まってるけどね」


 君たち市民に対しての殺意高すぎるよね。朕、これからこの子たちをハンドリングしていく自信ないよ。


 下手をすればお尋ね者になっていてもおかしくない狂信者+カスタネットを連れ、朕たちは『とてもお世話になった』むらへと戻ることにする。


 ザハールたちは仕方がないので縄で結び、数珠つなぎにして引きずっていくしかない。治療活動とはいったい。


「ばかな、救世主……無事だったとは!」

「ザハールが死んでるぞ。ああ、この村はおしまいだ!」

 死んではいない。精神的に割とキツめに〆といたが、多分時間がたてば元に戻るに違いない。多分。


 残っている村人たちが農具を構えて朕たちを威嚇している。そういうのやめたほうがいいっすよ。朕のパーティーは今ブレーキの概念が壊死してるから。


「残った者、聞け。ザハールたちは俺たちを裏切った。そしてお前らもそのことを知っていたな。言い訳はいい。一人残らずこのポーションの実験台になってもらう」

「ど、毒を飲ませるのか! おのれ……ただではやられはせんぞ! みんな、村を守れ!」

 完全に悪役だが、仕方がない。

「全員逃すな。一人でも逃げたら死蝋病が蔓延する可能性がある。意識はあるが動けない程度にうまくやってくれ」


――

 まあ、わかっていたことだが、訓練されてない村人が現役冒険者や異端審問官、聖女とグラップラーに勝てるはずもない。

 次々とノされては村の中央へと運ばれてくる。


 キサラやシャマナ、ミィの頬がつやつやしてる。そんな楽しかったんすかね。

 朕はミィが村人に、ノーザンライト・スープレックスを決めた時点で見るのをやめたよ。


「お、お命だけは……」

「心配するな。村を守るんだろう? 守らせてやるよ、この薬でな」

「んひいいいいいっ!?」

 あーあ、失禁させてしまった。彼らの目には朕たちがウェンディゴに映っているのだろうか。それとも他の何かがあるのか。


「モモ、進捗はどうだ? 薬は足りそうかな」

「抜かりなし。水薬数滴で効果あり。吾輩満足」

 サイエンティストにとって自らの実験結果を披露するのは、晴れの大舞台と一緒なのだろう。嬉々として飲ませているが、さて。


 全ての村人を捕縛し、投薬を終えた。とてもではないがこの場所の食物を口にする気はでないので、手持ちの保存食を焼いたり焙ったりしていると、ザハールが気を取り戻した。


「ん、うぐ。あれ……俺は一体どうしたってんだ? ん、ここはどこだ?」

「起きたかザハール。俺のことは覚えているか」

「あ、救世主様! あれ、っかしーな、確か歓迎の準備をしていたはずでしたが……なんか記憶があいまいでやす。それ以前になんで俺はここにいたんだっけか」


 記憶障害か。というか感染してから正気と狂気を、スイッチをオンオフにするように繰り返していたのだろう。


「お前、山賊やってたのは覚えてるか?」

「へえ、取り締まりが厳しくなったんで、カタギになろうとしてこの村に……そうだ、俺はアイツに誘われてここに……」

 次々と他の者も目を覚ましていく。みな呆然としており、今まで壮大な夢を見ていたかのような、狐につままれた様子でいるようだ。


「おいボグロ、あいつはどこに行った?」

 ザハールが部下に何事かを確認しようとしている。


「あれ、いませんぜお頭。あの救世主様、茶毛で長髪の剣士がいませんでしたか? 俺らはそいつ――ジンってやつに勧誘されて村に来たんですわ」

「そうそうジンだよ。あんなねっとりとした目をしたやつ、忘れるわけがねぇんだが。もしかして……その……」


 首を振って否定する。朕たちはかろうじて誰も殺していない。

「ここにいる者が全てだ。というか俺たちが来てから、そんな長髪は見たことが無いな。モモ、記憶が混濁してる可能性はあるか?」

「可能性極小。記憶次第に戻るはず」


「ザハール、その長髪剣士になんて言われたんだ? どんな奴だったんだ?」

「へい、なんとも不思議な雰囲気……まあその、口がうまいやつでしてね。いっそ村に積極的に貢献すれば大丈夫とか、信頼されるまで武器を持たないでいよう、とか言ってまして」


「そんな危うい橋を渡ってたのか。すぐに捕らえられてもおかしくなかっただろう」

「そうなんですがね。ジンが村人説得してしまいやして。武器は全部自分が預かってるから大丈夫となどと言って。働きぶりを見てから文句を言えばいいし、畑を耕したり狩りをしたりする人手はあったほうがいいとか」


 食い扶持増加にまったく触れていないのは気にかかるが、つまるところ、この場所に人を多くおいておきたかったのだろう。


「そいつはどこに行ったか分かるか? いえ、記憶が曖昧でして……。よく働いてたと思いやす。行くと言えば洞窟くらいでしたが」

「お頭、思い出しやした。確かシンハ王国の方へ行くとか言ってやせんでしたっけ? 鉄の農具や作物の種が必要だから買い付けに行くとか」

「そうだったか? うむむ、すまねえ救世主様、本当に靄がかかったみたいに覚えてねえんだ」


 奇しくも行く先は同じ、か。

 道具の買い付けにそこまで国をまたいで行く必要はないだろう。そもそもリーゼル王国の王都かどこかで手配すればいい。


「他に何か情報はないか? 何でもいい。武器でも年齢でも、生まれ育ちでも構わん。見聞きしたことを教えてくれればいい」


「ん、あー、そういえば変なことを口にしてやした。『このがあれば』とか『はすばらしい』とかなんとか。意味がわからねえんで、そのままスルーしてやした」


 除夜の鐘よろしく丸太で頭を殴られたような衝撃だ。

 タブレットにチートだと?

 おいおいおい、確定じゃねえか。そいつ地球人だろ。しかももろ現代人。


「ザハール、今から大切なことを言う。村人にも全員に伝えておけ」

「へい、なんでやしょ」

「ジンというやつの情報をすべて吐かせて、俺のところへ報告しに来い。今日は誰も寝かせるな。洗いざらい全部ぶちまけさせろ。どんな些細な話でもいいから、必ず全員に聞きだせ、いいな」

「ゴクリ、わかりやした」


 久しぶりに抑えていた殺気が出てしまう。この事態、どうしてくれようか。

 召喚者はもう一人いる。

 しかもそいつは人間を使って実験らしきことをしている。


 社会実験でも経済実験でもない。人体実験だ。

「ちょっとローエン、顔がすげーこえーっすよ。やばい奴なんですか、ジンって」

「マリカか……俺の予測が当たってれば洒落にならんレベルで危険だ。少し旅の目的を変える。ジンという野郎を見つけて捕縛することを第一目標に設定だ。すまんが従ってほしい」


「ローエン様の仰せのままに。神の言葉にどうして逆らえましょうか」

「ボクたちはただ伏して従うのみ。いいね、漫然とした旅はちょっと飽きてたとこだよ」

 

 信仰組は即答してくれた。多分『何が起きても』任務を遂行してくれそう。

 しかしいい返事をもらえて恐縮だよ。朕、ちょっと本気出していくからね。


「モモも悪いな。ちょいと野暮用ができた。国元には送り届けるが、俺たちも用事を済ませたい」

「受諾。事態急変理解。吾輩も腕を貸す」


「ミィもすまんが力を貸してくれ」

「表情きも。人面疽みたいにひん曲がってるよ」

 地顔だよ。朕泣くぞ。

「まあいいけどさ、あんまり考え込まない方がいいんじゃない?」

「あ、ああ」


 地球人代表として。そして北大陸を制した者として。

 非道な行いをする輩を放置しておくことはできない。必ず然るべき報いを受けさせてやろう。

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