第二話 受け継がれるもの⑤~アレ~

 放課後、俺達は約束通り学内の案内をさせられていた。俺とヒナが先を歩いて、その後ろをミカエルがついてくる。


 で、野次馬が俺達をめっちゃ見てくる。そりゃそうだ、異世界人が校舎を練り歩いているのだから。


「ちょっとぉ、なんで私も一緒なのよ」


 肩身の狭い思いを強いられてるヒナが、小声でそんな抗議をして来た。


「あのな、入学して二週間も経ってないのにまともに学校の事を案内できるわけないだろ!」


 本音と建前が混じった言葉を返す。それ以外の感情はもちろん『俺の正体がバレそうだから助けて下さい』なのだが。


「それはそうだけど……」

「ヒナだって気になるだろ異世界人、それにもしかしたら間近で魔法が見れるチャンスかもしれないんだぞ!」


 ここでダメ押しの餌を彼女の前にぶら下げる。わたしぃ~魔法に興味があるんですけどぉ~とか言っとけば良いんだよ異世界人なんて。実際酒場でそう言われて鼻の下を伸ばしていた奴を何人も見てきたからな。


「気にはなるけど、段階っていうものがあるでしょ! そりゃあ私だって本物の魔法を見てみたいけれど、初対面の人に頼んだりするのは失礼かも知れないし!」

「大丈夫だって、異世界にそんな失礼は無いって!」

「そうなんだ」

「ああ、むしろ相手の力量がわからない方が問題だからな。見せないと詐欺師扱いされるなんて事もあるんだ」


 旅の途中、勇者一行は何度も詐欺師扱いされた。その度にエステルが証明すると言って辺りを氷漬けにしたものだから、普段は豪快なガイアスが頭を下げていたんだよな。


「へぇ……異世界の事情に詳しいんだ、ガン●ムばっか見てるくせに」


 と、怪訝な目をするヒナから目を逸らす。


「ガ、ガン●ムもSDならファンタジーなのあるし……」


 危ない危ない、ついあの二人の子供と聞いて色々思い出しているみたいだ。口は災いの元とはよく言うぜ。


「二人とも、あれは何ですか?」


 と、適当に歩いているとミカエルがそんな事を尋ねてきた。刺した指の先にあるのは……まぁ異世界から来たら驚くよな。


「ああ、図書室だよ……無料で本が読める場所」

「学校に図書館、ですか? なるほど、学校が公的な図書館の役割も兼ねていると……合理的ですね」


 そう言えばグランテリオスにも図書館があった事を思い出す。貴族様専用で王城の離れにある場所だったけど。


「いや、図書館は別にあるぞ」

「え?」


 だがミカエルの理解は不十分だ。図書室はあくまで学生の為の図書室であり、広く市民に開かれた場所は別にあるのだ。


「うちの街の結構大きいよね、ミカエル君も行ったら喜ぶんじゃない?」


 豪華三階建ての市民の憩いの場所。一度あそこに足を運べばもう王城のお慈悲のオマケみたいな場所には戻れまい。


「あーあそこはグランテリオスの図書館の何倍もでか」


 ……あっぶねぇ、本当緩んでるな俺の口は。クソつまんない本を読んで寝不足のせいだろうな。


「でかいと思うなぁ」


 うんうんと一人頷けば、再びヒナから疑いの目線が飛んでくる。思ってるだけだよ、思ってるだけだからね?


「ミナガワさん」


 が、ミカエルも何かに気付いたのか――まぁ何かって一つしかないが――俺の肩を強く掴んで来た。


「はい」

「もしかして貴方……」


 おのれクライオニール英雄譚、俺の思い出を汚すどころかさらに異世界人に付け入る隙を与えてくるとは。俺が異世界に帰還した暁には発禁にして焚書してやるぞ焚書。




「貴方のお父様は、三十代半ばぐらいではありませんか!?」




 セーフ!


 昨日の親父とヒナの会話の通りだ、勇者がこの世界で『転生』した、という発想にはまだ至って無いらしい。自分達のように時空を超えてやって来たのだから、同じように歳を取っていると考えるのが妥当だ。


 きっと俺がその異世界人の息子だとでも思ったのだろう……よし、これは使えるぞ。


「いや聡志さんは四十超え」

「……だったらどうする?」


 目にも止まらぬ速さで親父の実年齢をバラそうとするヒナのいけないお口を両手で塞ぎ、ミカエルに苦し紛れの笑顔を返す。


「いえその、ご存じかと思いますが僕達は勇者を探しているものですから……もしかしたら、と」

「あのなぁ、自分の親父が処刑されるかもしれないってのにはいそうですかって紹介する奴がいると思うか?」


 正論を返せば、ミカエルは苦笑いを浮かべながらため息をついた。どうやら母親に似て苦労人らしい。


「本当、姫様には困ったものですよ……いきなりあんな事を言ったら誰も名乗り出ないと忠告したのですが」


 確かに人を探してるなら甘い言葉でも釣れば良いのに、いきなり処刑はあんまりだよな。いや本当、あんまりな仕打ちだよ。


「ねぇミカエル君……勇者様ってなんで処刑されなきゃいけないの?」

「すいません、国家の……いえ、異世界の機密ですので」


 知らないのか答えられないのか、ミカエルはそれ以上喋らない。


 さて、ここで、俺の取るべき選択しただが。


「父さんに会いたいんだな?」

「……ええ」


 父さんに会わせる一択だ。何より両人とも会いたいだろうし、父さんが勇者じゃないだなんて俺以上に理解している人間はいないだろう。


「わかったよ、だが条件がある」


 だが、無料でとは言わない。


「父さんがもしお前達が探している勇者じゃなかったら、俺や俺の家族……それからヒナとその家族にも手出しはしないと約束しろ。そしたら会わせてやる」


 いきなり処刑だなんて言い出すあのクソ王子の手の物だ、身の安全が第一だ。ミカエルは襟を正し向き合うと、握った右手で自分の胸を強く叩いた。


「クライオニールの名に誓って」


 決まりだな。その言葉の重さを俺だけは正しく理解できるのだから。


「じゃ、電話で呼び出すわ」


 スマホを取り出し早速電話する。暫くは在宅で仕事をすると言っていたから、まぁ大丈夫だろ。


「聡志さん、来てくれるかな」

「来ないわけないだろ」


 異世界人が会いたがってるって言ってるのにオタクが来ないわけない。よし繋がったな。


「あ、もしもし父さん? 異世界から留学生が来たんだけど」

『なんだとおおおーーーーーーーーーーーっ!?』


 まずそこに驚くよな。


「あとなんか父さんと会って話したいみたいで」

『うん、すぐ行く。走って行く』


 時までかけなくていいから。


「その前に」


 ミカエルの趣味は読書……となれば、この世界の娯楽にも興味があるに違いない。そして読書よりもっと強烈な娯楽を体験をすれば、こいつを懐柔する手掛かりになるかもしれない。


「異世界人が日本の文化に興味があるみたいでさ……『アレ』持ってきてくれないかなって」


 そして我が家には諸事情で封印された伝説の娯楽……『アレ』がある。


『ユウ、その『アレ』って……アレの事だよな』

「ああ」


 電話越しに父さんが生唾を飲み込む音が聞こえる。その苦いあの時の思い出をまだ忘れていないのだから。


『皆川家に離婚の危機を引き起こした、『アレ』を異世界人にお見舞いしようって言うんだな……!』

「ああ」


 いや本当、あの時は母さん激怒で大変だった。


『そのせいで異世界人の情緒がめちゃくちゃになっても一切の責任は取らなくて良いんだな……!』


 むしろめちゃくちゃにしてくれないと困る。


「父さん、チャリはパンクしてるから使うなよ」

『了解、トランザ』


 タクシー使えや。


「……すぐ来てくれるってさ」

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