敵が攻めてきたぞぉ(´;ω;`)ウッ…

「はぁ……ひぃ……ふぅ……へぇ……」


 王様はふたたび長いため息を洩らすようになりました。

 多年の放浪と力仕事のため、ぽっこりとふくらんでいたおなかは引き締まってぺしゃんこになり、筋肉がつき、三重顎さんじゅうあごもなくなりました。自慢の顎髭あごひげだけは、のびたまま。

 当初は白髪混じりだった髭は、日焼けのためか焦茶色に染まり、いや、見ようによっては赤くもあり黄色くもあり……いつしか人々は、虹のような髭……虹髭にじひげと呼んで、ひととおり相談事が終わったあとで、ひょいと髭を触るようになりました。

 それが話が終わる合図でもあり、御礼の貢物みつぎものを捧げる合図であり、次の順番へとつなげるしきたりともなっていました。

 人々はこの「虹髭の大人たいじん」に話を聞いてもらうだけで、あるときはホッとし、あるときは勇気づけられ、またあるときには、明日への活力の源に気づかされたといいます。


「お……う……さま」


 人が居なくなると、少女は貢物からその夜に食べるものを区分けし、簡単に調理して皿に盛って汁物と一緒に差し出すのでした。

 なにも少女は「王様」と言ったのではないようです。こちらの国のことばをおぼえた少女は、おそらく、

「おとうさま」

と、呼んだにちがいありません。

 そのことにあえて気づかないふりをこれまで王様がしてきたのは、いとおしくなるほど別れがつらくなることを恐れていたからでしょう。このとき王様はすでに岩族のもとへ少女を連れていく決心をしていたのです。

 それには理由がありました。

 ……ついに、岩族がんぞくがまとまって国境をおびやかしてきたのです。元来がんらい騎馬民族きばみんぞくのかれらは、野獣を乗りこなし、先のとがった石弓いしゆみで敵の頭蓋ずがいを射抜く技を身につけていました。いわば訓練された強靭きょうじんなる軍隊なのです。

 王様がそのことを察知したのは、相談に来る人々の悩み事のしんだったからです。侵略を食い止めるには、こちらの王国の軍隊はあまりにも弱すぎました。

「よしっ」

 王様は少女を連れて岩族がんぞくの本陣をめざしました。


 小高い丘の上には、形だけの木柵がありました。王国の防人さきもりたちが必死でまもってはいるものの、岩族の陣容を眺めるだけで戦意がせてしまっているようでした。

「どこへ行く? よせ、矢で射抜かれるぞ」

 防人さきもりの一人が、止めました。王様が説明しようとすると、背後から、声がかかりました。

 振り向くと、懐かしい顔がありました。

 あの陵戸長りょうこちょうでした。かれは王様の顔をじっと見据えていました。

「ま、まさか……」

 王様の精悍な顔付きと肢体に、陵戸長りょうこちょうは驚きのあまり二の句がげないようでした。

「おお、おまえ様は……あのときの……」

 王様は言いました。すると、

「やあ、見違えました……」

と、陵戸長は頬をほころばせました。国境警備の志願兵の隊長として王都から着任したことを告げたあとで、

「王よ……」

と、隊長は片膝をつきました。

 どうやら、あの初対面のときから王様の正体を見抜いていたようでした。


「いや、そのような辞儀じぎには及ばぬぞよ……わしは、おまえ様のおかげで、あらたな道を見出すことができた。それに……王は……だからの」


 王様は高らかに笑いました。


「幾分、予定より遅くはなったが、これから、この少女を連れて、岩族の王とやらに会ってくる。いや、わかっておるぞ、ただ相手の悩みごとをうんうんふんふんと聴いてやるだけだ。かつて、おまえ様に教わったとおり、聴いた上で、お気の毒です、無念でございます……と何度も申してやるわい」


 王様の決断に、隊長はますます畏服いふくするばかりです。


「……こうして、最後に、おまえ様に再会できるとは、まさに吉兆きっちょうと申すもの。あとのことはよろしく頼む。おまえ様が指揮しているのならば、後顧こうこうれいはなにもないぞ」


 珍しく長饒舌ながじょうぜつになった王様は、のぼりを高々にかがげ、少女とふたりでゆっくりと丘を降りていきました。


「お……う……さま……おとうさま」


 少女の声に、王様は毅然きぜんこたえました。


「わが娘よ……虹髭にじひげの王女よ……」


 ふたりのやりとりが風にのって隊長の耳に届きました。兵たちは隊長にならい、片膝かたひざを地につけたまま、ふたりが見えなくなるまでうやうやしく見守っていました……。


          ○


 21世紀になって……ある小さな古代墓が発掘されました。

 王の名はしるされていませんし、墓銘碑も墓銘誌もありませんでした。

 ただ、石棺には、大人の男性とやや背丈の低い女らしき木乃伊みいらの残骸が二体あり、棺には、古代文字で、次のように彫られていました。ただ読解には学者や有識者による各論が噴出し、いまだ定説にはいたってはおりません。はなはだ抽象的な文言もんごんで、どうにもこうにも現代人には理解しがたいようでした。



 残念無念なる思いを知り得たる者こそ、

 おめでとうの真意に到達せる者なり……



                 ( 了 )

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「おめでとう」禁言令 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

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