それでもなんとか生きている(´;ω;`)ウッ…

 のぼりには、人集めのための目印といった意味合いもあったようでした。王様には読めない文字が書かれていました。幼少期からあまり勉学にいそしんでこなかった王様は、それほど文字を知らなかったのでした。


  よろず相談うけたまわそうろ

と、いったようなことが書かれていたのでしたが、いまだ王様は理解できていません。けれど、王様と少女の行く先々で、あちらからこちらから人が近寄っては、路上に座り込み、ぼそぼそと悩みごとを一方的に喋っては、ほっと一息ついては去っていくのでした。そのときに、たずさえてきた練り菓子や乾餅や強飯こわいいを置いていくのです。ですから、王様と少女は飢えることはありませんでした。

 それに、手のいたときには、まき割りや家造りを手伝いもしました。少女も里人から手縫いを教わったり、髪のい方を教わったおかけで、自分の身繕みづくろいができるまでになり、ほこりあかぬぐうと、それはそれは美しい容貌かおが現れました。王様は驚きました。あたかもうしなった末娘が、この世に再臨したかのようないとおしさをおぼえるようになったのでした。


(……このまま、二人でひっそりと暮らしたいものじゃ)

とまで、思うようにもなりました。少女の古里には帰したくない……という欲も芽生えてきました。

 王様のほうこそ、誰かにそんなことを相談したかったのですが、もはや、聴き屋は、王様の生業なりわいのようなものでしたから、そういうわけにもいきません。

 あるとき、王都からやってきた行商人が、相談にやってきました。それとなく都の様子をたずねてみると、

「おう、変わりつつあるぞ」

と、いうことでした。

 さらに不可思議なことに、〈おめでとう禁言令〉は、まだ廃止されてはいないとのこと……。

 その理由を、その行商人は、あきないの観点からずばりと指摘しました。


「……ほら、他国から大勢、人がやってきたろ? 口々に『おめでとう』と叫び、わざと逮捕されて、食餌しょくじにありつこうとしたのだろうがね……かれらのなかにはさまざまな職業の者がいて、王宮の実務行政府では次々にかれらを抜擢登用したのさ。流行り病で激減げきげんした人口が、少しずつ、回復しつつある……この王国には、かつての活気がよみがえりつある……」


 なんということでしょう。世古せこけた行商人は、人材流動の本質というものを見抜いたようでした。


「なあ、〈おめでとう禁言令〉が、この国を救う起爆剤になったのさ。つまりは、発令を命じた王様のおかげだ」

「……王はいないと聴いたが……」

「ああ、なんでも、王は不要……とのこと」

「・・・・・・?」


 どうやら、この行商人は、〈不豫ふよ〉という特別な用語を、〈不要〉と勘違いしているようでした。


「あ……! なるほど、王は不要か……」

「そうさね、みんなが無い知恵を振り絞って、あれこれやっていきゃあ、いいのさ。その意味では、〈おめでとう禁言令〉を考え出した王様は、商いの天才かもしれねぇな。あえて、強烈なうた文句もんくで、人を惹き付け、引き寄せ、またたくに団結させたんだからなぁ」 

「それはお気の毒……いや、おめでたいことで……」


 王様は気恥ずかしさのあまり、つい口ごもってしまったのでした。 

 めでたし、めでたし……

 というわけにはまだいきません。世の中、そんなに都合のいいように展開はしないものでしょうから。

 王様には新たな悩み……そうです、少女を送り届けるべきか、めるべきか……そのことを考えると、どうにもこうにもそわそわして、そのまま体がぽっかりと宙に浮いてしまうようなおもいにとらわれてしまったようでした。

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