第45話 資格なき者

 信用を利用したかのように言わないでほしい。事実なので余計に堪える。いい話で終われなかったユスティーナに呆れたローゼは、風に紛れそうな声でつぶやいた。


「……ヴァスもだが、お前だって、天賦の才だけに頼ってるわけじゃねえだろ。イシュカが来る前からずっと、お前は俺なんかより熱心に弓の訓練に励んでいた……」


 天賦の才を持つ者に努力の才能まであったら、凡人が勝てるわけがない。胸につかえていた劣等感を吐き出したと同時に、ローゼはもう一つ、隠し持っていた真実を吐き出す決意をした。


「ユスティーナ。お前に謝らないといけないことがある」


 きょとんとユスティーナが黒曜石の瞳を見開く。彼女の向かいに座り、幼馴染みの会話にそれとなく聞き耳を立てていたヴァスの頬にも緊張が走った。


「俺と親父が離宮を追われた理由は、俺がお前に近付きすぎたからだ。だからイシュカに排除されたんだ」

「え、ええ……私が、あなたと、ずっと遊んでいたから……」


 それを理由に、幼い日のローゼはユスティーナを半泣きで責め立てたのだ。辛い記憶をユスティーナはおずおずと口に出すが、ローゼは静かに首を振った。


「そうじゃなくて、俺に下心があったからさ。イシュカはそれを見抜いていて、悪い虫を取り除いたんだよ。過大評価もいいところだけどな。御者の息子が太陽神の生まれ変わりに、勝てるわけがないのによ」


 ユスティーナに放った暴言の数々は、自分の後ろめたさから眼を逸らすためのものだった。何が原因か、誰が悪いのか、ローゼは最初から気付いていた。ただ、認めたくなかったのだ。


「親父は俺の愚かさに、巻き込まれただけなんだ。分かっていたくせに、一度も俺を責めずに死んじまった。……お前も、俺に八つ当たりされても、黙って聞いているだけだった」


 決戦の地に急ぐ馬車を駆る御者、という立場上、ローゼはじっと前を向いている。ユスティーナを振り向きはしないが、記憶よりたくましさを増した後ろ姿だからこそ、伝わってくるものがあった。


「え? ローゼ、まさか……」

「……そうだよ」

「あなたもナインのように、玉座が欲しかったの?」

「あ?」


 危うく振り向きそうになったローゼに、ユスティーナは不思議そうに質問を重ねた。


「私と結婚して、玉座を手に入れたかったって、今言わなかった?」

「言ってねえが!?」


 目一杯否定されてしまったが、ユスティーナは混乱を深めるだけだ。


「御者の息子が仮にも王女であるこのわたくしを望むのは、成り上がりたいからでしょう……?」

「それ以外にもあるだろう! もっと、こう……愛……いや、お前、見た目だけは昔から良かったじゃねえか!」

「確かに」


 それはそうね、とユスティーナは部分的に納得した。


「でもローゼは、私の中身を知っているじゃないですか。容姿だけ美しい女性なら、ナインのところにもたくさんいたでしょう? 彼をとっちめたら、陛下があなたに相応しい地位をくださるわ。そうすれば、顔も性格も良い女性をいくらでも選べるようになります。がんばりましょうね、ローゼ!」

「俺だってなぁ! 俺だってお前みたいな傲慢なのか卑屈なのかよく分からん女、できれば好きになんかなりたくなかったわ!!」


 どこまでも平行線を辿る幼馴染みたち。危うく泣きそうになっているローゼを、ヴァスが横から諫めた。


「諦めろ、ローゼ。その女にとってお前は、ただの幼馴染みなのだ」

「……みてえだな!」


 そっぽを向くローゼであるが、売り言葉に買い言葉で言い過ぎただけだ。自分のけじめを付けるのが目的であって、ユスティーナから想いを返してほしいわけではない。


 八つ当たりを最後に別れて反乱に加わり、戦場で情けをかけられ逆恨みし、復讐を胸に和解を演出した幼馴染み。そんな己に銀月の君を得る資格などないと、ローゼ自身が誰よりよく理解している。


「ふん、だが、だからって、てめえが簡単にイシュカに取って代われると思うなよ」


 資格の話をするのなら、創世神話の時点で振られている獣返りには一番資格がないだろう。鼻を鳴らすローゼにもヴァスは動じない。


「ああ、簡単にはいかんだろうさ。そうでなければ、奪い甲斐がないというものだ」

「大口野郎が、調子が出てきたみたいだな」


 そろそろ目的地が近付いてきたこともあって、ローゼはそれ以上言わず、目先の現実に話を戻した。


「そら、ジスラの大河だ。ここを渡ればラージャ宮殿はすぐだぞ。ナイン様たちの陣地も近い。気合い入れておけよ!!」

「──はい、分かりました!」


 途中から二人の話に置いていかれていたユスティーナであるが、いよいよだということだけは分かった。恵まれた集中力によって彼女はたちまち雑念を捨て去り、銀月の君の表情で決然とうなずいた。

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