第43話 想いは通じる

 まさかの発言に仲良く絶句する幼馴染みたちに、ヴァスは問いかけた。


「おかしいと思わんか。ナインが再起するというのに、王家が……というよりイシュカが、あまりにも静かすぎる」

「それは……まだ事を起こす前だからでしょう?」


 順番の問題ではないかとユスティーナは言ってみたが、ヴァスは鼻で笑い飛ばした。


「お人好しの国王陛下はとにかく、あのナインが幽閉されて一生おとなしく反省する、などとイシュカが甘く見積もるか? あいつはまだ、この世界のどこかにいる。気配を、感じる。ナインの動きも見張っているはずだ」


 ヴァスにとってイシュカはあらゆる意味において仇敵だが、だからこそ彼の有能さを理解している。獣の勘で、その存在を感知している。


「あいつはわざと、ナインを自由にさせているんだ。今度こそナインを始末するために。そして……オレやローゼといった残党も、一緒に始末するために」


 アルウィンに泣き付かれ、一度温情をかけてしまった以上、簡単にそれを覆せば王家とイシュカの格が下がる。しかしイシュカはナインの性格を見抜いていた。機会をちらつかせてやれば、性懲りもなく戦いを望むに違いないと。


「だから、行くぞユスティーナ。ナインが暴れ出せばお前が出て来ることも、おそらくイシュカは読んでいる。罠かもしれんが、放っておけば、お前は永遠にあの男の操り人形のままだ」


 ユスティーナだけをじっと見つめてヴァスは言った。挑発じみた言葉から、ユスティーナは彼の真意を汲んだ。


「ヴァス。あなたは本当に、ナインのことを想ってくれているのね」

「!? いや、オレはだな!? 元々あいつに協力したのはお前と戦う資格を得るためであって、あれに王の器がないことはオレも分かっていて……!」


 思わぬ角度から理解を得られてしまい、早口にヴァスはまくし立てる。ここまで格好良く場の主導権を握っていたからこそ、情けない姿がおかしくて、ユスティーナはくすくす笑った。


 笑って、心を決めた。


「分かりました。行きます」


 すっくと立ち上がったユスティーナに、ローゼが地団駄を踏む子供のように叫んだ。


「ふ、ふざけるんじゃねえ! 納得できるか、こんな展開!!」


 ナインが捕虜とされ、ほうほうの体で戦場を逃れてから半年。敗残兵としてさ迷い続けた末、やっと復讐にこぎ着けたと思ったらこのざまだ。笑顔で馬車など出せるはずもなく、彼は腰に差していた剣を抜いた。


「てめえがやらねえなら俺がやってやる! このっ、うおおおお!?」


 剣を振り上げ、襲いかかったローゼだったが、ユスティーナは顔色一つ変えずにわずかに身を引いて避けた。剣先が敷布に触れる前に彼の腕をねじり上げ、苦痛に動きを止めた大柄な体を寝台に叩き付けてその上にまたがる。


 そして奪い取った剣を、彼の首の側に斜めに突き立てた。下手に動けば首が切れる仕組みだ。


「て、てめ、この……! ここまで、強く……!!」

「ヴァスにも特訓してもらいましたから」


 厳密に言うと接近戦自体は習っていないのだが、ヴァスの動きを模倣しようとしているうちに、自然と体の使い方が変わったのだ。この体勢になってしまえば、多少体格差があろうと上になっているほうが有利である。


 加えてユスティーナは初歩とはいえ、あらゆる術を使いこなす。圧倒的な不利を悟り、ローゼが反撃を諦めたところを見計らってユスティーナは話し始めた。


「ローゼ。私もね、あなたが笑顔で戻ってきてくれた段階で、何かおかしいとは感じていたの」


 違和感はずっと覚えていた。しかしユスティーナには、それでもローゼとの友情に賭けられるだけの余裕があったのだ。


「だけどあなたは、私に勝てるはずがなかったから。だから、できればこのままでいられればと思って、迎え入れたんです」

「こ、こ、この……お前、本当に……本当に俺のことを、馬鹿にしやがって……!」


 早い話、最悪の場合は力で制圧すればいいと考えていたのである。戦場での見逃しを認められた直後ということもあり、ローゼは泡でも噴かんばかりだ。ヴァスも「我が女神は本当に自然体で性格が悪いな……」と苦笑いしている。


「でも……お前が俺を殺したくなかったのも、信じたかったのも、本当ってことか。未練があるのは、俺だけじゃなくて……ああ、くっそ、畜生めが!」


 苛立たしげに頭を掻きむしったローゼは、それで自分の心にけりを付けた。打って変わって静かな口調で、彼は言った。


「おい、この剣を外せ」

「外してはあげたいですけど……」


 ローゼの胴を太腿でしっかり締め付けた姿勢のまま、ためらうユスティーナの不安を察し、ローゼはさばさばした口調で言った。


「安心しろ、もう意味もなく手向かったりしねえよ。それにラージャ宮殿に行くにも、腕の良い御者がいたほうがいいだろ。お前らも御者ぐらいやれることは分かってるが、体力を温存しておいたほうがいいだろうしな!」

「えっ、ラージャ宮殿?」


 ナインがいるのは貴人の檻、湖の離宮ではないのか。怪訝な顔をするユスティーナの横からヴァスが教えてくれた。


「ナインはすでに、湖の離宮を脱出している。ラージャ宮殿に火を放ち、お前の兄王たちを焼き殺し、今度こそ内乱を成功させる気らしい」

「あ、あのお馬鹿さん……!!」


 想像の上を行くナインの計画に、ユスティーナは天を仰いだ。


 まだユスティーナが物心付くか付かないかという昔、ナインはアルウィンとユスティーナに暗殺者を差し向け、暗殺自体には失敗したがラージャ宮殿から追い出すことに成功した。今度は宮殿ごと焼き殺すつもりらしい。間に玉座争奪戦に敗れ、内乱にも敗れて幽閉されていたというのに、本当に行動力だけはある。


「でも……ローゼ。あなた、手伝ってくれるの……?」


 ナインの成長のなさに一瞬気を取られてしまったが、ローゼの発言を要約すればそういうことだろう。おずおずと尋ねると、ローゼはいつかのように優しい声で言ってくれた。


「お前は昔から、頑固なところは異様に頑固だったが、大体は素直すぎるぐらいだったもんな……肉はとにかく強い火で焼けばいいと、いまだに信じてるんだろ」

「……あれ、本当に嘘なの……?」

「……だからよ。俺だって、分かってるんだよ。イシュカがお前にあれこれ吹き込んだ結果なのも、お前だってあいつに逆らえるはずがなかったのはよ」


 ユスティーナの衝撃は聞き流し、ローゼは結論を述べた。


「だから、連れて行ってやるよ。お前に義務を果たさせるために」


 幼馴染みとしてではなく、マーバル王国の民として。王族への奉仕と引き換えに、安寧を望める立場から、ローゼは命じた。


「銀月の君。お前はこの国の守護者なんだ。相手がナイン様だろうがイシュカだろうが、この国を、国民である俺たちを守れ。いいな!」

「はい!!」


 しゃんと背筋を伸ばし、ユスティーナは弾んだ声で応じた。


「分かりました、行きましょう!」

「分かったら、さっさとそいつから離れて着替えろ」


 夜着姿でローゼとべたべたするのはやめろと、ヴァスはユスティーナを彼から引っぺがした。

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