第31話 何も彼もお見通し

「知ってるやつもどんどん死んじまって、なのにナイン様は誰が何度進言しても降伏しようとしない。聞いてるか? ドルグ師匠はよ、あの人も昔ナイン様の世話になったのはもちろん、ナイン様に王家との和解を勧めるために味方に付いたらしいんだ。だがあの方は耳を貸さず、早くお前が育てた銀月の君を殺せとしか言わなかった」


「……し、師匠……」

「おじいさま……」

「ナイン様は、本当に顔以外いいところがない……」


 反乱軍の内情は生き残った者が少ないのと、首謀者のナインが今なお情報を出し渋っているため、よく分かっていないことが多い。ドルグが橋渡し役になろうとナインに従ったことは知ってはいたが、あまりの仕打ちに彼の愛弟子と孫娘たちは絶句した。


「確かにドルグは、始終今さらの提案をしてナインを怒らせていたな」


 悲しみに満ちた場に水を差したヴァスをサラが睨み付ける。


「なんですって」

「ヴァス、やめろよ、そういう言い方は。……そりゃお前は、あのじいさまと仲が悪かったけどよ。ていうか、大体の味方と仲が悪かったけどな……」


 苦い顔でローゼも釘を刺した。ヴァスは答えずそっぽを向き、ローゼも深追いせず話を戻した。


「早い話、ナイン様には愛想が尽きたってことだ。都合の良いことを言っているのは分かっている。このまま国王陛下に突き出すのが筋なのは分かっているが、それを承知で頼む。俺をここに置いてくれねえか。馬を扱うのが一番得意だが、雑用係でもなんでもやる。火の術も得意だぜ」


 長い体を折り曲げ、誠実な態度でローゼはそう述べた。ややあってユスティーナは、威厳に満ちた態度で双子たちを見た。


「サラ、リラ。若い男性の働き手がほしいとは、あなたたちも言っていましたよね」


 国を割る内乱によって多くの若い兵士が命を散らした。残っている者の中から、あの銀月の君が身を寄せている離宮で働けるほど、信頼の置ける者を選ぶのは難しい。水を向けてやれば、サラは話に乗ってくれた。


「……そうですね。マリエルも、きっと喜ぶでしょう。だいいちローゼのことは……ユスティーナ様も、ずっと心配されていましたものね」

「……そう、ね」


 なんとも言えない顔で認めると、ローゼも似たような表情を浮かべたのが分かった。これもまた、イシュカに見捨てられたこその展開。因果というのは分からないものである。複雑な思いを噛み締めているユスティーナを力づけるように、リラが悪戯っぽく笑った。


「国王陛下も認めていらっしゃるとのことですし、私たちが口を挟むことでもありませんものね」

「──そうね!」


 警備兵に通した嘘を、双子も信じているのである。ローゼのためだと前もって心の準備をしていたおかげで、挙動不審にならずに済んだ。ここまで来れば大丈夫だと頬を引き締め、ユスティーナは毅然と命じた。


「決まりですね。双子たち、ローゼを新しい使用人として紹介してきなさい!」


 早くヴァスに復讐されなければと思っていたが、その前にローゼが戻ってきてくれて良かった。今こそ権力を乱用する時。久々に決まった、と感じているユスティーナにサラがすかさず言った。


「いえ、ユスティーナ様。ローゼの紹介は運動がてら、ユスティーナ様がしてきてください」

「えっ? え、ええ、分かった、わ……?」


 使用人として迎え入れることではなく、紹介のほうを拒否されるとは。混乱しているユスティーナに、今度はリラが口を開く。


「ユスティーナ様がこの獣返りに、すっかりほだされていることは分かりました。ですが私たちは、まだこいつを信用したわけではありません。私たちとヴァスだけで、話をさせていただきます」


 ヴァスを見据える水色の瞳は冷たく冴えており、美形に眼のないいつもの彼女とは違う。銀月の君の侍女として、彼女はきっぱり断言した。


※※※


 不安げながらもユスティーナはローゼを伴って部屋を出て行った。双子たちと残されたヴァスは、長い足を組み替えて威嚇する。


「いいのか? ユスティーナ抜きでオレと話などして。あの女に直接復讐する前に、お前たちを手にかけてもいいのだぞ」

「それが目的なら、とっくの昔にやっているでしょう」


 知らんふりを決め込んでいた同士であるが、両者の戦闘能力には圧倒的な差がある。ヴァスがその気になれば双子だけではなく、マリエル以下離宮に暮らす召使いたち、全てを簡単に皆殺しにできるだろう。


「ヴァス、あなたって実は、昔からユスティーナ様のことが好きだったんでしょ」


 緊迫した空気を破ったのは、先程までの堂々とした侍女ぶりを放り出したリラだった。

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