第30話 恩人と俗物

 こうして一行は山中の離宮まで戻った。事情を知らない警備兵が山籠もり中断、ならびに増えたローゼの存在に怪訝な目を向けたが、ユスティーナが「国王陛下には話を通してあります」と言い添えたので事なきを得た。そのまま全員でユスティーナの部屋に上がり、サラが抱えてくれていた服をくわえて寝台の後ろに引っ込んだヴァスは、着替えを終えて出てくるなり言った。


「ユスティーナ、オレから説明するか」

「……いいえ。私からします」


 適当にごまかすのは下手だが、こうなることを予測し、戻ってくる間にきちんと練った説明ならできる。ヴァスに話をさせると、弁が立つ男としても有名だったのだ。うさん臭いと、かえって疑われかねない。敵陣で彼を孤立させるような真似はもう二度としたくない。


 その一心でユスティーナが説明した経緯を聞けば聞くほど、サラとリラは難しい顔になっていった。


「何のために、こんな男を側に置いているのかと思えば……復讐されるために、ですか」

「……ええ」


 分かっていたが空気が重い。苦い声で言ったサラの胸中は手に取るように伝わってきていた。


「ごめんなさい、サラ、リラ。私に何かあれば、あなたたちがとても悲しんでくれるのは理解しているつもりです。子供の頃からずっと、姉妹のように育ってきたのですから」

「ユスティーナ様……」


 痛ましげな表情になった双子は、たとえユスティーナが十割悪い状況であっても彼女を庇ってくれるだろう。可愛い妹分を置いて死ぬのはユスティーナとしても心苦しいが、自分がまだ生きているからこそ、有能な双子を縛り付けてしまってもいる。 


「でも、私にはもう、本当はあなたたちに仕えてもらえるような価値もないの。だって……イシュカ様に、去られてしまったのだもの」


 誰もが避けてくれていた傷口を自ら指し示せば、双子たちも子供の頃からイシュカに従ってきた、彼の熱心な信奉者である。揃って困り顔になってしまった。


「……そう、ですね」

「で、でも、あんな顔以外も完璧な方に去られて、一番悲しいのはユスティーナ様じゃないですか!」


 優しいリラの言葉にユスティーナは首を振った。


「いいえ。悲しいのは、ヴァスのほうよ。そうでしょう? ヴァス」


 猫の時と同じように長椅子の中央に堂々と腰掛け、沈黙を守っていたヴァスは急に話を振られて驚いたように瞬きをした。


「私自身が率先してヴァスのことを蔑んで、馬鹿にしてきたのだから、あなたたちがそれにならうのも無理もないとは思います。けれど、ヴァスが復讐を遂げたとしても、彼を悪く思わないでほしいの。私が……私があんな手を使ってヴァスに勝とうとしたことは、あなたたちも知っているはず」


 別の傷口にも触れてみせれば、双子はまるで自分まで罪を犯したような面持ちで黙り込んでしまった。ここぞとばかりに、ユスティーナはヴァスの美点を挙げていった。


「ヴァスはね、とっても強くて、最後まであのナインに尽くしてくれた忠義者で、手先も器用で、肉を切るのも矢を作るのも私より上手くて、ふわふわの猫さんにもなれるし、ふかふかの暖房にもなってくれるの……」


 承認欲求に飢えた乱暴者で、勝利のためなら手段を選ばぬ男であることは一応黙っておかねばならない。温もりで力づけてくれた翌日、イシュカとの再会の地に連れて行くという非道についても。


「暖房!? ヴァス、あなた……やはり見回りの手を緩めるのではなかった……!」


 思わぬところでサラが眼を吊り上げる。ヴァスは慌てて「昨日の夜だけだ! こいつがめそめそしていたから仕方なく……!!」と言い訳をした。なぜかヴァスの旗色が悪くなったので、ユスティーナは彼の美点を追加した。


「そ、それに、イシュカ様ほどじゃないけど見目もいいの」

「そこは認めます」

「そこは認めるのかよ」


 リラが食い付き、部屋の壁にもたれて静観していたローゼがそっと突っ込んだ。せっかくまとめた説明があまり響いている様子がなく、焦ったユスティーナはとにかく必死に訴えるしかない。


「でも、生まれのせいでずっと下に見られてきた。自業自得の部分もあります。とても、あります。それは分かっています。だけど、王家がヴァスのような人たちに手を差し伸べなかった、その責任も大きいと思うのです。だから……!」

「ユスティーナ様がおっしゃりたいことは、大体分かりました」


 主を軽く制したサラはローゼに視線を向ける。


「ところでローゼ。あなたは敗北したナイン様を見捨て、今さらユスティーナ様の温情にすがりたい……ということで、よろしいですか?」

「手厳しいな、サラ。お前のほうが銀月の君みたいだぜ」


 苦笑いして、ローゼは容赦のない評価を受け入れた。


「否定はしない。そもそも俺は、王家への当てつけで恩人でもあるナイン様に味方した。……逆に言えば、恩人でも当てつけの意味もなけりゃ、味方はしなかっただろう」


 吐き捨てるような口調に、ヴァスがぴくりと反応を示した。


「尊敬できる部分がないわけじゃないが、なにせ被害妄想が激しい。恩を売ったことはいつまでも忘れず、何かにつけて恩着せがましくしてくるが、与えられた恩はすぐ忘れる。人のいいアルウィン陛下と比べる気にもなれねぇ俗物だ」


 仮にも従兄弟である。多少は庇うべきかとユスティーナは考えたが、悲しいことに特に何も出てこなかったので黙っていた。ユスティーナ自身は離宮暮らしに文句はなかったとはいえ、兄と幼い自分の命を狙った上に、兄を臆病者呼ばわりした恨みは忘れていない。


「だが、俺と親父が世話になったのは確かだ。親父も死んじまったし、俺が二人分の恩を返さないとならねえ。そう思って戦いに加わってはみたが、ナイン様はそれで当たり前という態度だった。結果もああだったからな」


 高齢だったこともあり、ダーントはナインが反乱を起こす前に亡くなったとはユスティーナも聞いている。ダーントの分まで、と義理堅い性格の息子が奮起するまではいいとして、その後を台無しにするのがナインなのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る