第29話 お見通し
思い出話に花を咲かせている間に、ヴァスと作った寝床が木々の向こうに見えてきた。
「ローゼ、疲れていませんか。この付近に水場があります」
ヴァスが倒され、ナインの軍が総崩れになった騒ぎに紛れてローゼは今まで身を隠していたのだそうだ。危険な長旅に疲れている幼馴染みに気を遣い、ユスティーナは提案した。
「なんでしたら、まだ新しい猪肉も、あら……? 誰か、来たような……」
ユスティーナの声にヴァスも眼を細め、匂いを嗅ぐようなしぐさをした。太陽と月の加護がなくとも、代わりに持って生まれた獣の勘は鋭い。昨日も猪の接近に、ユスティーナより早く気付いた程だ。
「知った匂いだ。お前の侍女どもではないか?」
「えっ、サラとリラですか? どうしてここに」
意外な答えにユスティーナは慌て、ローゼはそういえば、とつぶやいた。
「山に入る時、人避けに巡らせてあった術を一部だけ破ったからな。うまくやったつもりじゃあったが、王家の術者が使っている術だ。始終見回りもしている。そろそろばれるとは思っていた」
「ローゼ、それは早く言ってください!」
「悪かったよ。だが、なんでそんなに慌てるんだ。どうせ俺のことはあいつらに紹介するんだし、ヴァスのことだって知ってるんだろう?」
ローゼの過去と現在の話を聞くのに夢中になりすぎて、ヴァスの現状を共有することを忘れていたのである。仲良く山籠もりしている姿だけ見れば、彼が離宮に受け入れられていると思われていても無理はなかった。
「大変、ヴァス、すぐ猫になって!」
込み入った事情を説明している時間も技能もない。ユスティーナが簡潔に頼むと、ローゼは訝しそうな表情をした。
「は? 猫? ヴァスお前、猫なんかになれるのかよ」
「もどきだ、猫ではない!」
「あら、ローゼ、あなたは知らないの?」
同じ軍で戦っていたのだ。ローゼもヴァスの能力を知っているものと考えていたが、さらによく考えれば、互いに密偵を放ち合っていたのだ。ヴァスが日常的に猫になっていれば、その情報は国王軍にも入ってきていただろう。奥の手として取っておいたからこそ、ヴァスは生きてユスティーナに復讐しに来ることができたのだ。
そうやって余計な言い合いをしている間に、サラとリラはみるみる近付いてきて、三人の前に現れた。
「誰かと思えば、やはりローゼですか……!」
「へえ、ちょっと薄汚れてるけど、やっぱりかっこいいじゃない」
銀月の君の警備も兼ねているサラとリラは探査の術も多少は心得があり、ローゼとも面識がある。ユスティーナを恨み、ナインに従った彼の気配だと察した上で来たようだ。サラの目付きは険しく、リラも口ではローゼの容姿を褒めながらも手にした弓を降ろさない。
「それに、あなた……やはりヴァス、ですか」
「その服装も割と似合うなぁ、本当に顔だけはいいのよねえ……」
ユスティーナはヴァスを背に隠そうとしたが、自分より大きな男にそんな真似をしても無駄である。最悪の場合、侍女たちにはちょっとだけ気を失ってもらおうかとも考えたが、どうも反応がおかしい。サラとリラはヴァスの存在を以前から知っていたような口ぶりであり、ヴァスもまた、今からでも猫になって逃げるような素振りを見せなかった。
「二人とも……猫さんがヴァスだと、気付いていたの?」
「ええ。だってたまに、ユスティーナ様がヴァス、と話しかけていましたし。見た目も誰かさんを思わせる姿ですしね」
「あっ」
事もなげな返答にユスティーナは一声上げて固まった。ヴァスは長めの髪をかき上げ、意味ありげな視線を侍女たちに送る。
「……泳がされている気はしていた。何度か夜の見回りに来たこともあっただろう」
「あなたは寝たふりをしていましたけどね」
そしてユスティーナは大変よく寝ていたのだった。無言で顔を覆う彼女にリラとヴァスが追い打ちをかけてくる。
「まさか、とは正直思ってたけど、変な猫が来た途端にユスティーナ様の様子が劇的に変わったんだもの。何かある、とは考えますよ」
「お前は本当に、適当にごまかすのが下手だな……」
「うう……ごめんなさい……やせます、もっとやせますから……」
混乱したユスティーナがせめてと誓うのを放置して、ヴァスは探るようにリラを見た。
「その様子だと、オレのことを国王陛下に告げ口する気はなさそうだな」
「あなたのほうも、ユスティーナ様を害する気はなさそうですね」
答えたのはサラだが気持ちはリラも同じようだ。見えない火花がばちばちと双子とヴァスの間で飛び交う。やせたら殺されます、と言える空気ではなく、ユスティーナはひとまず口をつぐんでいた。
代わりに口を挟んできたのはローゼである。
「俺も今さら、こいつに何かする気はないぜ。ナイン様が負けて、俺の気も晴れた。ここに来たのは、正直な話行き場がないからだ。それに……またお前たちと一緒に離宮で働きたいんだよ、サラ、リラ。馬の扱いなら、ちょっとは自信があるぜ」
懐かしさを込めて語るローゼに、サラも少し表情を緩めた。
「……そうですか。信じたいところですが……」
「そうね。いい男は何人いてもいいし」
ローゼは双子たちにとっても幼馴染みのようなものなのだ。雰囲気が和んだのを見計らって、ユスティーナは提案した。
「とりあえず、離宮に戻りましょう。サラ、ヴァスは猫になっていたほうがいい?」
「……それがよろしいでしょう。私たちとマリエル以外は、おそらくまだこいつの正体に気付いていませんので」
「そう……マリエルも知ってるの……」
顔を合わせている時間が多い侍女たちが違和感を覚えるのは仕方がないにせよ、初日以外はヴァスとそう触れ合ったわけでもないマリエルまで承知で知らんふりとは。隠し事をされているのはユスティーナのほうだったのである。
情けなさは覚えたが、ローゼまで戻ってくれた現在、ヴァスの存在を隠し通せる演技力が自分にないのは承知している。開き直ったユスティーナの横で猫の姿を取ったヴァスを、ローゼが物珍しそうに眺めていた。
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