第3話 電脳虎猫

 生徒を一人片付けた後、俺は残りの道を飛んで行こうと飛行能力を発動させる。

 俺の体内には、というよりこの世界に住む人間達に共通して存在する力がある。それが、「神通力」だ。血液と同じ様に流れている力で年齢や性別で左右される事のない力みたいだ。これは生まれ持った特性になるらしい。流れる神通力が少ない両親から子供が産まれても、その子供が親を超える可能性もあるという事だ。

 この力は人の心の器によって変化するようだ。浅くて高さのない平べったい器なら溜めておける力もそれほどない。だが深くて高さのある器なら溜めておける力も多くなりそれだけ巨大な力が使えるという事になる。

 そして、この世界を面白おかしく見ている魔王様には器こそあるもののその深さは計測不能、俺自身が身を持って体感している。

 神通力を使う際、本来なら同時に魔力を消費する。だが魔王クラスともなれば消費しているのかどうかさえ謎だ。身体は傷付かないし攻撃力さえ計測不能、力加減が難しくなるだろう。もしかすると、触れただけで相手を吹っ飛ばす、なんて事もありえない話ではない。


 暫く飛行していると荒野の終わりが見え、建物が並ぶ町らしき場所が目に入る。結構栄えた町のようだ。俺は途中で荒野に降りて歩く事にした。

 データで町を確認する。


「イリスタン、か。兄弟国にイリスタンプール、こっちは港町……へぇ、イリスタンは第二の都市……結構交易が盛んなんだな。輸出入国家、全国の選りすぐった一級品が手に入る町、楽しそうじゃん」


 俺は期待に胸を膨らませる。この町で珍しいものを手に入れるチャンスだ。と言っても金がある訳じゃない、いくら魔王クラスとはいえ、只で物が手に入るなんて都合の良い話にはならない。金は必要だ、作らなければ……そうでもしないと、武器や防具を買えない。飯だってそうだ。寝る場所だって必要になる。寝る所は宿屋になるだろう。


「意外と問題が多いな……」


 そんなことを思っている間に、イリスタンへたどり着く。交易が盛んだと言うだけあって、町は賑やかだ。それにゲームの世界で着るような服装をしている。日本、というか俺の住む世界では見かけない。中世時代ぐらいの服装だろうか、たぶんその辺りが最も近い服装になる。

 四方に目を向けると本当に色々売っている。荒野から一番近い商店は瓶に入った液体が売られてある。右から透明、青、赤、黄色、緑、紫色の順に並びその下に書かれた数字は恐らく金額だろう。そのほかにも見本として葉に包まれた粉が売り出されている。もしかしてこれ、ポーションか。粉薬の方は薬草を乾燥させたものとか、毒消しやそう言ったものの可能性がある。

 そんな商店の反対側の店には瓶で売られた木の実? のような固形物がいくつか入ったものが売られている。見た目はクルミとかどんぐり? みたいな見知った形をしてはいるが……。


「何に使うものか分からないな……。金もないし今は見て回るだけにするか」


 行き交う人々、威勢のいい掛け声、呼び込む声、色々聞こえてくる。そんな彼らの話す言葉は日本語にも英語にも似つかない言語だ。だけど人の表情や態度でどんな内容を話しているのか、ぐらいの想像はつく。値切り交渉をしているような子連れの女性もいるし、店主はまるで一本取られたみたいな顔で笑ってサービスする人もいる。

 この町はとても明るく活気のあるいい所だ。人の顔が楽しげで生き生きしている、生きているこの瞬間を全力で楽しんでいる様子が俺の体全体に突き抜けるように伝わってくる。

 毎日の仕事に嫌気を感じる憂鬱な顔をしている人はいない。みんなが、今を、楽しんでいる。


「見てるだけで楽しくなるな。日本とはえらい違いだな」


 見て歩くだけで楽しい、空は高く青空で風が気持ちいい、美味しそうな匂いもする。祭りみたいだ、色鮮やかなケーキや巨大な肉巻き、虹色のキャンディー、ここは、楽しい!


 気分よく歩いていると、突然露店と露店の間に町に不釣り合いな扉が現れる。鉄製だ、ドアノブにプレートが掛けられている。開いているのか閉まっているのか分からない。

 窓がある様子もないし、明るい町とは逆に薄暗さを感じる。


――なんだろう、気になる……。


 俺はドアノブに手を掛けた。下へおろしそっと押し開ける。不気味なぐらい音のしないドア、足を踏み入れそのまま扉を閉める。灯りは壁にあるろうそくだけだ。


「なんだ、ここ……」

「よーこそ!! 不思議の館へ!」

「うわあ!!!!」


 目の前に現れた得体の知れない影に大声をあげてしまう。ゲラゲラと笑う声が聞こえ、部屋が少しだけ明るくなる。そこに居たのは、シルクハットを被った中年の男だ。ふくよかな体系にパツパツのスーツ、首元には蝶ネクタイがしてある。


「いやはや、お客が来るとは思わなかったので気分が上がりまして」

「そ、そう……ですか。あの、日本語話せるんですか」

「おや、私のを日本語というあなたは、もしや異世界から来た人間ですか」


 口元はにんまり笑っている、だけど目が笑っていない。俺は遠慮気味に頷く。


「ほお、そうですか。それは何とも奇妙で素晴らしい出会い、まさかこの国で40年ぶりに我が母国の者と再会できる日が来るとは夢にも思いませんでした」

「母国? あんた、何者だ……」

「まあそう身構えずに。私は怪しい者ではありません。どうですか、せっかくいらしたのですから私の自慢の商品達をご覧になってみては?」


 どこか怪しげな笑い、どう見ても怪しい。


「……強引な押し売りなどしませんから。どうです?」

「な、なら……少しだけ」

「はい、どうぞどうぞ。商品は奥にございますから、足元暗いので気を付けてくださいね」


 そう言われ俺は頼りない店内の灯りが床に落とす店主の影を追う。狭い通路だ、まるでガラクタ置き場で時折通り道にはみ出た物体に足をぶつけたり肩をぶつけたりしながら必死に追いかける。俺より明らかに体格はあるのにこの人は物体を避けない、だがぶつかってる素振りはない。

 不思議だと思っていると再び現れた扉を店主とくぐる。同時に鳴き声が聞こえる、獣の臭いだ。


「おい、ここって……」

「はい。他国で生まれた珍しい動物の赤ん坊を引き取り売っています。ああ、ちゃんと許可は取ってありますから。私の店は一級品ばかり、滅多に手に入らない動物が勢ぞろいです。まあ、珍しいが故に育成は困難、赤ん坊だと甘く見ているとその血肉を食われ髄まで啜られる可能性もありますから、選別は慎重になさってください」


 そんな説明の後、店の灯りがつけられる。


「な、なんだこいつら……」

「珍しいでしょう。日本、いやあちらの世界ではお目に掛れない子達ばかりですよ。それこそ、伝説上の生き物である朱雀、玄武、青龍、白虎、それに加え麒麟の子もいます。彼らは千年に一度灰になる。そしてその灰から再び生まれるのです。その瞬間を私は35年待ちました。成長は人に比べとても遅いです。なので今はまだ目も開かぬ赤子です」


 檻に入れられた動物達、こんなの見た事がない。犬や猫とはわけが違う。


「他にもいますから、どうぞお好きに見て回っていただいて結構ですよ」


 俺は店主を一瞥して歩き回る。

 透き通った体をしている羽の生えた人型の生き物、体の表面が淡い白でぽわぽわ光っている。俺が近寄ると傍によって来て首を傾げている。可愛い、撫でようと指先を入れる。


「ああ、そうです。檻の中に指は絶対入れないで下さいね。嚙み千切られますよ」

「えっ?」


 その言葉と同時に檻を見ると、可愛い顔した妖精みたいな生き物が鋭い牙剝き出しで指に噛みつこうとしている、咄嗟に指を引っ込めると、ガチンと鉄同士がぶつかるような音がした。


「ここにいる子達は全員、基本的に私達人間をとして見ているので。目も開かぬ赤子なら目を開けた時最初に見たものを親と認識します。刻印付けとも呼ばれるものです」

「そ、そうですか」


 俺はあまりの衝撃に驚きを隠せなかった。さっき指を食おうとした妖精は檻の中でパタパタと飛び回り俺に小さな小さな手を伸ばしている。あの化け物じみた顔を見なかったら可愛いだけで済んでいただろう……。


「如何です? 私のコレクションは。もしお気に召した子がいれば差し上げますよ」

「え、ただで?」

「まさか。それなりにお代は頂きますよ、もちろん。命を削る思いで仕入れていますから、お代金は頂きませんとね」


 ある程度見まわし歩き回ってみてもみんな目が開いた子供ばかりだ。無邪気そうに見えて食い殺されてしまうのはちょっと……。


「……ありがとうございます。見せてもらって。そろそろ――」


――グゥルルルル……


 低く唸る鳴き声、なんだ。

 その声は俺が今いる部屋からではなく、その奥にある封鎖された部屋から聞こえてくる。


「おい、店主……この鳴き声……」

「目覚めてしまったか。この鳴き声は……この世でたった一匹のみ、人間に親を殺された動物の赤子です。だが人間がたいそう嫌いで檻を壊してはお客を食い殺し、私さえも食べようとした。だから封印していたのですが……封印を、解いてしまったようです……」


 ビリッと走る緊張感、何かが来る。


「この部屋の向こうに何がいるんだ、教えろ」

「……電脳虎猫コードタイガーです。知識がとても高く、一度覚えた臭い姿、形場所全てを記憶する力があります。味方にすれば心強い、ですが敵だと――」


――バコン!!!

「っ!!!」

「確実に狙った獲物を食い殺します」


 扉が破られた。白い靄が充満する、獣の臭いが混じっている。これは力が具現化しているらしい。溢れ出る力が体内にしまい込めずにいるんだ。姿が見えない、どこにいる。


「グゥルルルル……ガオォォォ!!!」


 叫ぶ声と共に黒くてすばしっこい影がこっちに迫ってくる。


「お下がりください。責任者として私が鎮めます!」

「お、おっさん、大丈夫なのかよ!?」


 そんなやり取りも長くは続かない、飛び出した影はまっすぐこっちに来た。そして、ガチンと歯を鳴らす音と共に、店主が取った手袋、手から発射された黄色い光、俺も目が眩む。一瞬目を閉じた、だが次に開けた時には、目の前の店主は頭から血を流し、その体制を崩していた。

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