第8話

 別所さんは結局3日目に病状が安定して、2週間入院してようやく復活した。その間、僕と別所さんのお母さんが交代でお見舞いというか、世話というか、見張りをした。下手したら、病院を抜け出してまた土手に行くんじゃないかと、お母さんと笑って話した。

 5日目に別所さんは鼻に付けてたチューブが取れたので、会話をすることができた。

「別所さん、どこに行ってたの?心配したよ」

「うん。ありがとう。ごめんね。よくわたしを見つけたねぇ」

「そうなんだよ。なんかね、土手が教えてくれた感じだった。そうとしか思えないことがいくつか起きたよ」

「冷たい土手が、なんかすごく素敵だったの。ちょっと興奮して、いつの間にかこうなってましたよ?」

「危ないなぁ。ほんとに、これからは僕も気をつけるよ」

「そうだよ。気をつけてね。うそ。ごめんなさい。でもねわたし、またやるかもしれないよ」

「僕もそう思うよ」

 価値の基準が近い人と話をするのは面白い。命や、人生の価値は重いとして、その重さをどのように評価するかで、見えてくるものや、感じられることが変わってくると思う。僕らはそれらを決して軽率に扱っているわけではない。むしろ大切にしすぎるせいで、生活に支障をきたしているような気がするのだけれど。

 クリスマスイブに学校が冬休みに入って、終業式の後、僕は別所さんとお散歩した。荒川をずっと歩いて、海が見えるところまで行った。デートだ。別所さんはそう思ってないだろうけど。しっかり厚着をして、僕らは東京湾に面した公園まで3時間ほど歩いた。

「ごめんね」

 別所さんがぽつりと言った。

「まだ告白してないよ」

 違うよ!と笑って言って、別所さんが真剣な顔になった。

「わたしは、やっぱり川の向こう側が気になるの。そういう役割なんだよ。ちょっと場所と時代が失敗している感じだけど。それでね、わたしはもう片足を突っ込んでいるからいいの。しょうがないというか」

 なんか涙が出そうになったので、空を見上げた。

「鈴木君は、川のこちら側で、私が片足を突っ込んでいるのを見ている人でしょう?それってけっこう辛いことだと思うの。狭間にいる人が一番大変なんだよ。なんかね、わたしは鈴木君をそのギリギリのところに連れてきてしまった気がする。だから、ごめんね」

 話が抽象的で、イメージがダイレクトに伝わってくる。これが僕らの会話だ。

「いいんだ。僕も、役割だと思ってるんだ。僕は僕で、行けるところまで行くつもりだよ」

 日が暮れて、空が青と黒の間の色になったとき、海の香りがする土手の端っこで、別所さんがこちらを振り返って手を振った。そのシルエットがとても美しくて、僕はその風景を一生忘れないだろうなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

土手はさみしい ぺしみん @pessimin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ