第7話 お前らは、知らないだけだ




「……まだまだ。ここからでしょう? 

 洒落た逢瀬デートには、剣舞ダンスが似合うと思うのですが……、

 ――いかかがでしょう?」



逢瀬デート……か。

 いいや違うな。その身を刻んで教えてやろう。


 これは――調教しはいだ」




 ついに始まったソルティルとの戦い。


 彼女が放つ強烈な雷撃をくぐり抜けて、剣の間合いへ持ち込んだのだが…………。


 だが……!

 それなのに……!!!!




「……この期に及んで、まだ焦らしますか!?」


 鍔迫り合いながら、思わず不満を素直に吐き出してしまった。



 ソルティルが抜いたのは、世界に7つのSランク神器グレイスレイヴ……ではない。



 《グレイスレイヴ》は、簡単には使わない。

 大抵の相手は、サブの剣で済ませる。


 サブとはいっても、Aランクの剣だ。

 大半の冒険者が、生涯通しても羨望し続け、それでも手に入らない程のレア武器だ。



 ―――それでも、俺が怯む理由になどならない。


 Aランク? それがどうした。




 主人公・グリスニルは、世界に『七つ』どころか、

 『唯一』の頂点であるラスボスを超えなければいならない。




 俺は、今ここで、《グレイスレイヴ》を抜いたソルティルを倒すつもりだ。


 であれば当然、ソルティルにとって、『大抵の相手』で留まっている場合ではない。




「不満ならば、使わせてみろ……それに足る、剣腕を見せてな」


「……言われずとも、ナメてくれた代償は払ってもらいますよ」




 剣戟が、幕を開けた。

 

 奏でられる鋼の調べ。

 繚乱に咲く雷撃と、それを引き裂く銀閃。


 



 ――――その時、観客席で、誰かが呟いた。


「すげえ……」


 波紋のように、感嘆の声が、広がる。


「なんだよ、これ……」「《ブランク》、なのか、あれが?」

「ソルティル様と……戦えてる」


「《神器》使い以外で、ソルティル様と剣を交えるなんて……そんなことありえるのか……!?」





 

 俺は思う。

 あえりない、ことだろう。


 でも、当然のことなんだ。

 グリスニルは、ずっと努力してきた。

 才能がなくても、差別されても、バカにされても、無理だと言われても……。

 ずっと、ずっと、努力してきた。

 

 ゲームでプレイヤーは、その姿を見せつけられる。

 

 自分が、コントローラーを握って。

 

 前に、進まないと。


 主人公は――グリスニルは、バカにされたまま、画面の中で、立ち尽くしてる。


 ――――そんなのは、絶対に許せない。


 

 観客のやつらに、思う。

 バカにしてきたやつらに、思う。

 お前はただ、見てなかっただけだ。

 それだけのことだ。

 俺は見てきた。

 知っている。


 グリスニルの剣は、お前らが知る前から、ずっと、確かに、あったんだ。



 俺は、知っている。

 だから――――負けない。








 

 ソルティルが、大きく剣を振り上げた。


 渾身の一撃が、来る。




 グリスとソルティルでは、根本的に魔力量にあまりに差がある。


 ソルティルの莫大な魔力を込めた一撃を、グリスはまともに受けることはできないのだ。


 真正面から受けてしまえば最後――間違いなく、彼の刀は破壊される。






「――――砕け散れ」


 冷然と、ソルティルは言う。



 その刀も、


 その蛮勇も、


 その一切を破壊する――



 そんな想いを込められているようだ。

 

 そして――ソルティルは、剣を振り下ろした。





 対して俺は、その剣を、余さず捉えていた。




 振り下ろされてくる剣の軌道。


 そこに対して、刀を添える。


 剣と、刀が触れる。



 手に、力が伝わる――同時、その力の方向性を捉え、捻じ曲げる。




 力の加減、力を入れる向き、タイミング――何か一つを、少しでも誤れば、簡単に押し負けていただろう。





 相手の攻撃を受け止め受け流すスキル――――《流水》。




 スキルには、レベルがある。

 同じ技術でも、その練度次第ではまるで別物になっていく。


 例えば、スキルレベル1の《流水》ならば、同格の相手の攻撃しか受け流せないだろう。

 同じ人間同士。

 同じくらいの、剣の腕を競う時くらいでしか使えない。


 では、スキルレベル10の《流水》ならばどうか?


 竜だろうが、巨人だろうが、人外の膂力の一撃すら、受け流すことができる。

 

 そして、ソルティルの膂力は当然、人外の域だ。



 《流水》の真髄を思う。

 グリスニルには、剣の師匠がいる。

 

 その師からの教えを、思う。



 ――――激流を受け止めるのではなく、


 激流を――――、乗りこなす感覚。




 軌道をコントロールされたソルティルの剣は、

 その勢いそのままに、石畳の床を叩き、切っ先を深く沈めてしまう。


 ――俺は、そこを見逃さない。


 床に切り込んでしまっている剣に対し、素早く側面から刀で衝撃を加える。


 それだけで、いとも容易く、剣は粉々に砕け散った。



「《ブランク》は……今、なにしたんだ!!!?」

「何が起きてる!?」

「押されてるのか……、ソルティル様が……!!!?」


 口々に、驚愕を叫ぶ観客達。



 まだまだこんなもんじゃないさ。

 Aランクの剣をへし折ったくらい、どうってことないんだ。


 ――――だってこれから、ソルティルを倒すんだから。




「どうやら、砕け散ったのはそちらだったみたいですね」



 さらに、刀を振り上げ追撃を加えようとした瞬間――バチィ! と雷撃が弾けて、ソルが大きく後方へ跳んでいた。


 自身の体に《雷》の魔力を流すことで、身体能力を引き上げたのだ。





「……なるほど。私は、礼を失していたようだな」


 折れた剣の柄を掲げて、その砕けた刃を見つめながら、ソルは言った。




ソルティルは、握っていた剣を無造作に投げ捨てる。


 かぁ――ん……、と。虚しい金属音を立てながら、床を滑る剣。



 そして、ついに―――。


 ソルティルは、世界に七つの神器へと、その手をかけた。




 その時、彼女は何を思うのか――――。



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