第8話 あなただけを、求め続けて




 ――――ソルティルは、へし折られた剣を見つめながら、思う。





【SIDE:ソルティル】





 ――まだ、満足に剣も振るえなかったあの頃。

 

 私は、世界の全てを斬れると思っていた。


 誰に負けないと、思っていた。




 ソルティル・ヴィングトールには、何度も思い返す過去がある。



 まだ7歳の頃だ。



 小さな町での、武闘大会。


 子供の部で、年齢制限は勇者学園に入学できる15歳以下。


 この年代だと、満足に魔術も使えない者同士の、シンプルな剣比べになることがほとんど。


 だからソルティルは、たった七歳でありながら、倍も生きてる14歳の相手すら、軽くあしらってしまう。


 雷撃を浴びせるような『大人げない』マネはしない。


 ただ踏み込み、木剣で軽く撫でてやれば、それで終わり。




 ――――退屈。


 心底、そう思った。




 ソルティルには、夢がある。


 世界を救い、世界を変えるという、大きな夢が。


 そのためには早く大人にならなければいけない。



 だというのに。




 こんなにも選ばれた、勇者の力を持つ自分でさえ、すぐに大人になることはできない。



 つまらない!

 つまらない!

 つまらない!


 つまんないつまんないつまんない!


 そう、思っていた瞬間だった。




 なにやら周囲がざわついている。


 どうやら、次の対戦相手は、ソルティルと同じ7歳の子供のようだ。


 どこか頼りない、貧弱そうな少年。


 ソルティルの最初の印象は、それだった。


 だから彼女は、その時は予想できなかった。



 ――――この少年が、自分の運命の相手なのだと。





「おまえ……名前は?」


 気まぐれに、ソルティルは問う。

 本当は、相手に興味なんかないのに。

 

 どうせ、ザコでしょ。



「あー、えっと……? グリ……、あっ……ダメだ。


 ニール! ニールです!」




「ふぅん……?」




 ニール。

 はぁ? それだけ?


 家名も名乗らない。

 七家でもない。

 七家の下についている家でもない。


 つまり、どことも知れない、誇りもない弱者。


 本当に、弱そうだ。


 魔力も感じない。





 ソルティルは、『ニール』を――『グリスニル』を、ナメていた。


 ――――そして、完膚なきまでに敗北した。





 ありえない!?

 どうして!?

 おかしい! ズルしてる!

 ヴィングトールの、この私が!!?

 世界を救う勇者様になる、この私が!!

 おかしい悔しいズルいズルいズルいズルいズルいズルいなんでムカつく許せない許せない、おかしいズルい…………おかしい!!!

 

 私が、負けるわけないのに!!!!



 悔しかった。


 でも、それ以上に………………。



 ――ソルティルの退屈は、ニールという少年が壊してくれた。







 それから、


 彼とは、たくさんの冒険をした。




 大人に知られたら怒られるような、危険なダンジョンにも行った。


 二人なら、無敵だった。




 あの日々は今も、ソルティルの中に宝石のように損なえない輝きを放っている。


 だが、ソルティルはその輝きを胸の奥へしまい込んでいる。




 誓ったのだ。


 彼のような――ニールのような、強い人間になると。


 そのためにすべきことは、ニールとの思い出に浸ることではない。




 過去を想うのではなく、未来を想うことが、彼のようになることなのだ。


 次にニールに会う時、今よりもずっと強く、彼に相応しい人間になる。


 七つの頃のソルティルは、そう誓って、ニールとの思い出を胸の奥に封じた。





 ◆





【SIDE:グリスニル/来栖ルイ】




「……そろそろ、わかってくれたか?

 

 …………なあ、ソル」



 俺は、彼女以外には聞こえない程の声で、その名を呼んだ。





 そう。

 グリスニルと、ソルティルは、過去に会っているのだ。


 だが、本来のシナリオでは、すれ違いが続いて、この事実にソルティルが気づくのが大きく遅れる。

 これも悲劇の原因だろう。

 

 だから、ここをズラす。


 シナリオ中、何度も思った! 

 は、や、く、き、づ、けぇ~~~~~……!!!! と、もどかしかった。

 

 だから、それを、ブチ壊す。

 あのモヤモヤした日々の全てを、今ここで精算させてもらう!!





「ああ……貴様は……。

 グリスニル……。

 ニール……。

 ああ……!

 貴様は、我が《グレイスレヴ》を抜くに相応しい……!!」



「――あー、待った」



「…………なんだ?」


 言葉を遮られ、一瞬、きょとんとした顔になるソルティル。

 かわいい。

 いつも険しい顔をしてるので。


 少し、昔に戻ってる気がする。

 

 成長した体。

 誰もが羨むスタイル。美しい金糸の髪。

 身にまとう、《七家》だけの特別な純白の制服。

 

 見た目は、あの頃と違うところだらけでも。

 

 表情や、声音や、剣筋が、どこか懐かしい。




「ソル……、もうその仰々しい喋り方やめないか?」


「……は?」




「そろそろ俺のことを認めてくれてもよくないか? 

 俺は……、ソルと、また昔みたいに、もう少し気安い関係でいたいんだが……」



「貴様……、何を……」




「それ! それだよ!

 ソル……昔は『貴様』じゃなくて、『お前』だったし!

 『ニール』って呼んでくれてたろ? 

 あの頃は偽名だったけど、今はもう素性を隠す必要もないし……。

 今は、親しい人には、『グリス』って呼ばれてるんだ。

 だから、ソルも……」


 あー、ヤバい。

 観客にバレるかな?


 いいか、別に。

 このシナリオ改変の影響がどう出るか、読めなくなるかも?

 

 構わねえ、突き進もう!!

 ……いや待て?

 

 エイルにバレたら……マジでヤバイ。

 たぶん、すごい、キレる。

 

 ここでもう『修羅場ルート』か?

 エイルがブチギレて、殺し合い発生か!?


 …………わからん!

 誤魔化せるか!?


 いいや、構わねえ!

 その場のテンションで突き進もう!!!





「きさっ、貴様……、おま……おま、きさ……おままっ……」


 なにやら、ソルティルがぶっ壊れている。

 どうした?




「…………おまま?」




 ソルの反応は、未知の領域へ突入している。




「貴様は……っ、私が、今、どんな想いで……っ! 離れている間、ずっと、どんな想いでいたと……」



「そ、それは……」




 離れている間……。

 これはシナリオでも存在した要素だ。

 

 ソルティルとグリスは離れている間、ソルティルはずっと辛い想いをしてきた。


 ヴィングトール家の非道な実験。

 《グレイスレイヴ》の使い手としての重責。


 誰も、彼女を救うことはできなかった。



 ソルティルが辛い時、どれだけ『ニール』を求めても、『ニール』が彼女を助けることはなかった。



 ソルティルだって、『ニール』=グリスにも事情があったことは理解している。




 わかった上で、八つ当たりをしてしまう程、ソルティルは『ニール』が好きで、甘えてしまう、弱さを見せられる相手なのだ。






「私に指図をするならば、言葉ではなく剣でしなければならないことはわかっているだろう!?

 ……さあ、ここからが本番だ!

 グリスニル……私は貴様に山ほど言いたいことがある。


 ある、が……それらは全て剣に乗せ、貴様を刻んで伝えると決めているッッッ!!」






 つまり、だ――ソルティル語を、翻訳すると、こうなる。





 『離れている間、ずっと寂しかったので、私はとても怒っている。

 ずっとずっと寂しかった。

 それなのに、喋り方をバカにされて、さらにムカついた。

 この喋り方は、《勇者》としての振る舞いなのに。

 本当に、ムカついた。


 ――――もう貴様を斬る』

 



 ……というわけだ。






 そして、ついに――ソルティルは、七つの頂点が一つ、《グレイスレイヴ》を抜き放った。



 さあ、ここからだ。

 

 言うならばボスの第二形態。


 

 ゲームシナリオで、《神器》を抜いたソルティルと戦えるのは、他のパーティーメンバーが加入し、仲間や装備が充実した6章。


 わりと終盤。

 ……ソルティル、最後にパーティーに加入する頼もしいやつ、ってポジションだし。

 ずっと敵だったやつが、ついに仲間に……!! のやつだし……。


 でも、関係ねえ!!


 それじゃあ遅すぎる!!


 今日、ここで、最終加入キャラだろうが、倒して、仲間にする!!



 ――――それが俺の、推しへの愛の証明だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る