第25話

「少し、一人で考えたいことがある」


 城ヶ崎にそう言われて、わたしはやむなく彼の部屋を後にした。

 本音を言えば、このまま明日の朝まで城ヶ崎と一緒にいれば安全だと考えていたので、その当てが外れた格好だ。


 城ヶ崎は隠し通路の存在に懐疑的だったが、わたしはまだその考えを諦め切れずにいた。

 捨て切れなかった。

 それはわたしの願望を多分に含んでいる。

 わたしは今すぐにでもここから脱出することを望んでいるのだ。


 一先ず自分の部屋に戻り、ベッドの上に倒れ込んだ。

 烏丸、不破の両名は共に生きたまま自室で首を切断されて殺されていた。


 首は部屋の外に放置されており、その首で部屋の顔認証システムをパスしたことから、殺されたのが烏丸と不破本人であることに疑いの余地はない。また部屋中に飛び散った血液の勢いと量から、犯人が首を切り落としたのは被害者の部屋の中であることも間違いなさそうだ。


 どちらの死体にも争ったような形跡はなく、首の切断面の他に目立った外傷もない。

 二つの殺人事件を要約すると、まァこんなところだろう。


 不破の事件については、これにもう一つだけ付け加える項目がある。

 それは、犯人はどうやって不破の部屋に入ることが出来たのかという問題だ。


 殺されることを受け入れていた烏丸は兎も角、自分が狙われることを警戒していたであろう不破が、果たして犯人を部屋に上げるような失敗をするだろうか?


 可能性がありそうなのは、扉が開いて閉まるまでの五秒間の隙を突かれた場合だ。

 不破が顔認証システムをパスして部屋の扉を開けた後、滑り込むように部屋の中に侵入すればいい。

 この方法なら犯人が不破の部屋に侵入することは、一応可能だ。


 しかし、同時に新たな疑問も生じる。

 不破の死体には争った形跡がなかった。

 つまり犯人は五秒の間に部屋に入り、不意打ちの形で不破を殺害したということだ。


 ――まさに早業である。

 それではあまりにもギャンブルの要素が大き過ぎる。

 不破への不意打ちに失敗すれば、部屋や身体に争った形跡が残るだけでなく、最悪返り討ちにあうリスクだってあったのだ。


 第一、自分の部屋に侵入した犯人の姿を不破程の実力者が見逃すとは思えない。不破にそんな隙はないと考える方が現実的だ。


「…………」

 どうにも思考が迂遠うえん過ぎる。

 如何にして不破に不意の一撃を与えるか?

 その答えなら既に分かり切っているではないか。


 不意打ちは部屋の中ではなく、


 部屋の外なら隠れられる場所も多い。不破が近付いて来たところを待ち伏せ、首の辺りに当て身を食らわせてからなら、被害者の部屋の中にも容易に侵入可能だ。その後、中でゆっくり首を切って殺せばいい。


 他のプレイヤーに犯行を目撃されるリスクはどうしても残るが、それでも扉が閉まる五秒の間に不破に気付かれぬよう部屋に滑り込むことに比べれば、まだ成功する確率は高いように思えた。


 そして殺人が日中行われている可能性があることを知った今、昨日のように館内を調べて回る気にはとてもなれなかった。

 次の犠牲者を狙って、犯人が徘徊しているかもしれないのだ。

 館内を単独で行動するのはあまりにも危険過ぎる。


 ――そしてあの雪の上の足跡。


 あの足跡が意味することは一体何か?

 助かる為に、わたしは何をすればいい?


 結局何も分からないまま、時間はゆっくりと流れていく。


     ※


 そして翌朝、また新たな死体が発見されることになる。

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