第24話

 12月27日。

 午前7時15分。


 城ヶ崎の部屋に戻ったわたしと城ケ崎は、さっそく不破殺害について話し合うことにした。


「不破が殺されたことは、オレたちにとって好都合だったのかもな」


「…………」


 城ヶ崎の第一声にわたしはいきなり絶句してしまう。


「不破が犯人でないことは既に分かっていた。その意味でオレたちのアドバンテージは失われたことにはなるが、競争相手として一番厄介だった不破の脱落はオレたちにとって都合のいい展開でもある。天才マジシャンを相手にトリック当ての勝負は正直分が悪いからな。

 加えて、オレたちには烏丸殺しがあった夜のアリバイがある。そしてこのアリバイはオレたち二人しか知らない情報だ。更に、回答権も二人分有している。これらは大きなアドバンテージになる。オレたちがゲームに勝つには、手掛かりを集めながらこの有利を保つことが重要になるだろう」


「…………」

わたしは城ヶ崎のこの発言に少なからず失望した。


 不破の死を喜ぶような言い草にショックを受けたことも事実だが、それよりも城ヶ崎がまだ真相を突き止めていないことに対する落胆の方が大きかった。


 とはいえ、今のわたしには城ヶ崎の他に頼れる人間はいない。

 ならばわたしが見聞きした情報から、城ヶ崎が推理を組み立ててくれることに期待する他ない。


「そう言えば、昨日、不破さんが玄関で何かを探しているのを見かけました。わたしが声をかけると慌てて立ち去りましたけど」


 不破がしゃがみ込んでいたのは、ちょうどファラリスの牡牛の正面だった。

 本人はコンタクトレンズを落としたのだと言っていたが、あのときの不破は明らかに挙動不審だった。


 不破はあそこで一体何をしていたのか?


「ああ、不破が探していたのは多分これだろう」


 そう言って、城ヶ崎が溜息混じりにスーツの内ポケットから取り出したのは黄色い蛇である。


「きゃあ!」

 爬虫はちゅう類が苦手なわたしは思わず悲鳴を上げてしまう。


「大丈夫だ、もう死んでいる」


「え?」


 城ケ崎の言葉通り、蛇はロープのように垂れるだけで少しも動こうとしない。

 体長一メートル程の錦蛇にしきへびだ。


「昨日、館内を歩いていて偶然これを見つけた。恐らく、深夜に館内を満たす毒ガスの有無を確認する為に放ったのだろう」


 なるほど。

 確かに午後11時以降に毒ガスが館内を満たすというのは烏丸がそう説明しただけで、実際にそんな仕掛けが用意されているとは限らない。毒ガスが嘘なら、また違った生き残る方法があるかもしれない。


「でも、どうしてそれが不破さんの蛇だと?」


「まァ見ていろ」

 城ヶ崎は左手で蛇の頭を掴むと、右手に持ったナイフで蛇の腹を引き裂いた。


「ひッ!」


 血や内臓に紛れて出てきたのは、赤身の刺身に米。

 紛れもなく一昨日の寿司だ。


 不破は服の下に忍ばせた蛇に寿司を飲み込ませていたのだ。

 マジシャンである不破なら、常に手品のタネを身につけていたとしても不自然ではないだろう。


「今更不破が寿司を消したトリックを暴いたところで、何がどうなるものでもない。この蛇からオレたちが得られた情報は、夜間の毒ガスは間違いなく存在するということくらいのものだな」


 予想はしていたが、やはり有力な手掛かりにはならなかった。

 城ヶ崎が解けない謎にわたし如きが挑もうだなんて、土台無理な話だったのだ。


「…………」


 否、待てよ。

 わたしは今まで何故こんな大事なことを忘れていたのだろうか?


「先生。今朝わたし、大変なものを見つけてしまったんです」


 わたしは城ヶ崎に今朝見つけた、雪の上にあった何者かの足跡のことを話した。


「ほゥ。詳しく聞かせろ」

 城ケ崎の姿勢がやや前のめりになる。


どうやらこれにはかなり興味を惹かれた様子だ。

 これはイケるかもしれない。


「それが、足跡が館をぐるりと一周するように続いていまして……」


 そこでわたしは、はたと思いつく。

 館の周辺に足跡があったということは、当然実際に館の外を歩いた人間がいたということだ。

 つまり、館から外に出入りする方法があるということではないのか?


「先生、やはりこの残酷館には外に通じる隠し通路があるんですよ! 一見しただけでは分からないように、巧妙に隠されているんです!」


「……ふむ」

 しかし、城ヶ崎の反応は鈍い。


 わたしは興奮したまま、構わず続ける。


「つまり、犯人はこの隠し通路を使って外に出たんです!」


 そしてあの足跡の主として考えられるのは、犯人=館の主人の他にいない。館の主人なら壁や扉に自由に細工することだって出来ただろう。


「それはどうだろうな」

 城ヶ崎はそこでピンと人差し指を立てる。


「もし仮にお前の言う、外に通じる隠し通路なるものがこの館に存在するとして、それが館の中の殺人とどう繋がる?」


「えーと、それは……」

 改めて問われると返答にきゅうする。


「……そ、それはですね、例えば犯人は推理ゲームの参加者ではなく、外部の人間だという可能性もですね」

 自分でも苦しいとは思いつつも、わたしは推理を語るしかない。


「それはまず有り得ない。ルールの説明のとき、烏丸が犯人はオレたち七人のプレイヤーの中の一人だと明言している。犯人がこのルールを無視するとは考え難い。また同じ理由で、犯人に共犯者がいる可能性も考えなくていいだろう。犯人が探偵の中にいて、単独犯であることは間違いない」


「しかし、烏丸さんが言ったことが本当だという保証はどこにもないですよ。実際、烏丸さんには犯人の息がかかっていた可能性が高いです。先生はそんな人間の言葉を信じるんですか?」


「ああ、信じるね」

 城ヶ崎は事も無げに言う。


「お前の言いたいことは分かる。だがしかし、館の主人が望んでいるのはそんなチャチな勝ち方ではない。この事件の犯人は正々堂々オレたちに謎を解いてみろと言っているんだ。本格推理小説でいうところの、フェアプレイとでも言ったところか」


「フェアプレイ?」


「顔認証システムに深夜の毒ガスといった道具立てにしても、その為に用意したと見るべきだろう。そして、一般的には隠し通路のようなトリックは本格推理小説ではタブーとされている」


 城ケ崎が隠し通路の話に反応しなかったのはこの為だ。


「そんな、これは小説ではなく現実に起きた殺人事件なんですよ!?」

 わたしはそんな城ケ崎の考え方に愕然とする。


 馬鹿げている。

 現実と虚構の区別がついていないのではないか?


「ああ、分かっているとも。ただオレが言いたいのは、ここで行われていることは現実であって現実でないということだ。犯人はオレたちが想像だにしないやり方で殺人を行っている。これは推理というより確信だな。お前の見つけた手掛かりにも、常識では推し量れないような意味が隠されているのだろう」


「…………」


 城ケ崎は表情のない顔をわたしから背けると、再び詰将棋を始めた。

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