第5話

 そこは大きな食堂のようだった。

 長テーブルの周りに椅子がずらりと並んでおり、そこに腰掛けた数名の男女がじっとこちらの様子を窺っていた。


「あんたも呼ばれたのか、喪服探偵さんよ」


 城ヶ崎に最初に声をかけたのは坊主頭に白いスーツを着た、いかにもカタギではなさそうな大男だった。スーツの上からでも筋骨隆々なのが見て取れる。身長は二メートル近くありそうだ。

 街で見かけたら、絶対目を合わせてはいけないタイプの人間だろう。


 しかし、わたしは男の顔から目を逸らすことが出来なかった。

 何故なら、男の左頬の傷に見覚えがあったからだ。


「無頼探偵、鮫島さめじま吾郎ごろう!?」


 わたしが思わずその名を口にすると、男の眼球がギョロリと動く。


「あ? 何だテメェは?」


「わ、わたしは城ヶ崎の助手の鈴村眉美です」

 わたしは早口で自己紹介をする。


「ふん、何だよ、ただの金魚の糞か。雑魚はすっこんでな」

 鮫島は吐き捨てるように言った。


「…………」

 正直悔しい気持ちはあったが、わたしと鮫島との探偵としての功績を比べればそれも仕方がないことだった。

 今のわたしに言い返すだけの資格はない。


 鮫島の探偵としての武器は情報網と暴力である。裏社会のネットワークを駆使してあらゆる情報を集め、荒っぽいやり方で犯人を追い詰めることを得意とする。


「なあ、喪服の旦那よ」

 鮫島の視線は再び城ヶ崎に移った。


「暇潰しに俺と賭けをしないか? そうだな、この館の中でこれから何人死ぬか、なんてどうだい? ここは如何にも殺人事件が起きそうな場所だもんなァ」


「気安くオレに話しかけるな」


 城ヶ崎は鮫島を相手にせず、近くの椅子にどっかりと腰を下す。

 無頼探偵を前にしても涼しい顔だ。


 一方、虚仮こけにされた形の鮫島は、顔を真っ赤にして椅子から立ち上がる。


「テメェ、あんまり調子に乗ると二度と表歩けねェ身体にするぞ」


「やってみろ」


 鮫島が城ヶ崎の胸ぐらを乱暴に掴む。

 一触即発だ。


「二人とも、そのへんにしておけ」


 二人の間に割って入ろうとするのは、長い髪をポニーテールにした若い女だ。黒いワンピースに、首には青いマフラーを巻いている。鮫島との身長差は五十センチ以上あるだろう。


 しかしその眼光は若武者のように鋭く、城ヶ崎と鮫島、二人を相手取っても全く臆した様子はない。


「何だァこのアマ。余程死にたいらしいな」

 鮫島の眼球が女の姿を捉える。


「それ以上動くと、斬る」

 女は小さな身体をさらに小さく折り畳むと、腰に下げた刀の柄にゆっくりと手をかけた。


 思い出した。

 あれは剣客探偵こと切石きりいし勇魚いさなの必殺の構えだ。


 切石の武器は文字通り日本刀であるが、真に研ぎ澄まされているのはむしろ彼女の冷静な洞察力の方である。剣術はあくまで犯人に命を狙われたときの自衛の手段であって、切石の探偵としての真価は別のところにある。


 しかし真相をいち早く見抜いてしまう特性上、探偵が犯人から命を狙われるケースは多く、武術の心得がなければ名探偵とは呼ばれないこともまた事実だった。


「……けッ、分かったよ」

 流石の鮫島も切石の居合の前には身動きが取れず、とうとう城ヶ崎から手を離す。


「ふん」

 城ヶ崎の方も不服そうに再び元の椅子に腰掛けた。


「ほッほッ、若いというのはいいですな。血気盛んで羨ましい限りだ」


 そんな様子を目を細めて見ていたグレーのスーツに銀髪の痩せた老人は奇術探偵こと不破ふわ創一そういち。三十年以上のキャリアを持つベテラン探偵にして、天才マジシャンでもある。奇術の構造を知り尽くす自分に解けない謎はない、と豪語する実力派だ。


「んぐんぐもしゃもしゃ」


 城ヶ崎たちの起こした騒ぎをものともせず、ただ黙々とあんパンを食べ続けているセーラー服のおかっぱ少女は、大食い探偵こと飯田めしだまどかだ。冬だというのに何故か夏服を着ている。一日にとるカロリー摂取量は成人男性の実に四倍で、その全てを脳の稼働に費やすという新進気鋭の探偵である。


「やはり名探偵がこれだけ一堂に揃うと壮観ですねェ。いやはやこれから何が起こるのか楽しみになってきました」


 そして、一番奥で上品な笑みを浮かべるのは上流探偵こと支倉はせくら貴人たかと。ブランドのスーツを身に纏い、金の力で解決出来る事件なら惜しみなく私財を投じることで知られている。まるで少女漫画から飛び出してきたような甘いマスクで、女性から絶大なる支持を得ている。


「…………」

 わたしは改めて食堂の中をぐるりと見渡した。


 わたしを除く、六人全員が超一流の探偵だ。

 支倉の言う通り、壮観と言う他ない。


 そもそも、探偵とは本来あまり同業者と会う機会のない職業である。何故なら「探偵は一つの事件につき一人まで」というのが業界の通例だからだ。

 探偵とは現場の主導権を握って、効率よく事件を解決に導く存在だ。「船頭多くして船山を登る」のことわざを出すまでもなく、探偵が二人以上いては手柄を競って捜査や推理に混乱をきたすことの方が多い。


 それに城ヶ崎や切石クラスの名探偵を複数人雇うとなると、事件そのものがどうでも良くなる程の大金を積まなくてはならなくなる。

 つまり、今わたしの目の前に広がっているのは絶対に有り得ない光景なのだ。


「……読めてきたな。館の主人の目的」

「ええ」


 城ヶ崎が呟いた一言で、わたしは漸く現状を把握した。

 烏丸が言った「貴方がた」の意味。それはわたしと城ケ崎のことではなく、今この場に集まっている探偵たちのことだったのだ。


 館の主人はあの赤い封筒で、名探偵たちを一堂に呼び寄せた。


 ――そして、名探偵が洋館でやることといえば一つしかない。


「これは、推理合戦……!」


「御名答です」


 外から扉が開かれ、烏丸が食堂に現れる。両手にはドーム型の蓋を被せられた大きな盆を持っており、その背後には毛皮のコートに下着のような白いワンピースを着た、サングラスの女が立っていた。


 サングラスの女は周囲を見回すと、小さく咳払いを一つした。


「おい女、俺たちをここに呼んだのはテメェか?」

 鮫島が早速サングラスの女に詰め寄る。


「だったら何?」


「随分と舐めた真似してくれるじゃねェか。え? 俺はテメェの遊びに付き合ってやれる程暇でもお人好しでもねェ」


 それから切石を牽制して、

「やい剣術使い、邪魔するなよ。次はテメェごとバラバラにしてやる」


「…………」

 切石はそれに対してイエスともノーとも答えない。今回は静観する構えのようだ。


「残念だけどあたしは館の主人ではないわ。どうやらあたしもゲームのプレイヤーの一人のようね」

 女がおもむろにサングラスを外す。


「テメェは!?」

 おそらくその場にいた誰もが鮫島と同じ心境だったことだろう。


 女優探偵こと綿貫わたぬきリエは、唖然とするわたしたちを前に、悪戯っぽくウインクした。


 綿貫はテレビや舞台で活躍する若手の女優であるが、その天才的な演技力と美貌を武器に、犯人を罠に嵌めることを得意とする探偵でもある。


 ――これで七人の名探偵が一堂に会したことになる。

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