第6話

「それではこれよりゲームの説明に移らせて戴きます」


 燕尾服を着た烏丸が一礼した。

 顔も指も陶器のように白く、表情らしきものも全くない。

 本当に人形のようだった。


「先程鈴村様が言われた通り、これから皆様には館内で起こる殺人事件の推理をして戴きます。プレイヤーは私を除く七名。そして最も早くトリックと犯人の名前を言い当てた方を勝者とします」


「勝者?」

 わたしは思わず声に出す。


「名探偵の日本一を決める大会とでもお考えください」


「待ってくれ、今この部屋には貴女以外に八人いるが?」

 切石が挙手して質問する。


「いいや、そんなことより肝心なことを言ってねェぜお嬢ちゃん。報酬はどうなる? まずそこんとこハッキリさせておこうや」

 切石の質問を遮るように、鮫島も質問を重ねた。


「それでは一つずつ順番にお答えしていきましょう」

 烏丸は落ち着き払った様子で説明を再開する。


「まず鮫島様の御質問ですが、賞金は七億円で、副賞にここ残酷館の所有権が与えられます。ただし、賞金を受け取ることが出来るのは最初に謎を解いた一名のみとなりますので、予めご了承下さい。トリックと犯人、どちらも正解でなければ勝者とはなりませんので、その点にも御注意を。尚、回答権は一名につき一度までとします。お答えになる場合は慎重に判断なさることをお薦め致します」


「……なるほどな、プレイヤー七人に対して賞金が七億か。勝者が敗者の報酬を総取り出来るってわけだ」

 鮫島はニヤニヤと笑みを浮かべながら顎を摩っていた。


「次に切石様の御質問についてなのですが、誠に遺憾ながら現在当館にはお客様に使って戴ける御部屋が七つしか御用意出来ておりません。つまりゲームを始める前に、まず今いる八名の中から一名の脱落者を選出しなければならないのです」


 全員の視線が一斉にわたしに突き刺さる。


 館の主人の目的が名探偵の日本一を決めることにあるのだとすれば、当然この場には名探偵のみを集めたかった筈だ。

 呼ばれていないわたしが城ヶ崎にくっついてこの場に来ることは、主人にとっては望まない展開だったに違いない。


 そして事実、このメンバーの中でわたしにできることがあるとは到底思えなかった。


 わたしはここでは招かれざる客なのだ。


「あの、烏丸さん、そういうことでしたら、わたしやっぱり帰りますけど?」


 やはり、城ケ崎の言う通りにするべきだった。

 声は自然と小さくなる。


「いいえ鈴村様、それには及びません。脱落者を決める、うってつけの方法が御座います故」

 烏丸は持っていた盆をテーブルに置くと、無表情のまま蓋を取り外した。


 そこには人数と同じ数の握り寿司が並んでいる。

 寿司ネタは、マグロ、イカ、エビ、ハマチ、アナゴ、サバ、ホタテ、玉子の八種だ。


「第一級の名探偵であられる皆様には説明は不要かもしれませんが、この中には毒入りの寿司が紛れています。それも致死量の猛毒で御座います。皆様にはこの中からどれか一つを選んで戴きます」


「…………」


 探偵たちの間に緊張が走る。

如何に非日常に慣れた名探偵であっても、いきなりのデス・ゲームの提案に平常心を保っていられる筈がない。


 そして、わたしは。

 ――とても頭がついていかない。

 こんなことで本当に人が一人死ぬというのか?


 何時の間にか、手にはジットリと汗が滲んでいる。


「それでは覚悟が決まった方からどうぞ」

「ちょっと待って下さい」


 わたしは慌てて烏丸を止める。

 しかし、頭の中は依然混乱したままだ。

 言うべき言葉が見つからない。


「どうしました?」

 烏丸は不思議そうに首を傾げている。


「……ど、どうもこうもないですよ。だって、おかしいじゃないですか。こんなことで人が死ぬだなんて馬鹿げています。絶対に変ですよ!」


「はて、本当にそうでしょうか?」

「え?」


 烏丸の反応の薄さに、わたしは自分の主張が本当に正しいのか段々自信がなくなってくる。

 わたしは恐る恐る周囲を見渡した。しかし、わたしに賛同しそうな者は一人として見当たらない。

 それどころか、冷ややかな視線さえ感じるのは気の所為だろうか?


「ノンノンノン」


 人差し指を左右に振りながら、キザったらしく長い足を組み替えるのは上流探偵こと支倉だ。どこから出したのか、自前のティーポットとティーカップで一人だけ優雅に紅茶を楽しんでいる。


「君は探偵というものを全く理解していないようだ。死ぬ覚悟もなしに現場にやってくるだなんて、僕には信じられないことだ。君の師匠は弟子に一体どういう教育をしているのやら」


 わたしは隣に座っている城ヶ崎の顔を盗み見る。

 城ヶ崎は素知らぬ顔で、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。


 どうやらここではわたしの常識は一切通用しないらしい。


「何と言われようとわたしの考えは変わりません。こんなこと、絶対に間違っています。わたしは帰らせて戴きます」

 わたしは椅子から立ち上がると、まっすぐ食堂の出口へと向かう。


「やめておきなさい」

 わたしを呼び止めたのは奇術探偵こと不破だった。不破はトランプの束を切りながら、落ち着いた様子で話し始める。


「ここで殺人が起こることを聞いてしまった以上、館の主人が我々をここからみすみす逃がすとは思えません。それに外はあの通りの吹雪。ここから出ることは自殺行為ですよ」


 わたしは烏丸に視線を向ける。


「…………」


 烏丸は無言だったが、その沈黙が不破の読みの正しさを物語っていた。

 館に入る前に城ヶ崎に言われた言葉が重く伸し掛る。


『自分の身は自分で守ること』

 一体どうしたら。


「そうだ、警察に通報すれば」

 わたしは慌てて鞄の中からスマホを取り出した。


 外部と連絡さえつけば、こんな茶番は今すぐにでも終わらせることが出来る。

 城ケ崎たちのような名探偵であればプライドが許さないことかもしれないが、幸いわたしにはそんな邪魔なものはない。


「無駄だ」

 城ヶ崎が吐き捨てるように言った。


「これだけ周到に準備を重ねるような相手だ。お前が思い付くことくらい想定していないわけがない」


「……あ」

 城ヶ崎の予言通り、無情にもスマホの電波は圏外を示していた。


 恐らくこの館のどこかにあるジャミング装置で、電波を妨害しているのだろう。

 わたしはスマホ画面を見つめたまま、愕然とする。

 外部との連絡は絶たれた。

 本当にどうしたらいいのか分からない。


「誰も食べないんならあたしから行かせてもらうわよ」


「え?」

 綿貫はわたしの横をすり抜けて盆の前まで来ると、中央の寿司の一つを口の中に放り込んだ。


 止める間もない。


「ゴクリ」

 一同は固唾を飲んで綿貫の様子を伺う。

 そのとき。


「……うッ!?」


 突然、綿貫が胸を押さえて苦しみだしたかと思うと、口からはブクブクと白い泡が溢れてくるではないか。

 そのまま横に倒れて暫く痙攣したあと、綿貫は胸から腕を下ろしてピクリとも動かなくなった。

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