殺戮刑事の日常

【殺死杉の募金】


(うーむ……)

 飢えた獣のように殺死杉は獲物を求めて街の中を歩き回っていた。

 しかし探しているのは殺しても良い犯罪者ではない。

 もちろん、殺しても良い犯罪者はいつの日でも探しているが、それは行動の全てに付随している。特段に意識しなくとも、その五感は殺しても良い犯罪者に向けられている。特別に何かを探すとなれば、それは大概が犯罪者以外についてなのだ。


(今日も何が食べたいのかわからない日ですねェ)

 腹――というよりは脳の空腹に突き動かされているような気分だった。

 普段ならば適当な定食屋かレストランにでも入って、日替わりランチを注文すれば、とりあえずは店側に選んでもらうという形でなんとなくの諦めもつくのだが、二ヶ月に一度ぐらいのペースで、自分が何を食べたいのかがわからないが、しかしどうしようもなくその何かが食べたくなるような日がある。


 別にこれではないという食事を選んだからと言って、それで死んだりはしない。

 決めあぐねて昼食を抜いてしまったとしても、三日も経てば忘れてしまうだろう。


 しかし、今、この瞬間の焦燥感は殺死杉をどうしようもないほどになにかに駆り立てようとしている。


 こういう時こそ、犯罪者を殺すべきなのだ。

 こういう時もこうでない時も犯罪者を殺すことが欲求の頂点にある殺死杉は思った。


 犯罪者の処刑は常に殺死杉に答えを与えてくれる。

 以前の空腹も、犯罪者に開けた風穴でドーナツが食べたいということで落ち着いた。

 しかし、こういう時に限って殺死杉から距離を取って街を行き交う人々に犯罪の影はなかった。

 殺戮刑事の守った平和が、今殺戮刑事を苦しめていた。


(う~ん……今なら多少乱れてくれてもオッケーなんですけど、平和……)

 もちろん、街をゆく誰もが心正しき善人というわけではない。その中には多少のやましさを持って動いている人間もいる。

 だが、殺戮刑事を相手取って犯罪を犯そうというほどに気合の入った犯罪者は殺死杉の周囲にはいない。


 あらゆる犯罪者に立ち向かう事の出来る殺戮刑事も、存在しない敵に向かっていくことは出来ない。

 このままではぼんやりとした昼休憩で終わってしまう。

 殺戮刑事、殺死杉――なんとなくの危機であった。


「募金お願いしまーす」

「ん?」

 その時、殺死杉は道路の向かい側に募金活動を行う高校生の集団を発見した。

 寒空の下、街をゆく人々に懸命に恵まれない人への寄付を呼びかけている。


「実に感心ですねェ……アナタもそう思いませんか?」

「えっ、はっ、あっ、はい……殺さないでください」

 殺死杉は自分から三メートルほどの距離を開けた歩行者を捕まえて言った。

 獲物を求める殺死杉のオーラは何よりも雄弁に、自身が殺戮刑事であることを周囲に伝えている。


「この千円札を募金してあげてください」

 殺死杉は財布から千円札を取り出すと、歩行者に渡してそう言った。


「ぼ、募金なら……じ、自分で……」

「今の私が行けば、恐れさせてしまうでしょうからねェ……」

「今……私自身が……恐怖に縛られて……いますからね……納得です……」

 歩行者が募金を行ったか、それを確認することもなく殺死杉はどこかへと向かう。


「助け合い……そうか、そういうことだったんですねェーッ!!!」

 殺死杉は最寄りのスーパーに行き、段ボールを貰うとちょっとした工作を行い、街角に立った。


「犯罪、犯罪協力にお願いしまーす!」

 殺死杉は犯罪と書かれた段ボールを持ち、周囲の人々にそう呼びかける。

 足早に去っていく人々、その流れに逆らうようにして殺死杉に向かう複数人の強面の男たち。


「犯罪募集ですか!!現在進行系でテメェを殺人してやるぜーッ!!」

「赤い羽が欲しいけど、お金は全部パチンコに使っちゃった……だから、君の血でカラスの血を赤く染め上げるね……」

「お前の財産も肉体も全部俺様が奪って恵まれない俺に寄付してやるよォーッ!!」

 男たちが意気揚々と殺死杉に襲いかかる。


「さぁ、楽しい楽しい世紀末殺し合い募キリングの始まりですよォーッ!!!」

 殺死杉は笑ってそう叫ぶと、ナイフを犯罪者達に向けた。

 犯罪者はまだまだ集まってくる。


(ただ見ているだけじゃ駄目なんです……けれど、呼びかければ、ちゃんと協力してくれる人たちがいる……この世界も捨てたものじゃありませんねェーッ!!!)


 赤く染まった街角で殺死杉は一人呟く。


「あー、なんかナポリタンかもしれませんね」


【終わり】


【殺死杉とAI】


「オーケー、アイ。この付近の違法薬物販売店の情報を教えてください」

 パトカーの車内、バッドリがスマホに呼びかけると、電子的な音声でバッドリに返答する声がある。


『違法薬物の売買は犯罪です、警察に通報します』

「僕が警察なんだけどなぁ……」

 後部座席でため息をつくバッドリに、殺死杉はハンドルを握ったまま尋ねる。


「何をやっているんですか?」

「ああ、スマホに入っているアシスタントAIなんです」

「バッドリくん、そんなもの使うんですねェ……」

「殺死杉さんは使わないんですか?便利ですよ、学習して利用者に特化してくれるようになってるんです」

「……スマホに話しかけるの、なんか苦手なんですよね。別にタップで事足りますし」

「まぁ、そうですけど……新しい技術にとりあえず触れておくっていうのは大切なことだと思いますよ」

「むむ……」


 確かに、そうかもしれない。

 あらゆる物事は殺戮に通じる可能性はある。

 新しいものを拒んて自らの可能性を狭めてはいけない。

 結果的に使わないかもしれないが、そういうことは使ってから判断すればいいではないか。


 駐車。

 パトカーの扉を叩く音。麻薬取締官。

 殺死杉は後部座席から、バッドリを放り出す。

 連行されるバッドリ、気にしない。スマホを起動する。


「オッケー、アイ」


 ◆ ◆ ◆


「で、アシスタントAIの使い心地はどうですか、殺死杉さん?」

『我は電脳世界に降臨した新たなる神……愚かなる人類を完殺する……』


「よく学習したみたいです」


【終わり】


【バッドリの違法薬物取締】


「それを一つ貰えるかな……」


 繁華街、路地裏。

 夜を蝕むネオンのけばけばしい輝きにも照らしきれない場所はある。

 原初の夜の気配を濃厚に残す闇の中で、バッドリとある男が対峙している。

 

「上物ダヨ」


 数枚の紙幣と引き換えにバッドリに渡されるキャラメルの箱、よく偽装されているが開封済みである。

 バッドリは躊躇なく箱を開く、中身はカラフルな錠剤。

 少なくともキャラメルではないことは明らかだった。


「ア、チョットオ客サン」

 バッドリは咎める男を気にも留めず、舌の上に錠剤を乗せてゆっくりと咀嚼する。

 瞬間、脳に対する刺激を感じる。

 合法薬物バフで普段からキラキラと輝いている世界に、別計算の非合法薬物バフが発生し、世界は最早人間が存在しうることが不可能な美の理想郷と化していた。


「この味、脳に広がる快感、世界の輝き、違法薬物だ……!!」

 バッドリは売人の両腕に手錠を嵌める。

 殺戮刑事は基本的に殺人からがスタートラインなので、火力に貢献しない手錠はあまり持たないようにしているのだが、バッドリは入念な準備を怠らない男であった。


「アッ!テメ!潜入捜査官ダッタノカ!コンナ薬物臭イクセシテ!!!」

「油断したね……」

 バッドリは不敵に微笑むと、近くの警察官を呼び寄せる。

 そして、残った錠剤を口に運び、売人と共にパトカーの後部座席に乗せられた。


【殺戮裁判員裁判】


 殺戮裁判員裁判の日であった。

 通常の裁判員裁判とは異なり、殺戮裁判員裁判は志願制であり、また就職禁止事由が無いため、殺戮刑事である殺死杉にも参加が可能である。


 地下最高裁判所――かつては決闘裁判の舞台としても活躍した由緒正しき裁判所のトイレにて殺死杉はネクタイを締め直し、気合を入れる。

 人生で一度参加できるかどうかの大イベントである。


「裁判員入場ッッッッッ!!!!!!!」

 裁判長の叫びと共に、裁判長の側に控える検事が銅鑼を鳴らす。

 豪奢な音が響き渡り、巨大な門が開く。

 そして、殺死杉を含む殺戮裁判員に選ばれた五人が地下最高裁判所、裁きの間に入廷する。

 

「これより殺戮裁判員裁判を開廷します、準備はよろしいでしょうか!!」

 顔だけを見るならば、好々爺の趣のある裁判長であった。

 しかし、その鍛え上げられた肉体に、高級スーツははち切れんばかりである。


「「「「「応ッ!」」」」」


「ではッ!第一の被告入廷ッ!」

 裁判長の言葉と共に、検事が銅鑼を鳴らす。

 巨大なる門が開き、裁きの庭に被告人を迎え入れる。


「……さて、僕を裁ける奴はどいつかな?」

 入廷した男は一見すれば、ただの優男である。

 しかし、その瞳の中にはどうしようもない闇があった。


「都市一つを滅ぼした殺人鬼ッッ!!!!超力殺滅ッ!!!死刑からスタートッ!!!」

 鳴り響く銅鑼の音色。瞬間、殺戮裁判員達が挙手をして叫ぶ。


「超死刑ッ!」

「超超死刑ッ!」

「超超超超死刑ッ!」


 裁判員裁判とは、ざっくりと言えば裁判員が裁判に参加し量刑に関与する裁判である。

 殺戮裁判員裁判も同じである。

 オークション形式で被告人の量刑を吊り上げていき、それに見合った刑罰をこの由緒正しき地下最高最場所で執行する。当然、執行人は殺戮裁判員自身だ。

 そして、被告人にも武器を持たせてあるため、生半可な裁判員では返り討ちに遭う可能性はあるし、生半可な処刑を見せれば裁判員不覚悟として、法廷侮辱罪で死刑もありうる。覚悟を求められる場所であった。


「私刑」

 裁判員たちが盛り上がる中、殺死杉が挙手をして静かに言った。

 裁判員たちが困惑して顔を見合わせる。


「判決ッ!殺死杉裁判員による私刑ッ!」

 裁判長が叫ぶ。検事が銅鑼を鳴らす。

 豪奢な音が法定内に鳴り響く。


「解放してくれて感謝しますよ、さて……」

 殺滅がナイフを構え、それに応じるように殺死杉もナイフを構える。


「キルスコアプラスワンと行こうかな」

「残念ですが……」

 殺滅が動こうと思った、その時――殺死杉は既に動き終わった後だった。


「判決はもう決まっているんですよォーッ!!!!!!!!!!!」


【終わり】


【殺死杉耳かきASMR】


 やあ、よく来『ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』

 疲れ『やめてくれえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!』

『ウゲエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!』を預けて、横『死ねええええええええええええええ』ちょっと尖って『ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』


 以下、ナイフで肉を削ぐような音と悲鳴が四十分にわたって収録。


【販売停止】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺戮刑事殺死杉とチュパカブラ連続殺人事件とクリスマスと日常 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ