金の瞳

 夢を見た。

 白い毛皮に包まれている夢。

 あれは、7年前に、同じように落ちた日のことだ。

 

 現実に引き戻されるかのような感覚。

 重い瞼を開ければ、相変わらずの暗闇だ。この闇を、知っている。あの時もこんな風だった。

 そうワカツキは思い出す。

 思い通りにならない体をなんとか起こして、頼りにならない目を必死に動かす。幸い雪がクッションになって重傷は負っていない。あのオームナントの男に踏みつけられた左足だけが、ズキリと痛むくらいだった。


「ここはどこだ」


 地表ほどではないが、寒さを凌ぐには限界がある。

 このままではいずれ凍死してしまうだろう。


「歩くしかない、か」


 何か脱出の手がかりを求めて歩き始めた。

 手にあたるものは何もない。

 壁は近くにはなさそうだった。

 そうなると、どこかにぶつかるまで歩くしかない。その先が、再び崖だったとしても。


 しばらく歩くと、幸運なことに壁にあたった。

 前に突き出していた手のひらに、堅い何かがあたったのだ。手探りで確かめれば、それが壁だとわかる。

 今度はその壁伝いに左へと向かう。

 

「それにしても、地下にこんな空間があっただなんてな………。ここになら、もしかして何か食料でも………」


 やがて、ワカツキはほのかに明るい広間のような場所に出た。そこには、中身は見えないが透明なクリスタルのような塊がいくつも並んで生えているようだ。


「これ、あの時の………?」


 そのクリスタルに手をあてて感じるほのかな暖かさ。

 どこか懐かしいその温もりにはたしかに覚えがあったのだ。


 その時、クリスタルが僅かに光を発したような気がして、驚いて思わず後ずさった。石に亀裂が走り、見えなかった中身に金の二対の光がともる。


「あ………」


 それは瞳だった。

 くるりと回転し、ワカツキを興味深く観察している。

 やがて、それは石の崩れる音とともに全身をあらわにした。ぐぐっと猫のように延びをして、体についた細かな塵をぷるぷると払う。

 その様子を、固唾をのんで見守っていたワカツキは、視線が向けられたのを感じて本能的に逃げだそうとした。


 こいつは、だ。


 だが、するりとすばやい動きでそれに行く手を阻まれる。怪我をした体では到底無理な話だった。


『やあ、久しぶりよね。』

「………」

『うん? この言語じゃなかったかしら? 眠っている間に学習したのだけれど』

「あ………、えっと………」

『大地から教えてもらったのよ。あなたたちは人間というのでしょう?』

「そ、そうです………」

『あ、やっぱりあっているじゃない。よかった。これで話せるわね』


 どこか得意げな顔をして、それは褒めてくれといわんばかりに大きな頭をワカツキの腹に押しつけてくる。


 いや、久しぶりって何が。


 そう叫びたいのをぐっとこらえて、ぐるぐると回る思考をなんとか制御しながら、ワカツキは無意識にそれの頭を撫でてやった。

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人と竜の始まりの物語り  ひのりあ @kena1541

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