二度目の

 以前のようにはならない。

 そう息巻いたはいいものの、あの時と違うのは追う側の男が本気で追ってきていることだ。あの時の追手は、半分遊びの鬼ごっこ。だが、今回は本気の鬼ごっこだ。

 足なしと馬鹿にされ、怒り心頭で迫ってくる男に、ワカツキは恐怖を覚えていた。

 やはり、あんなこと言わなければよかった。

 そんな後悔が頭をよぎる。


 体は大きくなっても、支配され続けた心はすぐにねをあげた。

 今すぐ謝ろう。

 たくさん殴られるだろうけれど、頭を下げ続ければいつか解放される。

 やつらも食料難は理解しているから、今ここで働き手を一人でも減らしたくはないはずだ。

 

 ――――――だめだ!


 服従しそうになる弱い心をワカツキは頭を振って追い出す。


 今ここで折れたら何も変わらない。

 また、あの隷属の日々がはじまるだけだ。

 

 足を悪くして帰ってきたワカツキの母。

 何があったのかは決して口をわらなかったが、その目だけは眼光鋭くまだ負けてはいなかった。たくさんの女子供が連れて行かれ、数人が数日帰ってこない日常。男はやつらの苛立ちのはけ口となり、耐えて忍ぶのが常だった。

 

 そんなのはもう、嫌だ。


 ワカツキは奥歯を噛みしめて走った。

 もう止まるなどという選択肢はない。

 だが――――――。


「捕まえたぞ!!」

「――――――!?」


 気がつけば、男がすぐ背後にまで迫っていた。

 手を伸ばす姿が、振り向いた視界に映る。

 腕を掴まれて、冷たい雪の中に押さえ込まれた。

 なんとか抜け出そうともう片方の腕を振り回すが、それすらも力で押さえ込まれてしまう。


 ここで終わるのか。


 ワカツキは、悔しさから涙があふれるのを止めることができなかった。ひどくなってきた吹雪で視界がかすみ、男の表情はうかがえない。

 すぐに痛みが走る。

 背中を思いっきり踏みつけられたのだ。

 あまりの痛みに息を全て吐き出して咳き込む。苦しさでひゅーひゅーという呼吸音だけがきこえた。


「や、やめろ………」

「生意気なガキめ。おまえ一人殺したところでこっちには何も影響なんかないんだぜ」

「くそっ………」

「はっ。うるせえなあ!」


 再度踏みつけられて、それは左足のふくらはぎに落ちる。嫌な音がして、思わず悲鳴がもれた。


「くそー! おまえなんか! おまえらなんか!!」

「まだこりねえのかよ!」


 次は右足とばかりに足を振り上げる。

 その時、一瞬だけ力が弱まった。油断したのか、もう動けないと思ったのか。だが、それがワカツキを救った。


 男の手を振りほどき、横に転がって避ける。足は雪の中に深く沈み込み、驚いた声がした。

 そのすきになんとか逃げだそうと右足に力を込めて立ち上がる。

 その瞬間――――――。


 ズボッ


 右足が踏んだのは、雪で覆い隠された深いクレパスだった。

 あっと思ったときにはすでに遅く、一瞬で引きずり込まれたワカツキの体が宙に投げ出される。頭上で、男の叫ぶ声が聞こえた。

 自分が落ちた穴だけがポッカリと空き、唯一の光が遠のく。


 前にも、こんなことあったな。


 

 

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