第4話 上崎の最後
皆が知っているかどうか知らないが実は性犯罪は他の犯罪に比べると不起訴になる率が高い。
詳細を説明すると長くなるので省くが、この世界における日本の法律において性犯罪を立証するのには他の犯罪よりもクリアしなくてはならない条件が多いのだ。
しかもその条件がかなり厳しく、事件状況によっては明らかな強姦行為でも不起訴になってしまうこともある。
表沙汰にならないだけであって、強姦されても泣き寝入りするしかないなんてことこの国ではザラにあるのだ。
しかもこの国の法律は他国の物に比べても性犯罪者に対しての措置が軽い。
まさに性犯罪者にとってパラダイスみたいなところなのだ。
だが、そんな性犯罪者どもを超簡単にお縄につかせる方法もある。
それは現行犯逮捕だ。
明らかに目の前で事件が起こっている状況ならばたとえ民間人だろうと容疑者を逮捕できる、それが現行犯逮捕。
俺はその方法を使って何人もの性犯罪者どもを捕まえてきた。
今回もその手法であの上崎とかいう変態デブを捕まえるつもりだ。
ちなみに性犯罪は犯罪者間でも極めて嫌悪されるものであるため、性犯罪者は刑務所内で他の囚人たちからいじめられるなんてのは多々ある。
だが同情はしない。
むしろそれくらいの地獄は味わってもらわないと困る。
とはいえ、今は現行犯逮捕の前にやることがある。それは__
「着いたぞ」
「え、あ、はい。でもなんで保健室に……?」
「保健室の先生は俺がよく世話になってる人でな。事情を話せば下着の替えも用意してくれるはずだ」
__未狂の格好だった。
今の未狂の格好は際どいなんてレベルじゃない。
俺のシャツで辛うじて体は隠れているがこんな姿誰にも見られたくはないだろう。
ましてこの格好で帰ることなど絶対出来ない。
だから事情を話せばある程度融通を聞かせてくれるであろう保健室の先生の元に来たのだ。
「わかったら中入って着替えろ。風邪引くぞ」
俺はそれだけ言うと立ち去ろうとする。
「まっ、待って!!」
呼び止められてしまった。
このまま無視して行くことも出来た。だがついさっきまで恐怖のどん底にいた少女にその仕打ちはあまりにも酷だろう。
そこまで考えてから足を止め振り返った。
「なんだ?」
「こ、このシャツ……どうすればいいですか?」
このシャツとは俺が未狂に貸しているワイシャツのことだろう。
それは妹が誕生日プレゼントでくれたシャツなので返して欲しいが今じゃない。
まだその服は彼女の体を隠しているのだ、 今取り上げたらまた際どい格好に戻ってしまう。
「保健室にはあとでまた来る。その時返してくれ」
俺はそういうと再び歩を進めた。
階段を上がりつつ俺は考える。
(早くいかないとあの伸びてる豚が起きて来る、そうなれば逃げられるかもしれない)
もし逃げられていたら少々面倒なことになることは容易に想像がつく。
あの卑劣な教師のことだ。
自分のしたことは話さずにあたかも俺が突然暴力を振るってきたと他の教師連中に言い回るだろう。
しかも俺はこの学校においては不良のレッテルを張られている為、教師連中の大半はその言葉を鵜呑みにしてしまうだろう。
(最悪この事件そのものをなかったものにされるかもしれねぇ)
学校側だって自分たちが雇っていた教師が強姦未遂を起こしたなんてことが発覚したらそれを全力で揉み消しにかかるだろう。
(あんまり余裕はねぇな)
俺は階段を上りきり、図書室へ入った。
奥の学習スペースに向かうとそこにはまだ伸びている豚がいた。
(……これで一先ずはなんとかなったか)
俺は豚を尻目にスマホの操作を始める。
いつもの携帯番号に電話を掛けた。
数コール後、それは繋がった。
『あーいもしもし?』
やる気のなさそうな電子音が響く。
電話相手の名は御上雄大。
俺がいつもお世話になっている捜査一課の刑事だ。
「おっさん、俺だ」
『お、レンか?どうした?いつものか?』
俺が何回も何回も逮捕したクズどもを警察に引き渡していたおかげでいつの間にか顔見知りとなっていた人で、今ではたまに一緒にラーメンを食べたりもしている仲だ。
「あぁ、実はまた現行犯で捕まえたんだ。だが、場所がちょっと面倒なところでな」
『面倒?どこなんだよ?』
「俺の通ってる学校だ」
『……ハァ!?』
御上は一泊おくと驚きの声を上げた。
トラブルに巻き込まれる体質だとは理解していたがまさか学校内でもトラブルに巻き込まれるなど思いもしなかっただろう。
「教師が女生徒脅して強姦しようとしてた現場に偶然居合わせたんだよ」
『お前はなんでそうトラブルに巻き込まれやすいのか……まぁいい。わかった。すぐに向かう』
「あぁ、ありがとうな。でも大丈夫なのか?いくらデカでもすぐに学校に入るのは難しいんじゃねぇか?」
『まぁ普通は面倒な手続き踏まなきゃならねぇが現行犯で身柄押さえてんだろ?その身柄受け取るだけなら問題ねぇよ。お前と被害者の子には後日取り調べがあるだろうけどな』
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず苦虫を噛み潰したように顔を顰めてしまった。
「また取り調べか……もう何回目だよ」
取調べで拘束される時間はピンキリで早く終わることもあるが今週で3回目の取調べだ。
流石に億劫な気分にもなる。
『俺に聞くなよ。大体、お前が何回も何回も事件に巻き込まれんのが悪いんだろ』
「俺だって巻き込まれたくて巻き込まれてるわけじゃねぇんだが」
『そういう体質なんだよ、諦めろ』
黙るしかなかった。
『んじゃ、後10分でつくからそれまで頑張って身柄拘束頼んだぞ』
「あぁ、わかった」
電話を切り、スマホをポケットの中に仕舞う。
「う……あ、あれ?未狂ちゃん?」
俺がスマホを仕舞うのと同時に目を覚ましたらしい。
まだ頭が正常に働いていないのか、自分が襲おうとしていた女の姿を探していた。
「アイツなら今は保健室だ。ここにはいねぇよ」
俺が静かにそう答えると男はこちらを向いた。
その顔に恐怖が映るのがわかる。
先程の攻防で散々やられたのだ。怖がるのも当然と言えるだろう。
「お、お前は……!!」
「大人しく待っとけよ。もう通報した。後10分もしない内に警察が来る」
「な、警察だと!?お前警察を呼んだのか!?!?」
男は焦ったかのような口ぶりを見せるが俺からしたら何を言っているんだというものだ。
「当たり前だ。脅迫罪に強姦未遂、さらには殺人未遂まで引き起こしたんだ。この後に及んでなに言ってんだよ…」
正直俺は呆れていた。
これだけのことをやっておいて何故警察が出て来ないと思っているのが理解出来なかった。
「ふ、ふざけるな!!僕は未狂ちゃんに手は出してないだろ!?」
男のその発言で自分の心が冷めていくのがわかる。
「お前、本気か?」
やはりこの男はバカだ。
この男、イヤこの世界のこういった連中は大抵こう来る。
『お前が未然に防いだからこれは強姦じゃない!』
『あんな俺を誘うような格好するのが悪いだろ!?』
聞くことすら憚られる言い訳を並べてくる。
良心はないのだろうか。
被害者に対する罪悪感は皆無なのだろうか。
自分たちの欲を満たすため相手の心を殺すことに心を痛めないのだろうか。
恐らくその答えはYESだ。
きっとこの世界の竿役連中はただ自分の欲求を満たすことだけしか頭にないのだろう。
こんなのが俺の街にいたのだと思うと反吐が出る。
「大体お前の言うことなんて誰も信用するわけないだろうが!!知ってるぞ、お前2年8組の漣だろ!?」
どうやらこの男、俺のことを知っているらしい。
「あぁそうだ」
「学校には制服で来ない、授業はサボる、他校との生徒との喧嘩はしょっちゅう、そんな生徒の言葉誰が信じるんだよ!!??」
男は醜く喚き散らかす。
信じたくないのだろう、これから逮捕されることを。
だからその事実から逃げる為にこの状況に追い込んだ俺を責めることでなんとか心を守っている。
だが__
「それだけか?」
「__は……?」
「だから言いたいことはそれだけかって聞いてんだ」
「な、なにを__」
「テメェの未来はもう決まった、今更ジタバタしても何も変わらねぇ。もうわかってんだろ?」
__俺は付き合うつもりはない。
「もうそろそろ警察が到着する。校門前まで行くぞ」
「……」
「おい、聞いて__ッ!?」
俺が男の方を振り返った瞬間だ。
男は突然ナイフで切りつけてきた。
なんとか避けたため無傷だったが下手したら大怪我を負っていた。
「お前…お前の、お前のせいで!!殺す!!殺してやる!!」
男はそう言うと俺に目掛けてナイフを滅茶苦茶に振り回し始めた。
俺は一旦下がり、体制を整えた。
(ナイフの振りは大振りで隙だらけ、なら……)
俺は一気に加速し男目掛けて駆けた。
「しいいいいいねねねえええええ!!!!?!?」
男はそれに合わせてナイフを振るってくる。
だが
(その動き、想定済みだ…!)
俺はスライディングで男のナイフを避けつつ男の横を抜ける。
「な、どこに__」
「ちょっと寝てろ…!」
地面に手をつき、地面を強く蹴る。
手を軸に足を大きく振る。
軌道は男の側頭部を捉えた。
後はその軌道に沿って蹴り抜くだけだ。
「ガ、アッ…」
俺の蹴りに激しく脳を揺さぶられた男はそのまま意識を手放した。
「おい上崎」
呼びかけるが返事がない。
ペチペチと上崎の頬を叩いてみるがこれにも反応がない。
先程の一撃で完全に気を失っているようだ。
だがいつまでも気を失ったままじゃこちらとしても困る。
(そろそろ御上のおっさんが来るし、校門の前まで連れていかねぇと…)
だがこの男の体臭は異常だ。
抱えて運びたくはない。
そこまで考えて、俺はもう一度おっさんに電話することにした。
「__もしもし、悪ィけどちょっと頼まれてくれねぇか?」
◆
「おい、起きろ」
「げべ!?」
少し強く頬を叩いて強制的に起こす。
男が声をあげるが無視だ。
「な、は……」
「立て」
「え……?」
「俺に同じこと二回も言わせんな」
「コバッ!?」
俺は頭をひっ叩いた。
無論、加減はしているので大してダメージはないはずだ。
「さっさと立て!!」
「は、はいィ~!」
情けない声と共に立ち上がる。
「校門まで歩け」
「こ、校門までですか?」
(……コイツ、なんで敬語使ってんだ?)
後から聞いた話によると、この時の上崎は俺にビビってたらしく、言葉遣いを間違えたら殺されると思っていたらしい。
流石の俺も言葉遣い1つで相手を殺す気にはなれない。
俺は鬼ではないのだ。
そうとは知らず俺はただただ敬語のキモデブ気持ち悪ィと思っていた。
「あぁ、さっさとしろ」
御上のおっさんが着くまで約1分。
ここから校門まで歩いて約1分30秒。
順調に進んだとしても待たせるのは確実だ。
それにこの感じだと予想通り、素直に行ってはくれなさそうだ。
「あ、あのなんで校門まで行くんですか?」
ゆっくり歩きながら聞いてくる。
答えてやる義理はないのだが答えないと歩くのを止めてしまいそうだったので正直に話すことにした。
「俺の知り合いのデカが待ってんだよ」
その言葉を聞いた瞬間上崎は顔を青くし俺に土下座した。
「お、お願いします!!なんでもします!!だからどうか警察だけは……」
「……」
絶句した。
足元でごめんなさい、ごめんなさいと壊れたラジカセみたいに同じ言葉を何度も何度も繰り返しているこの男は何て言った?
「警察に突き出さないで欲しい…そう言いたいんだな?」
「は、はい!」
聞き間違いではなかったらしい。
この光景に俺はデジャブを感じた。
『お願いします!もうしませんから警察だけは!?』
『警察だと!?ふざけんな!!通報なんかしやがってこの野郎!!』
言葉は違えど皆口々に警察には言わないでくれ、警察に突き出さないでくれ。
テメエでやらかしたくせに警察には行きたくねぇと、刑務所には行きたくねぇと抜かしやがる。
殺しやたたき(強盗)やらかしたやつらの最後でさえここまで醜くなかった。
罪を犯したなら罰を受ける。
その当たり前を…どうしてこいつらは受け入れなれないのだろうか。
「行きたくないのか?」
「は、はい……僕はこれまで真面目に生きてきました!今回の件だって少し魔が差しただけなんです!!」
上崎が嘘を言っているのかどうか、その判断は俺にはつかない。
恐らく嘘をついているだろうが嘘でない可能性も限りなく小さいがなくはない。
だが、たとえコイツが今まで真面目に生きてきたんだとしても罪を犯したことには変わりない。
「そうか……わかった」
「ほ、本当ですか!?」
上崎は何故か喜色満面の笑みを浮かべて返事をしていた。
俺が見逃してくれると勘違いしているのだろう。
俺には見逃す気などサラサラないがこのままではすんなりと連行されてくれなさそうだ。
「ぐびゃっ!?」
突然自分のことを蹴飛ばした俺の方を見て呆然としている。
「お前、何か勘違いしてるだろ」
コイツは根本的に間違っている。
反省しているか反省していないか、そんなことは重要ではない。
いくら反省しようと後悔しようと罪を犯したことに変わりはない。
その事実が覆らない限り、罰は付きまとう。
「今までどんなに真面目に生きてこようと、どんなに善行積もうと罪は罪だ。大体、本当に真面目に生きてきたなら可愛い女の子がいたから弱み握って強姦しようなんて考え、思いつきもしねぇよ」
「……それは」
言い淀む上崎に問う。
「何人だ」
「え?」
「だから何人だ?本当は初犯なんかじゃねぇだろ?」
「な、なんで」
「こういう犯罪の初犯ってのは複数人で行うことが多い、単独犯はかなり場数踏んだヤツにしか出来ねぇ」
無論例外はある。
薬やってイカレちまったヤツ、催眠アプリや睡眠薬(レイプドラッグ)などの特殊な道具を用いるヤツは単独犯かつ初犯なこともある。
だがコイツはそうじゃない。
写真や動画、弱味などを握って、それを脅しに使うのは場数踏んだヤツがよくやる常套手段だ。
「それにそのナイフだっていざとなった時のために使う脅し道具だろ?そんなもん持ち歩いてるヤツが真面目に生きてきたとか…冗談キツいぜ」
俺はその時、わざとらしく苦笑した。
普段表情をあまり崩さない俺が笑うところがそんなに珍しかったのか、上崎は驚きと恐怖をごちゃ混ぜにしたような顔をしていた。
「……」
「ハァ…無駄話しちまったな。もういいだろ?さっさと行くぞ」
「僕は……」
上崎が俯きながら肩を揺らし何かを言った。
声が小さくよく聞き取れなかったが恐らくロクなことを言ってないだろう。
「……聞こえねぇよ。なんだ?」
案の定、返ってきた言葉はロクでもないものだった。
「ぼ、僕はモテないんだから仕方ないじゃないか!!誰も僕の相手なんかしてくれない!!だったらもうこうするしかないじゃないか!!」
自分は女に恵まれなかった。
だから自分の性欲を解消するには襲うしかなかった。
端的にいうとそういうことが言いたいらしい。
「は?」
上崎の心の叫びであろうそれを聞いた俺の感想、それは何言ってるんだコイツは?だ。
「モテないんなら諦めて一生童貞でいればいいじゃねぇか」
「は?」
今度は上崎が先程の俺と同じ様な声を出していた。
「彼女いなくたって生きていける、一生童貞でも楽しい人生送るヤツもいる。違うか?」
そもそも何故そんなに女とヤリたがるのか、理解できない。
スマホ片手に〇〇〇〇こいてればいいじゃないか。
可愛い子のAV観て発散してればいいじゃないか。
なぜだ?
なぜそんなにも生身の女に拘る?
俺も童貞だがそんなにも拘るコイツの心が全く理解できない。
てか生身の女がいいなら普通に風俗行けよ。
「それはソイツが女に飢えてないからだろ!?この世の中の男のほとんどは女を犯したいって思ってんだよ!!」
確かに俺は女に飢えてない。
だが世の中の男全員がそんなこと思っているわけがない。
「じゃあモテるよう努力すればよかったじゃねぇか」
モテないくせにモテたいなら努力すればいい。
努力しないくせにモテないヤツがモテるわけがない。
世の中そんなに都合よくできてないのだ。
「したに決まってるだろ!」
「じゃあその汚い肌と臭い息と醜い体と腐卵臭のする体臭はなんだ?…冗談キツイぜ」
今度こそ俺は心から笑った。
努力したとこの豚は言った。
全く笑わせてくれる。
凹凸だらけで汚い肌、醜く肥え太った垢臭い体、真っ黄色な歯に数メートル先まで匂う口臭。
どこが努力しているのだろうか。
「それは体質の……」
「そうか。風呂に入らない体質で、歯を磨かない体質なんだな。運動をサボる体質で食べ過ぎてしまう体質だと、そう言いたいのか?」
努力しろと言えば努力したと言う。
結果が出てないと言えば体質の問題だと言う。
つまりこの男は逃げているのだ。
「う……」
「いいか上崎…お前には何の才能もない。勉強が特別できるわけでも運動ができるわけでもない。特技と呼べるものはないしこれだけは誰にも負けないって言えるような分野ないだろ?」
まぁ何の根拠もないが恐らくそうだ。
世の中の大半の人間に才能なんてない。
あるとしても他人より多少優れているレベルだ。
「それはそうだけど…」
「その上でお前は努力しなかった。清潔感を保ったり体を鍛えたり、誰かによく見られようという努力を全くしてこなかった。だがそんなお前にも礼儀を以って接してくれてるヤツはいたよな?」
「……」
黙り込む上崎の脳裏に浮かんだのは先程自分が犯そうとしていた少女の姿。
思えば彼女だけは自分の目を見て会話をしてくれていた気がする。
生徒から勿論、教師陣でさえ自分とそんな風に接してくれる人はいない。
「未狂なんかはそうだったんじゃねぇのか?憶測だけどな。でもお前はそれを踏み躙った。才能もなく努力もせず、そのくせ与えられたものを無下にして……本当に救えないな……お前、生まれてこなかった方がよかったんじゃねぇか?」
「!?」
蓮の絶対零度の視線に貫かれた上崎は体を震わせた。
同時に言いようも無い不快感が背筋を伝った。
それもそうだ。
上崎は今、自分の存在価値をまだ自分の半分も生きていない少年に完全否定されたのだから。
上崎とて悪口を投げかけられたことはある。
だが本心から出た悪口でここまで酷いものは経験したことがなかった。
「まぁ、いい。言葉遊びもこれで終わりだ。後は頼むんだぞ、おっさん」
「おう、ご苦労さん。後は任せとけ」
「え、は!?」
突如背後から出てきたスーツの男に困惑する。
「お前が大人しく校門まで行きそうにないからわざわざ来てもらったんだよ」
その人は刑事だ、俺がそういうと顔面を真っ青にして首を横に振り始めた。
「そういうわけだ。じゃあさっさと来てくれ」
御上のおっさんが手を掴むと上崎はその手を振り払った。
「い、いやだ!!逮捕なんて冗談じゃない!!」
そう言って暴れるが御上のおっさんが素早く取り押さえる。
こういうところを見ると腐ってもこの人も刑事なのだと思う。
「オイオイ、暴れんなよ……公務執行妨害も追加されてぇのか?」
「ヒィ!?」
おっさんの腹の底から出された声に遂に心が折れたのか大人しくなった。
その後、上崎は特に抵抗することなく俯いたまま校門まで歩いていった。
そしてパトカーに乗る直前、俺は上崎と『最後の対話』をした。
「……上崎、お前さっき言ってたな。『努力した』って」
「……」
上崎は黙ったまま目線だけをこちらに寄越した。
「お前はもしかしたら頑張ったのかもしれないがお前はやっぱり努力はしてねぇよ」
こいつの言う努力は『努力』じゃない。
それが俺の本音だった。
「どういう意味……」
掠れた声で聞いてくる。
「努力ってのは結果が出て初めて成り立つ頑張りのことだ。結果が出ない頑張りは努力なんていわねぇ」
「ッ!?」
「じゃあな上崎、出来れば……地獄に落ちてくれ」
それが上崎に対する最後の言葉だった。
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