第2話 開発の前にお前は地獄に落ちろ
不良。
それは静かで穏やかな学校生活を送りたい者にとってこれ以上なく邪魔な存在。
ルールを破り自分勝手に生きる社会の害悪。
善とは程遠く、しかしどこか『華』のある存在だ。
不良は偏差値の低い学校に多い傾向があり、進学校にもなると絶滅危惧種となる。
だが都内有数の進学校である私立英鷹学園。
ここには『最強の不良』がいる。
「ドアが開けっ放し……?」
図書室に着いて最初に思ったことはそれだった。
図書室は基本的にドアが閉まっている。
それが決まりだからだ。
図書室は外部の音を極力入れないように配慮されているため、ドアが開けっ放しなんてありえない。
仮に生徒が閉め忘れていたとしても司書がドアを閉めに来るはずだ。
胸になにかが引っ掛ったような感覚に襲われながら俺は図書室に入った。
中に入るといつもならいるはずの司書はなぜか一人もいなかった。
(この感じは……)
俺の勘が緊急事態であることを告げていた。
そう、実はこの世界においては本来いるはずの人間がなぜか周りに誰もいない場所では大抵レ〇プが行われているのだ。
「またか……」
俺にとってこれは何度目か数えるのすら億劫になるトラブルだ。
しかし無視するという選択肢は俺の信条に反する。
決して出来た人間ではないと自覚しているがために出来た良心の最後の防波堤だ。
溜め息を付きつつ、図書室の奥へと向かう。
俺の予想が正しければ入り口から離れている学習スペース、そこで事は起こっているはずだ。
そう確信しながら足音を殺しながら進む。
「____?」
「____……」
話し声が聞こえた。
焦らないよう、慎重にその声の方へ近く。
近くの本棚に隠れつつ、顔を出した。
そして捉えた。
そこにあったものは二つ。
1つは椅子に座らせられ、股を開かせられている女生徒。少女は恐怖からか、肩を震わせながら涙を流し、顔を横に背けていた。
そしてもう1つはその女生徒の前で膝をついたデブで汗だくでメガネをかけた清潔感のない男。
格好から判断するにこの学校の生徒ではなく、教師、もしくは事務員のようだ。
そのキモ男は女生徒の股を前にしてひどく興奮した様子で鼻息を荒くしていた。
(……胸糞わりぃもん、見せやがって)
静かに義憤を募らせつつ、俺は猶予はないと判断し、本棚から姿を表す。
「えへ、えへへ……げ、現役JKの生マ〇コいただき__」
なんてアホ丸出しなセリフなんだ……控え目に言って気持ちが悪すぎる。
「おい」
俺は男の後ろから声をかけた。
「へぁ?」
案の定、男は振り返る。
この場面で第三者から声をかけられるなど予想もしていなかったのだろう、気の抜けた声が返ってきた。
「なにしてんだ?テメェ」
「は?い、いやこれは……」
明らかに見られてはいけない犯行現場を見られた男は挙動不審になる。
「こ、これは!そう!これはこの子にどうしてもってせがまれたんだ!ボ、ボクは断ったんだけど、どうしてもっていうから!!」
男は立ち上がり、俺にそう捲し立ててきた。
咄嗟に出た言い訳はあまりにも醜く、正直見てられなかった。
(せがむわけないだろ……もっとマシな言い訳は出ないのか?)
だが俺はその不快感を押し殺して口を開く。
「なるほど?じゃあそこの女はテメェみてぇな不潔なヤツに抱かれたい物好き、そういいてぇのか?」
「ふ、不潔!?」
男が何かを言っていたが無視し、俺は少女を見た。
染めたのであろう、紫色のストレートロングヘアが目を引く少女だった。
絹のようなキメ細やかな美白肌。 大きな瞳と長い睫毛から始まり、スッと筋の通った鼻、薄紅色の唇。
パーツも、そしてその配置も神が造ったかのように完璧。
老若男女問わずに庇護欲をそそられるであろう美少女であった。
そこまで見て俺は少女の格好が少々露出過多なことに気づいた。
いや露出過多なのもそうだが、大事なところが全く隠れていない。
ブレザーは着ているがワイシャツやブラジャーは破かれている状態だった上にスカートは捲られ、パンツに関しては男の手の中にあった。
俺は男を押し退け少女に近づいた。
少女の瞳が俺への怯えを写したのがわかった。
それはそうだ。
こんなことがあったのだ。
男に対して無条件で恐怖を抱くのは不思議ではない。
まして俺はこの学校では悪い意味で有名人だ。
か弱そうなこの子が怖がるのも無理ない。 しかし肌をいつまでも晒し続けさせるわけにもいかない。
俺は自分の着ていた黒のワンポイントワイシャツを脱ぎ、それを少女の身体が隠れるように掛けた。
何故こんなことを?という顔をした少女に俺は答えた。
「今のお前の格好は正直目のやり場に困る。俺の着てたヤツだから気持ち悪く感じるかも知れねぇけど我慢してくれ」
「あ……!」
少女はようやく自分の服がどのような状態だったのかを悟ったのか、顔を朱くして俯いた。
「き、君は!?」
男が急に声をあげた。
「あ?」
「君は何をしたのかわかっているのか!?僕はこの学園の教師だぞ!それに対してその口の聞き方、ましてやさっきのは暴力じゃないか!!」
汗を撒き散らしながら無様に吠える。
(暴力ってまさか押し退けたことか?)
あれは暴力じゃない。
客観的に見たとしても男子生徒が教師の肩を掴んで退かしただけ。
多少男子生徒が生意気に見えるだろうが暴力を振るったとは誰も思わないはずだ。
「暴力?何言ってんだ?」
「フヒッ、退学だ、退学だ!!お前はもう__」
鼻息荒く汗を滴らせながらそう捲し立てる男。
あまりにもうるさく我慢出来なかった俺は__
「うるせぇよ」
「オゴ!?」
__男の顔面を殴り抜いた。
骨が軋む音と共に男は数メートル飛ばされ、汚かった顔は更に汚くなってしまった。
「みっともなく喚きやがって……」
俺は改めて少女の方に振り返った。
「悪かったな、怖がらせちまって」
俺は殴っていない方の手を少女の頭にのせ、優しく撫でた。
「あ」
「安心しろ。あの男には指一本触れさせやしねぇーし、俺もお前には手を出さねぇ」
少女は呆然とした顔で俺の顔見る。
少女の瞳に今の俺がどんな風に写っているのか、それはわからない。
だが少しでも安心してくれたなら、俺は嬉しい。
「大丈夫だ」
その言葉を聞いた少女はポロポロと少しずつ涙を流す。
やがて耐えきれなくなったのか、俺のワイシャツを抱き締めながら静かに泣き始めた。
「……」
俺は少女の背中を擦りながら泣き止むのを待つ。
十分ほどして少し落ち着いてきた少女に俺は話を聞くことにした。
本来ならもう少し時間を置いてから話を聞きたかったが生憎時間がない。
あの男が起き上がる前にこの事件の経緯を聞いておきたかった。
俺は少女を怖がらせぬよう、視線を合わせるためにしゃがみ、少女の顔を見た。
少女はしばらくして俺に気づき、少し不安そうな様子で俺の瞳を覗いた。
「怖がらないでくれ。さっき言った通り俺はアンタに危害を加えるつもりはねぇ。ただ、少し話を聞きたいんだ」
「え、あ、わたし……に?」
少女はやっとの思いで声を出したのか、そこの声は振るえ、か細く、聞き取るのがやっとだった。
「あぁ、まずさっきあの臭い男が言ってたこと、あれは本当か?」
まずはさっきの男の発言の真偽をはっきりさせておきたかった。
「それ、は__」
「ほ、本当だよね!未狂ちゃん!!」
(クソ!起きてきやがったか!)
男が鼻血を出しながら捲し立ててきた。
しかし俺がこの少女に聞いているというのに、この男は割り込んで来るとは……
どうやら人の会話に割り込んではいけないとママから教わらなかったらしい。
「ヒッ」
しかも男が急に声を出したせいか、また少女の息が荒くなっている。
俺は少女の背中を擦った。
「大丈夫だから」
俺は少女が安心できるよう慣れない笑顔を作った。
「あ、う……」
「未狂ちゃん!その男に言ってあげてよ!!君が僕に__」
「__黙れ!!」
「フゴッ!」
俺は立ち上がり、素早く男に近づいた。
その行動に男は反応出来ず、無抵抗のまま足を蹴られ、無様に転んだ。
男はまだ動く気配があったので胸に足をおいて地面に押し付けた。
「い、いきなりなにを__」
「テメェには聴いてねぇだろうが。このくそ豚が……そもそも未成年との不純異性交遊は犯罪なんだよ。たとえ互いの合意があったとしてもな」
「な、なな……」
「次俺とこの子との会話に割り込んできたら……殺すぞ」
「ヒィッ」
情けない声をあげる男から少女へと目線を移す。
「おい、未狂……であってるよな?」
「は、はぃ……」
小さな声で応えた。
さっきの俺のアクションで俺に対しても怖がっているのがわかっていたので手短にすませることにした。
「じゃあ未狂、改めて聞くが……この豚が言ってることは本当か?」
俺は問う。 十中八九この豚竿役が言っていることは嘘だ。
それは俺も十分承知している。
だがここで彼女の言質を取ることは必要だ。
この男がブタ箱行きなのは決定だが強姦未遂なのかそうじゃないかでは罪の重さが桁違いなのだ。
この子が少しでも甘さを見せればこの男の罪が強姦ではなく、淫行条例違反となり、刑期が短くなる可能性がある。 そうなると数年、あるいは十数年後に『大変なこと』になるので今のうち可能性は潰しておきたい。
「それは……」
「未狂」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「もしかして脅されてんのか?」
いや、もしかしなくてもそれしかないが。
彼女はビクンと肩を揺らした。
これは間違いなさそうだ。
「ケヒッ」
男が急に笑い始めた。
「ケヒッ、ケッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「チッ!」
「……あ」
俺は男から足を退け、少女の手を取り後ろに下がった。
「僕にこんなことして、いいのかな?未狂ちゃんの……あの動画、拡散しちゃうよ?」
男は緩慢とした動きでスマホの画面を写す。
そこには彼女の写真や動画が何枚もあった。
……敢えてどんな写真だったかは言わないでおこう。
「そ、それは……、それだけは!」
自分の観られたくない部分を撮られた写真を拡散されるのを恐れた未狂は必死に止める用に懇願する。
それを見た男は喜色を孕んだ笑みを浮かべた。
「アッハ、そうだよね。それしかないよね!僕の言うこと聞くしか__ボギャッ!?」
「ごちゃごちゃうるせぇ」
俺は男を殴り飛ばし、持っていた携帯を奪った。
(コイツバカだろ。俺がいるのに未狂に言うこと聞かせられるわけないだろうが。大体さっきの発言で強姦未遂確実になったし)
俺が図書室入る前から密かに起動しておいたスマホの録画で証拠は押さえた。
これでもうこいつの罪は確定した。
ちなみに何故ここまで罪を確定させたかったというと、刑期終了後に復讐されるという『レ〇プ系エロアニメでたまにある展開』をなくすためだ。
しかし__
「……なんでこういう性欲に支配されたヤツらは脳ミソ詰まってねぇんだろうな」
そう、このキモデブ教師だけではなくこの世界における竿役の大半は馬鹿だ。
もう本当に馬鹿。
計画性というものを全く感じない計画やそれを実行する短絡的な脳ミソ。
可愛い子を見るとすぐに発情。
もうこの世界の竿役は知能指数も思考回路も猿だ。
そんなことを頭の中で考えながらも俺は素早く写真や動画を消去していく。
無論、バックアップデータも全部だ。
ちなみに証拠は既に押さえているのでこいつの持っている写真や動画は消してもなんの問題もない。
「な、なにしてるんだ!?」
男は掴み掛かってくる。
「邪魔だ」
俺は向かってくる男の頭にハイキックを入れて黙られせた。
男は苦悶の声を上げるが一切無視してスマホのデータを消していく。
「ほれ、返すぜ」
俺は男にスマホを投げて寄越した。
「__ない、ないないないないない!写真どころか、バックアップデータまで…お前なにしたんだ!?!?」
情けない顔で情けない声を出しながらみっともなく喚き散らかしている。
「喚くな。汚ねぇ。外見も内面も全てが薄汚れたゴミが」
心底見下した様子でそういうと男の顔は憤怒に染まった。
「ック……こ、このガキ!!」
男はポケットに手を突っ込むとナイフを取り出す。
かなり大きめのポケットナイフだ。
「ぼ、僕の計画を…邪魔しやがって!!」
ふざけたことを抜かす豚に怒りが湧く。
「うるせぇよ、てめェがどんな欲望持っていようと構わねぇ……でもそれで誰かを傷つけるんじゃねぇ!!!」
俺は不良だ。
学校の規則は守らないし、気に入らないヤツは問答無用で潰してきた。
病院送りにしたヤツだって数え切れないほどいる。
善人でもなければ正義の味方でもない。
ただ『許してはいけない悪』はわかる。
それを許さないこと、それが俺の不良としての矜持だ。
「う、うわあああああ!!!」
男はナイフを両手に持ち、突進してきた。
「シネーーーーェ!!」
対して俺はポケットに手を突っ込んだまま棒立ちしていた。
理由は1つ。この状態でも十分に対処可能だからだ。
そもそもさっきからあれだけボコボコにしているのにまだ俺との力の差をわかっていないらしい。
大体そんな腹の前でナイフ構えて当たるわけないだろ……
男の姿勢はナイフよりも頭の方が前に出ていた。 全くこの世界の連中は……
どいつもこいつも本当に__
「__バカばっかりだ!!」
「はぐッ!?!?」
男のナイフが届く前に俺は相手の顎を蹴り上げた。
蹴りによって宙に浮かんだソイツに更にもう一発蹴りを入れる。
「ふぎゃあああ!?」
吹っ飛ばされた先には本棚があり、そこに思い切り身体を打ち付けた。
男は一瞬だけこちらを睨むがすぐに力尽き、首を垂らした。
「ッたく、自習って気分じゃなくなっちまった。いくぞ」
俺は未狂の手を掴むと引っ張って図書室を出ようとする。
「え、ちょ、ま、まって!」
慌てた様子で抵抗してくるがいつまでもここにいるわけにはいかない。
さっき男が本棚にぶつかったせいでかなり大きな音が響いた。
いつ人が来てもおかしくはないのだ。
こいつだって今の自分の姿を不特定多数の人間に晒すのは不本意だろう。
「わかってる。その格好のこと気にしてるだろう?安心しろ。今から行くのは保健室だ」
保健室には俺がよく世話になってる女の先生がいる。
その人に頼めば服のこともなんとかしてくれるはずだ。
幸い、図書室と保健室はとても近い。
外階段を使わなければならないがその辺りは基本的に誰もいないので好都合だ。
「でも上崎先生は……?」
「上崎?」
聞きなれない名前に首を傾げた。
だが未狂の指を指す方を見て納得した。
「あの豚のことか……放っておけ。加減はしたから大した怪我じゃない」
未狂はそれでも何か言いたげにしていたが俺は無視して今度こそ図書室を後にした。
「あ、あの!」
俺が未狂の手を引きながら歩いていると未狂から声をかけられた。
「……なんだ?」
未狂が立ち止まるので俺も必然的に立ち止まった。
指をもじもじ、視線を右往左往させる。
緊張しています、というのをこれでもかと全身で表現しつつ、やがて未狂は決心がついたのか、俺の目を真っ直ぐみてこういった。
「本当に、ありがとうございました……!!」
言い終わると同時に頭を深々と下げる。
俺は少し呆気に取られるがすぐに気を取り戻し返事をした。
「……あぁ、どういたしまして」
「わ、私、上原未狂と言います。その、良ければお名前をお聞きしてもいいでしょうか……?」
また指をもじもじさせながら上目遣いでそう聞いてきた。
俺は思わず閉口した。
この学校で、というよりこの地域一帯で俺の名を知らない者は少ない。
さらにいうとこの学校においては先輩も後輩も関係なく、皆俺のことを知っている。
容姿を知らなくても名前なら聞いたことぐらいはあるだろう。
それくらい俺は有名人なのだ。
しかも悪い意味で。
俺の名と共に正体を知ればこの子も離れていってしまうだろう。
別に俺の女にしたいわけではない。
ただ、この名前を聞いただけで助けた人間でさえ離れていくのだと思うと少しだけ心にくるものがある。
だが名乗らないわけにもいかない。
この子は自分の名を明かした上で俺に名前を聞いた。
これに返さないというのは礼儀を欠く行為だ。
「俺は蓮。漣蓮だ」
漣蓮。それが今世での俺の名前。
そしてこの凌辱系エロアニメみたいな知性の欠片もない展開ばかりが起こるクソみたいな世界に生きる高校生の名だ。
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