V.怪しい奴隷商はお約束を守ってくれた

 しばらく歩いていると、二人は森の外に出られた。そこは草の生い茂る緑の大地、草原だった。


「この草原、見た感じ何もなくね? 森に居た方がいいんじゃない? なにも採れないし」


 イリは逢兎の言葉を聞かずに草原を走り回っている。


「わあぁぁぁぁぁ。アイト兄ちゃん!早く早く! 早く来ないと置いて行っちゃうよ」


 イリはどんどんと森から離れていく。円を描くように走っているが、二周目が一周目は知ってた道筋の中心を通ってしまっている。

 逢兎も走って追いかける。


「一人ではしゃぐなよ」

「アイト兄ちゃん遅いよ。はーやーくー」


 イリは文字通りに逢兎の背中を押しながら言った。逢兎は押されるがままに歩いている。

 少し進むと、行商人(?)を見つけた。




 草原で一人の奴隷商が荷台の点検をしている。


「さて、今日の奴隷しょうひんの状態はどうだ」


 そう呟きながら奴隷商の男は荷台に入っていった。不敵な笑みを浮かべながら。

 荷台の中は魔法で作られた空間になっていて、高校の体育館が余裕で収まるくらいのサイズをしている。

 荷台の中には大量の檻があり、布で隠されている。隠されてはいるが、かなり吠えている。


「うるせえ! 黙ってろ!」


 奴隷商はそう怒鳴って檻を蹴りつけた。

 奴隷商は一人の少女が入っている檻の前で立ち止まった。


「お前もさっさと売れろよ、クソガキが。お前が一番手間なんだよ!」

「ヒィ……」


 少女は頭を押さえて怯えている。

 奴隷商は舌打ちして外に出た。




 逢兎は行商人(?)を見つけると、急にブレーキをかけた。


「イリ、ここで待っといて。なんかあそこから嫌な予感がする」

「もー、直ぐ帰ってきてよ!」

「分かったから、此処で大人しくしといてよ。ついてきたら駄目だからね。フリじゃないから絶対だよ!」


 何度も逢兎は言い聞かせてから行商人(?)のいた方向へ向かう。

 逢兎は奴隷商行商人(?)が荷台から出てきたところを話しかけた。


「あのー、この中にいるのって、どーゆーやつ? 動物? これからサーカスでも開くつもりの? それとも動物園開くの?」

「うちの商品がどうかしたか?」


 奴隷商は少しキレ気味に言った。


「え? この子達売っちゃうの? みんな格好カッコ良いじゃん! 勿体ないよ?」

「なら、お前が買うか?」

「んー、見てみて良い?」

「好きにしろ」


 そう言って逢兎と奴隷商は荷台に入って行った。


「おじさんの名前なんて言うの?」

「あ? 俺はクロジュネムだ」

「クロジレム? クロジュロム? クロジュカイン? 分かんないからクロさんね」

「何でもいいからさっさと選べよ」


 逢兎はブツブツ言いながら色々見て回っている。そして、一人の少女の前で立ち止まった。


「おじさん、この何ていうの?」

「は? 奴隷に名前なんてねぇよ」

「そっか。じゃあ、この娘貰うよ」

「5,000,000ベリンだ。分割とかないからな」


 逢兎は何も聞かずに、勝手に檻を開けて少女の手を取っていた。


「貴様どうやってその檻を開けた? それよりさっさと金を払え!」

「え? 普通にガチャって開いたけど? てか、お金とか持って無いよ? 俺この世界に来てから働いたことないもん。てか、さっき言ったよね? 俺は『貰う』って。ちゃんと話聞いてた? 聞いてなかったよね?」


 逢兎はダッシュで少女を引っ張った。

 クロジュネムはどこからともなく鞭を取り出して、地面に叩きつけた。すると、一斉に檻が開き、凶暴な魔獣が逢兎に襲い掛かってきた。


「目、閉じて。閉じないと、この先目が見えなくなっちゃうよ。それくらい強い光!」


 逢兎がそう言うと、R255 , G255 , B255よりももっと白く、太陽よりも眩しい光が現れた。目を閉じても、直射日光を見ているかのように思えるほどの眩しい光だ。

 みんなが視界を奪われている間に、逢兎は少女を連れて台車から逃げ出して、イリの居る方へと走る。結局イリの目印を頼りに走っている。


「お待たせ。なんか、この子が変な顔して怖がってたから引っ張ってきちゃった。無一文だから、お金が無いから貰ったんだけど、なんか怒られちゃったからダッシュで逃げてきたからもっと逃げよう。的な感じ。早く掴まって。ぴょんって言っちゃうから?」


 イリは考えるのをやめて逢兎にしがみついた。


「じゃあ、ギリギリ音速にならないくらいの速さで、5秒! せーの!」


 逢兎がそう言うと、二人とも吹き飛ばされそうになりながらも、逢兎に掴まって、5秒ほど高速で移動した。


「アイト兄ちゃん、早すぎ。もっとゆっくりしてよ! 飛んで行っちゃうところだったじゃん!」


 イリは頬を膨らませて怒った。


「いや、ちゃんと飛ばされないように二人は風魔法で俺の方に寄せてたんだよ?」

「そんなの分かるわけないじゃん!」

「あの......」


 イリが半ベソになりながら怒っている横から少女が口を開いた。


「ああ、大丈夫だよ。イリは何時いっつもこんなんだから。いや、ほんとに、なんでこんなに怒りっぽいんだろうね?」

「怒ってない!」

「怒ってるじゃん。それを怒ってないって言うんだったら何が『怒ってる』なの?ってくらいに怒ってるじゃん」


 イリと逢兎の睨み合いが始まった。


「あの……お二人はどういう……」

「え? んー、仲間? いや、奴隷? 分かんない。けど、俺が助けた? みたいな」

「それで説明できてると思うんですか?」

「いえ、大丈夫です。…その、なんで私は森の中こんな所まで連れて来られたんですか?」


 少女に言われて二人はハッとしたように周りを見渡した。そこはさっきまで二人が居た森だった。


「なんで何も考えずにダッシュするんですか?」

「いや、逃げないと魔獣さんに殺されちゃうかと思ったから。二人とも死にたくないでしょ?」

「それはまあ」

「はい…」


 逢兎の言葉に二人は返す言葉を失った。


「あ、そうだ。一応自己紹介しとく? 新しい娘が居るみたいだし? 俺は逢兎だよ」

「僕はイリだよ。よろしくね」

「えっと、私は……」


 少女は言葉に詰まった。


「そういえば名前無いんだっけ? なんかあのおじさんが『奴隷は名前がないのが普通だ!』って言ってたけど?あれってホントなの? でもイリには名前があったよね? 自分でつけたの?」

「いや、僕は普通の子だですよ? 獣人だけど、ちゃんと普通の親元で育てられました! 変な人に連れて来られただけで、普通です!」


 イリは地団駄じだんだを踏みながら説明した。


「ん-、じゃあ、この娘には親がいないのか。可哀想だし、イリが名前つけてあげたら?」


 イリは少女の方を見つめる。少女は目を輝かせている。イリは謎のプレッシャーを感じてしまっている。


「じゃあねぇ、ルナ! ルナにする! ルナ姉ちゃん!」

「ルナ...ルナ! 私はルナ。私の名前はルナ」

「気に入ったみたいだね」

「うん。ルナこの名前気に入った。イリありがとう。ルナこの名前大事にする」

「気に入ってもらえた! やったー! 初めての名前、初めて付けた名前、気に入ってもらえた!」


 二人とも大はしゃぎで飛び回っている。


「ウッ…」


 ルナは急に胸を押さえて座り込んだ。


「ルナ? 大丈夫? なんか、眉間にしわ寄せてうなってるけど?」

「呪いが、奴隷紋が拒絶反応をしてる」

「ちょっと見せて」


 そう言って逢兎はルナの手をどかして奴隷紋を鑑定した。



奴隷紋:この紋を付けたもの、或いは、この紋に血を混ぜた魔水を塗り、その血の主と隷属関係を結ぶ。



「魔水とかないもんな。じゃあ、この奴隷紋を消しちゃえ!」


 逢兎がそう言うと、ルナはさらに苦しんでいる。しかし、その苦しみと一緒に、奴隷紋も薄くなっている。そして、消えた。そのかわり、逢兎との隷属関係が成立してしまった。逢兎もそのことに気付いていないようだ。

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